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第29話 家庭内会議

『闇の魔術師・マラコーの拠点(超迷惑)』


 空中に浮かぶ立体地図に、でかでかと表示された、その禍々しい文字列。

 私とフィオナさんは、しばらくの間、その不吉な黒い染みを、ただ黙って見つめていた。


「……最悪だ……」


 沈黙を破ったのは、フィオナさんだった。

 彼女は、わしわしと自分の赤い髪をかきむしっている。


「よりにもよって、あんたが行きたい南の海の、ど真ん中のルート上に本拠地を構えてやがる……!」


「……そうですね。見事なくらい、道のど真ん中です。わざとでしょうか」


「ありえるのが、腹立つな!」


 確かに、これはとてつもなく面倒くさい。

 あのマラコーとかいう魔術師は、私の庭――森を狙っているだけでなく、私のささやかな旅行計画まで妨害してきているのだ。

 これは、もはや個人的な恨みがあるとしか思えない。会ったこともないけれど。


「迂回ルートは、ないのかい?」


 フィオナさんが地図を睨みつけながら尋ねる。


「うーん……」


 私は立体地図を操作して、別のルートを探してみた。


「東回りは……『ドラゴン山脈』ですね。ここ、春は絶対通るなって、フィオナさんの地図に書いてありました」


「ああ、やめとけ。ワイバーンの夫婦喧嘩に巻き込まれて、丸焼きにされるのがオチだ」


「西回りは……『大湿地帯』ですか。ここは、毒の沼と、巨大なヒルがたくさんいるみたいです。ちょっと、じめじめしてて、気が進みませんね」


「それにマラコーの奴が、こっちのルートに罠を仕掛けてないとも限らない。どっちにしろ、危険すぎる」


 どうやら安全かつ快適に、南の海へと至る道は、マラコーの拠点をどうにかしない限り、存在しないらしい。


「…………」


 私は、一つ、深いため息をついた。

 どうして、ただ冒険の旅に出たいだけなのに、こんな世界平和に関わるような問題を解決しなければならないのだろうか。

 スローライフの神様は、私に、どれだけの試練を与えれば気が済むのか。


「……仕方ありませんね」


 私は、ぽつりと呟いた。


「どうするんだい、リリ?」


「決まってます。私のスローライフとバカンス計画の両方を邪魔する障害は、排除するしかありません」


 私の確固たる決意のこもった言葉に、フィオナさんは、ごくりと喉を鳴らした。


「……つまり、あんた……あの、魔術師の拠点に殴り込みをかけるってことかい?」


「人聞きの悪い言い方はやめてください。あくまで『お掃除』です。私の庭先に勝手にゴミを置かれたから、それを片付けに行くだけですよ」


 私がそう言い放つと、フィオナさんは、もはや呆れるのを通り越して、どこか楽しそうな不敵な笑みを浮かべた。


「……ははっ! 面白い! さすがは、私のルームメイトだ!」


「ルームメイトになった覚えは、まだありませんけど」


「いいぜ、乗った! その『お掃除』、私も手伝ってやる!」


 彼女は腰の剣の柄をポンと叩いた。

 一人よりは、二人の方が、心強い。……かどうかは分からないけど、賑やかで楽しいかもしれない。


「よし、決まりだな! 作戦会議と行こうぜ!」


 こうして、私たちの当初の目的だった『旅のルート決め』は、いつの間にか『闇の魔術師・討伐作戦会議』へと、その趣旨を大きく変えてしまった。



 その日の夜。

 我が家のリビングでは、緊急の家庭内会議が開かれていた。

 議題は、もちろん「どうやって、安全かつ効率的に、マラコーの拠点を掃除するか」。


 テーブルを囲むのは、私とフィオナさん。そして、オブザーバーとしてアーマーさんと、なぜか話を聞きつけて天井裏から降りてきた、エンシェントさんも参加している。


「ふむ。マラコー、か。懐かしい名前を聞いたのう」


 エンシェントさんが巨大な顎を撫でながら呟いた。


「え、エンシェントさん、知ってるんですか!?」


 フィオナさんが驚いて身を乗り出す。


「うむ。あれは確か……わしが、まだほんの若造だった頃……千年前だったか、二千年前だったか……。しつこく、わしの宝を狙ってきた、小賢しい人間の魔術師じゃった。何度も追い払ったんじゃが、どうやらまだ生きておったか」


「……長生き、ですね……」


 どうやらマラコーという魔術師は、想像以上に根が深く、面倒くさい相手らしい。

 ていうか、何でそんなに長生きなの?


「それで? 作戦はどうするんだい、リリ。あんたの力で、あの拠点ごと、森の彼方に吹き飛ばしちまうのか?」


 フィオナさんが物騒なことを言う。


「いえ、それは後始末が大変なので却下です」


 私は、地図の上に、一つの駒を置いた。


「今回の作戦の基本方針は、『隠密行動』です。敵地に乗り込み、ボスであるマラコーだけをピンポイントで無力化する。それが一番、被害が少なくて、楽な方法ですから」


「なるほどな。それで、具体的には?」


「はい。まず、私が……」


 私が自信満々に作戦の詳細を語り始めようとした、その時だった。

 床で丸くなっていたモフが、むくりと起き上がり、くんくん、と鼻を鳴らし始めた。


 そして玄関のドアに向かって、低く唸り声を上げる。


「……どうしたの、モフ?」


 誰か、来たのだろうか。

 いや、結界は、何の反応も示していない。

 その答えは、すぐに家の外から聞こえてきた。


「お届けものでーす! 『森の賢者』様、いらっしゃいますかー!」


 やけに間延びした、のんきな声だった。

 同時に、私の頭の中に結界からの通知が届く。


――『来客(郵便配達員/悪意ゼロ/超方向音痴)』を一人、森の内側へ通しました。


「…………」


 またか。

 どうして私の家の結界は、こうも面白い人ばかりを通してしまうのだろうか。

 それに大事な話をしている時に、タイミング悪く、来客が来るのだろうか。


 作戦会議は、またしても中断を余儀なくされた。

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