第39話 魔法の我が家(モバイル版)の設計図
「よし! やるからには、最高の家を作らないと!」
私の『移動式・魔法の家』開発計画は、翌朝、本格的に始動した。
まずは、設計からだ。私はリビングの床に、巨大な羊皮紙を広げ、家族みんなの要望を聞き取る、ヒアリング調査から始めた。
「まず私とフィオナさんの寝室は、必須ですよね」
「まあ、そうだな。できれば個室がいいんだが……」
「却下します。二人部屋の方が、修学旅行みたいで、楽しそうですから」
「お前の楽しみが基準かよ!」
フィオナさんの抗議を軽く受け流し、私はさらさらと間取りを描いていく。
「それから、キッチンは最新式の魔導オーブン付き。リビングは大きな暖炉と、ふかふかのソファを置いて……。モフの昼寝スペースも広く取らないと」
「ワフン!」
モフが前足で図面の日当たりの良さそうな場所をぽんぽんと叩く。
「はいはい。ちゃんと窓際にしますよ」
「リリ様」
いつの間にか背後に立っていたアーマーさんが静かに進言する。
「僭越ながら、私専用の鎧磨きスペースと、メンテナンス用の工具置き場をご検討いただけないでしょうか」
「もちろん! アーマーさんの部屋も作りましょう!」
「あの……ご主人様……」
お兄ちゃんがおどおどと大切そうに抱えたトマトの苗を見せてくる。
「……小さな、ビニールハウスも……お願いできます、でしょうか……」
「いいですね! 日光魔法を組み込んで、いつでも新鮮な野菜が採れるようにしましょう!」
ドッペちゃんは言葉にはしないけれど、鏡の前で自分の姿をじっと見つめている。なるほど、姿見がたくさんある、クローゼットルームが欲しいのね。
家族たちの要望は尽きることがない。
私の描く設計図は、どんどん豪華で、巨大でカオスなものになっていく。
それを腕を組んで眺めていたフィオナさんが、ぽつりと呟いた。
「……なあ、リリ。これ、もう、ただの『家』じゃなくて、『動く城』の設計図になってないか……?」
「え? でも、みんなの希望を全部入れたら、こうなっちゃいました」
完成した設計図は、もはや豪邸と呼ぶにふさわしい壮大なものだった。
「さて、と」
設計図が完成すれば、次はその『家』を何に収納するか、だ。
「これだけ巨大な空間を収納するとなると、最低でも、伝説級の魔導アイテムが必要だぞ……。『次元収納鞄』とか、『四次元ボックス』とか……。どれも国の秘宝クラスの代物だ」
フィオナさんが真剣な顔で言う。
私は、うーんと少しだけ考えると、ガラクタ箱の中から、あるものを取り出した。
「これで、いいんじゃないでしょうか」
それは手のひらサイズの、古びた木製のオルゴールだった。
私が、まだ貴族令嬢だった頃。母が誕生日にくれた思い出の品だ。
「……オルゴール……? いや、確かに、魔力は感じるが……」
「これが私たちの新しいおうちの『鍵』です」
私は、にっこりと笑うと、いよいよ最後の工程――材料調達へと移った。
「フィオナさん、ちょっと裏庭まで手伝ってもらえますか?」
私はフィオナさんを連れて家の裏に出た。
そして彼女の目の前で、地面に手をかざす。
「――『鉱脈探査』」
私の足元の地面が淡く光り地中に眠る、様々な鉱石の場所を示していく。
「ええと……空間を固定するための、アンカーは……あ、あった。『星の涙』の欠片がちょうどいいですね」
地面に手を突っ込むと、ズボッ、という音と共に夜空のようにキラキラと輝く、美しい鉱石が姿を現した。
「ほ、星の涙!? 竜の心臓と、等価交換されるっていう、幻の……!」
フィオナさんが悲鳴を上げる。
「壁の素材は、耐久性と居住性を考えて……『夢見の樹』の木材がいいですね」
私が森の奥に向かって指を鳴らす。
すると森の木々が、ざわざわと道を開け、一本の虹色に輝く巨大な木が、自ら歩いてこちらにやってきた。
「……木が……歩いてる……」
フィオナさんが魂の抜けかけた声で呟く。
こうして、わずか数分で家一軒、いや、城一軒を建てるには、あまりにも、オーバースペックすぎる伝説級の材料が全て揃ってしまった。
私は家の前の広場に、それらの材料とオルゴールを丁寧に並べた。
そして、両手を大きく広げる。
「――万象の根源、万物の始まり。我が声に応え、形なきものに、形を与えよ。――『創造』!」
私の全身から黄金色の凄まじい魔力が溢れ出す。光が、全ての材料を、オルゴールを、包み込んでいく。
それは、まるで世界が新しく生まれる瞬間のような神々しい光景だった。
やがて光がゆっくりと収まっていく。
後には、静寂と広場の真ん中に、ぽつんと置かれた、一つの小さなオルゴールだけが残されていた。
「…………」
フィオナさんは、その光景を、ただ瞬きもせず見つめていた。
「……終わりましたよ、フィオナさん」
「……ああ……」
「私たちの、新しいおうち、完成です」
私は、そのオルゴールをそっと手に取った。
そして、その背についている小さなネジをゆっくりと巻いていく。
カチ、カチ、カチ……。
オルゴールから、どこか懐かしい優しいメロディが流れ始めた。すると、私たちの目の前の空間が水面のように揺らめき始める。
そして、何もないはずの場所にゆっくりと一枚の重厚なオーク材の扉が姿を現したのだ。
私は、その扉のドアノブに手をかける。
「さあ、みんな」
私は家の中から呆然とこちらを見ていた、家族たちに向かって最高の笑顔で言った。
「私たちの動くお城へ、ようこそ。内覧会の始まりですよ」




