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第30話 森の郵便屋さん

 私たちの、闇の魔術師討伐に向けた、真剣で、スリリングな作戦会議は、ぴたり、と水を差されたように静まり返った。


「…………」


 私とフィオナさん、エンシェントさんが顔を見合わせる。


「……誰だ、今の?」


「さあ……。結界の通知によると、『郵便配達員』だそうですが……」


「郵便屋が、なんでこんな森の奥まで来るんだよ……」


 フィオナさんが心底、不思議そうに呟く。

 確かに、私がこの森に住んで15年、郵便物なんて一度も受け取ったことはない。

 面倒くさそうに立ち上がると、アーマーさんが、すでに玄関の扉の前で、外の様子を伺っていた。


「リリ様、いかがいたしますか」


「仕方ありません。追い返すわけにもいかないでしょう。どうぞ、お通ししてください」


 アーマーさんが静かに頷き、玄関のドアを開ける。

 そこに立っていたのは、少し乱れた制服を着て、大きな革の鞄を肩から下げた、人の良さそうな、そばかす顔の青年だった。


「こんにちは! 森の賢者様のお宅で、お間違いないでしょうか!」


 青年は元気いっぱいに敬礼した。

 彼の視線の先には、リビングアーマー、巨大な龍、そして屈強なA級冒険者がいるというのに、彼は全く動じる様子がない。

 それどころか、私たちの存在に気づいてすらいないようだった。


 彼の目には、ただ、この家の主である『私』の姿だけが映っているらしい。どうやら、私の結界が余計なものを見せないように、彼に認識阻害の魔法をかけているようだ。

 優秀すぎるのも考え物だ。


「……賢者ではありませんが、リリです。何の御用でしょうか」


「はい! こちら、賢者様宛のお届け物です!」


 青年は、そう言うと、鞄の中から小さな小包を一つ取り出した。


「宛名は『森の賢者様』、住所は『リーフサイドの街の東にある、なんか凄い魔力の森の、一番凄い場所』となっております! ここで、間違いありませんね!」


「……ええ、まあ、多分」


 その、あまりにもアバウトすぎる住所に、私は思わず遠い目をしてしまった。

 よく、この場所までたどり着けたものだ。結界の通知にあった『超方向音痴』というのは、もしかしたら一周回って目的地にたどり着ける特殊能力なのかもしれない。


「ここに、サインか、判をお願いします!」


 青年から配達伝票と羽根ペンを渡される。

 私は仕方なく、そこに『リリ』とサインをした。


「はい、ありがとうございます! また、お願いします!」


 青年は清々しい笑顔で小包を私に手渡すと、来た道を元気に戻っていった。その背中に、私は思わず声をかける。


「あ、あの!」


「はい、なんでしょうか!」


「……帰りの道、分かりますか?」


「はい! この森は、なんだか、とっても道が分かりやすいです! まっすぐ歩けば街に着きますから!」


 彼は、私の作った結界――悪意のない者には森の中心部に近づけず、自然と外へと誘導する機能に、全く気づいていないらしい。


 ある意味、天職なのかもしれない。


 郵便屋さんが去った後、私は手の中の小包に視線を落とした。差出人の名前を見て、私は少しだけ目を見開く。


「……アレク・ランバート……」


「アレク!? あの、騎士の嬢ちゃんか!」


 フィオナさんが驚きの声を上げた。


 私とフィオナさんは、テーブルに戻ると、早速、その小包を開けてみた。

 中に入っていたのは、一枚の丁寧に折り畳まれた手紙と銀細工の美しいブローチだった。


 私が手紙を広げる。

 そこに綴られていたのは、アレクの丁寧で誠実な文字だった。


――拝啓、森の賢者リリ様。

 先日は、私の命を救い、月光苔を授けてくださり、誠にありがとうございました。

 おかげさまで、ソフィア王女殿下の病は、快方に向かっております。

 リリ様への御恩は、王国、そして私個人、決して忘れることはありません。


「……よかった。無事に届いたのね」


 私は、ほっと胸を撫で下ろした。

 フィオナさんも、うんうんと頷いている。

 しかし手紙には、まだ続きがあった。


――追伸。

 王都では今、『森の賢者』と『黄金の魔女』の噂で持ちきりです。

 リリ様の力を、己が派閥の益のために利用しようとする貴族たちが動き始めています。

 どうかくれぐれもご用心ください。

 同封したブローチは、王家の紋章を模した、私の私物です。何の力もありませんが、万が一、兵士などに絡まれた際には、気休め程度にはなるかもしれません――


「……だってさ」


 私が手紙を読み終えると、フィオナさんは、うーんと腕を組んで唸った。


「なるほどな……。やっぱり、面倒なことになってるわけか、王都のほうも」


「みたいですね。派閥とか、よく分かりませんけど」


 私はブローチを手に取った。

 美しい銀の芸術品だ。でも私にとっては、ただのアクセサリーでしかない。


「さて、と」


 私は手紙とブローチをテーブルの隅に置いた。


「それじゃあ、作戦会議の続きをしましょうか。マラコーの拠点への潜入方法ですが……」


 私が何事もなかったかのように話を再開しようとすると、フィオナさんが「待った」と、私の言葉を遮った。


「なあ、リリ」


「はい?」


「あんた、本当に、それでいいのか?」


「何がです?」


「あの魔術師の拠点に殴り込みをかけることだよ。今、あんたの存在は、王国の連中も注目してる。そんな中で、あんたみたいな規格外の存在が大昔からいるっていう、これまた規格外の魔術師をド派手に倒してみな。世界がひっくり返るぞ」


 フィオナさんの真剣な言葉。

 確かに彼女の言う通りかもしれない。

 私の『お掃除』は、私が思っている以上に大きな波紋を呼ぶ可能性がある。


「……じゃあ、どうしろと?」


「……だから作戦は、もっと慎重に静かに、誰にも気づかれないように、やる必要があるってことさ」


 フィオナさんはにやりと笑った。


「幸い、ここにはA級冒険者として数々の潜入ミッションをこなしてきた、この私がいる。あんたの、そのデタラメな力と、私のプロの経験。それを組み合わせれば、きっと最強の潜入チームができるはずだぜ」


 彼女の言葉に私は、少しだけ心が動いた。


 一人でやる、退屈な『お掃除』。

 二人でやる、スリリングな『ミッション』。


 どちらが私のまだ見ぬ『冒険』に近いだろうか。 

 答えは、もう出ているのかもしれない。

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