第38話 持ち物リスト
マラコーとかいう闇の魔術師のせいで、長らく中断していた『冒険の準備』が、ようやく再開される。
私の心は、15年ぶりに、晴れやかな期待で満ち溢れていた。
「よし! やるぞ、フィオナ! まずは、持ち物リストの作成だ!」
「おう! 任せとけ! 旅の準備ってのは、冒険の基本中の基本だからな!」
その日の午後、私とフィオナさんは、リビングのテーブルに大きな羊皮紙を広げ、史上最高の冒険に向けた、完璧な持ち物リストの作成に取り掛かっていた。
「まずは、野営道具だな」
フィオナさんは、羽ペンを走らせながらプロの顔つきで言う。
「テント、寝袋、調理用の鍋とナイフ、火打ち石……。それから、ロープは最低でも20メートルは必要だ。回復薬と解毒薬も、それぞれ5本ずつは欲しいところだな」
彼女のリストは、いかにも冒険者らしく、実用的でサバイバル感に満ち溢れている。
一方、私はというと。
「ええと……まずは、可愛い水着ですよね。南の海に行くんですから。それから、砂浜で読むための、恋愛小説も三冊は欲しいです。あと、お気に入りのティーカップと……」
「待て待て待て待て!」
私のリストを聞いたフィオナさんが、ペンを置いて盛大に突っ込んだ。
「お前、これから行くのが、どこだか分かってるか!? ピクニックじゃねえんだぞ! 冒険なんだよ!」
「え? でも、マラコーさんを倒したから、もう危険はないんですよね?」
「危険がないのと、準備をしないのとは、話が別だ! 大体、ティーカップなんて、持っていってどうするんだよ! 割れるだろ!」
「えー。でも、紙コップでお茶を飲むなんて、味気ないじゃないですか」
私たちは早くも旅のスタイルに関する根本的な価値観の違いに直面していた。
フィオナさんにとって、旅とは『戦い』であり『試練』。
私にとって、旅とは『休暇』であり『観光』なのだ。
「……まあ、いい」
フィオナさんは、深いため息をつくと、頭を切り替えたようだった。
「あんたの場合、テントがなくても、魔法で家が作れるんだろうしな……。食料だって、そのへんの魔物を狩ればいいわけだ。……うん、あんたに限っては、水着と小説が一番大事な装備なのかもしれん……」
なんだか、彼女のほうが、私のペースに丸め込まれてしまったらしい。
私は満足げに自分のリストに項目を書き足していく。
「それから、モフのおやつ用のお肉もたくさん持っていかないと……。あ、ドッペちゃんが退屈しないように面白い形の石ころも、いくつか……」
私が当然のようにそう言うと、さっきまで諦めムードだったフィオナさんが、再び、がばっと顔を上げた。
「……ん? ……おい、リリ。ちょっと待て」
「はい?」
「……今の聞き間違いじゃなければ、『モフのおやつ』って、言わなかったか……?」
「ええ、言いましたよ。長旅ですからね。みんな、お腹が空くでしょうし」
「……みんな……?」
フィオナさんの顔がひきつっている。
私は、きょとんとして、彼女に尋ねた。
「え? もちろん、みんなで行くんでしょう? 私とフィオナさんと、モフと、アーマーさんと、ドッペちゃんと、お兄ちゃんと……。ああ、エンシェントさんは、体が大きすぎて無理かもしれませんけど」
私の当然すぎる一言。
それにフィオナさんは絶句した。
「…………」
彼女は、しばらく口をパクパクさせていたが、やがてテーブルに両手をついた。
「……リリ……。お前、本気で言ってるのか……?」
「本気も何も……。家族なんですから、旅行に、みんなで 行くのは、当たり前じゃないですか」
「当たり前じゃねえんだよ!」
フィオナさんが叫んだ。
「いいか、よく聞け! モフは神話級の巨大狼だ! アーマーの旦那は、喋る全身鎧だ! ドッペちゃんは、正体不明の シェイプシフターだ! そんな動くモンスターパレードみたいな一行が、街に入ってみろ! 衛兵が出動するどころか、国軍が来るぞ!」
彼女のもっともな指摘に、私は初めて、その可能性に思い至った。
森の中では、当たり前の光景。
でも一歩、外の世界に出れば、それは異常で恐怖の対象でしかない。
「……そっか……。みんなとは一緒に行けないんだ……」
途端に私の胸に寂しさがこみ上げてくる。
一人と一匹と、一体と一体と、もう一人。みんなで一緒に海を見たかったのに。
私のしょんぼりした様子にリビングにいた家族たちも、どこか悲しそうな雰囲気になる。
モフが私の足元で、くぅん、と悲しそうな鳴き声を上げた。
「……まあ、仕方ねえだろ。あいつらは留守番してもらうしか……」
フィオナさんが慰めるように、そう言いかけた、その時。
私は一つの名案を思いついた。
「……そうだわ」
私は顔を上げた。
「……みんなが街の人を驚かせちゃうなら」
「……おう」
「……街の人の目に触れなければ、いいんじゃないですか?」
「……は?」
フィオナさんが怪訝な顔をする。
私は、にやりと笑って見せた。
「ちょっと、大掛かりな工作が必要になりますけど……。みんなが一緒に入れる快適な『移動式のおうち』を作ればいいんですよ!」
「……移動式の……おうち……?」
「はい! 持ち運びができる魔法の家です! それがあれば、移動中は、みんな、その中にいてもらって、安全な場所に着いたら、外に出て一緒に遊べます!」
私の突拍子もない完璧な解決策。
フィオナさんは、突っ込む気力もないようだった。ただ、遠い目で呟くだけで。
「……ポータブル……ハウス……。もう、なんでもありだな、お前は……」
こうして私たちの持ち物リスト作りは、いつの間にか、『移動式・魔法の家開発計画』という、壮大なプロジェクトへと、その姿を変えてしまった。
「よし! まずは、設計図からですね! どんなおうちがいいかしら!」
私は新しい羊皮紙を取り出して、目を輝かせる。冒険の旅は、どうやら始まる前から、とんでもなく、大掛かりなものになりそうだった。
でも、みんなと一緒なら。
きっとその方がずっと楽しいに違いない。




