第40話 動く城の内覧会
オルゴールの優しいメロディが静かな森に響き渡る。それに呼応するように、何もない空間から一枚の重厚な扉が、まるで蜃気楼のように現れる。
「さあ、みんな。私たちの動くお城へ、ようこそ。内覧会の始まりですよ」
私の言葉に家の中から見ていた家族たちが、おそるおそる、しかし、興味津々な様子で、こちらへやってきた。
一番乗りは、もちろんモフだ。
私がドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開ける。
ギィ……
重々しい音と共に扉の向こう側から、ふわりと新しい木の香りと温かい光が溢れ出してきた。
「「「おおおおおお……!」」」
扉をくぐった瞬間、家族たちから一斉に感嘆の声が上がった。
フィオナさんも例外ではない。
「……うそだろ……」
彼女は目の前に広がる光景に呆然としていた。そこは外の小さな扉からは、到底、想像もつかないような広大な空間だった。
高い天井には、魔法の光で輝くシャンデリア。床にはふかふかの絨毯が敷き詰められ、壁際には、大きな暖炉が、ぱちぱちと心地よい音を立てて燃えている。
正面には二階へと続く、緩やかな螺旋階段。
まさに設計図通り、いや、それ以上に豪華で温かみに満ちた完璧なリビングだった。
「ワフーン!」
モフは大喜びでふかふかの絨毯の上を、ごろごろと転げ回っている。
「す、素晴らしい……! なんという居住性……!」
アーマーさんが感動に打ち震えている。
「ここがリビングです。ソファも大きいのでみんなで座れますよ」
私が案内するように言うと、みんな夢見心地のような足取りで部屋の中を見て回り始めた。
「こっちがキッチンです。最新式の魔導オーブンは、もちろん自動で調理温度を調整してくれますし、蛇口をひねれば冷たいジュースも、温かいスープも自由自在です」
「なんと……! 夢のような厨房……!」
マラコーの城から、なぜかついてきたコック帽を被ったゴブリンシェフが感動し、涙を浮かべる始末。
「二階に、行きましょうか」
螺旋階段を登ると、そこには、私たちのプライベートな空間が広がっていた。
「ここが、私とフィオナさんの寝室です。ベッドは、雲の上にいるような寝心地を、お約束しますよ」
「ベッドが……輝いてる……」
フィオナさんが自分のベッドになるであろう、天蓋付きの、やけにファンシーなベッドを見て、ひきつっている。
「隣がアーマーさんのメンテナンスルームと、ドッペちゃんのクローゼットルーム。お兄ちゃんのビニールハウスは、日当たりが良いように屋上に作っておきました」
私が説明するたびに、家族たちは歓声を上げたり、感動の涙を流したり、静かに固まったりと大忙しだ。
「……なあ、リリ」
一通り、内覧会を終えた後。
リビングのソファに、深く、深く、沈み込んだフィオナさんが、ぽつりと呟いた。
「……これ、もう冒険に行く必要、なくないか……?」
「え?」
「だって、そうだろう!? この城ごと移動できるんだろ? 南の海に行きたいなら、この城をそのまま海辺まで移動させれば、それで終わりじゃないか!?」
フィオナさんのもっともな指摘。
言われてみれば、確かにその通りだ。
この快適で、安全で、家族みんなが一緒にいられる魔法の城。
これさえあれば、わざわざ危険を冒して野営をしたり、知らない街に泊まったりする必要なんて全くない。
「……」
私は少しだけ考え込んだ。
そして、首を横に振る。
「……いえ、フィオナさん。それは違います」
「なんでだよ! 絶対、その方が楽で安全だろ!」
「楽で安全だから、ダメなんです」
私は窓の外に広がる見慣れた森の景色を眺めながら言った。
「私がしたいのは、『旅行』じゃなくて、『冒険』なんです。知らない道を自分の足で歩いて、知らない街で新しい発見をして、時には、ちょっとだけ困ったり、迷ったりする。きっと、そういうこと全部が『冒険』なんだと、思うんです」
この完璧すぎる魔法の城。
これは私たちの大切な『家』。
でも、冒険の全てではない。
私の静かな決意のこもった言葉に、フィオナさんは、しばらく、きょとんとしていたが、やがて、ふっと息を吐いて笑った。
「……ははっ。参ったな。どうやら私より、あんたの方が、ずっと『冒険者』らしいや」
彼女はそう言うと、ソファから勢いよく立ち上がった。
「よし、決まりだ! この城は、私たちの『拠点』だ! ここから毎日、色々な場所に冒険に出かける! そういうことにしようぜ!」
「はい!」
こうして私たちの冒険のスタイルは決定した。
『動くお城と共に気ままに旅する、超・快適冒険ライフ』。
それは、きっと、この世界の誰一人として経験したことのない前代未聞の旅になるだろう。
「それじゃあ、改めて準備の続きをしましょうか! 日程決めですよ、日程決め!」
私は冒険の準備リストを再び広げた。
私の心は、今度こそ一点の曇りもなく、晴れ渡っていた。この最高の家族と、最高の家と、最高の友人と一緒なら。
どんな冒険だって、きっと最高に楽しくなるに違いないのだから。




