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第28話 知りたくなかった情報

「『2.旅のルートを決める』……ねえ」 


 私は冒険の準備リストに書き込んだ新しい項目を指でなぞった。

 言葉にするのは簡単だけど、これは、なかなかどうして、難しい問題だ。

 

 なにせ、私は15年間、遠出をしたことがないのだ。外の世界がどうなっているのか、地理なんて、さっぱり分からない。


「なあに、簡単なことさ!」


 私の悩みを見透かしたように、隣で小説を読んでいたフィオナさんが、自信満々に胸を叩いた。


「こういう時のために、一流の冒険者のアタシがいるんじゃないか! ちょっと待ってな!」


 彼女はそう言うと、自分の部屋に駆け込み、すぐに、ずっしりと重そうな革の筒を抱えて戻ってきた。

 床にそれを広げると、現れたのは、使い込まれた、大きな羊皮紙の世界地図だった。


「じゃーん! ギルド公認、最新版の大陸全図さ! これさえあれば、どこへだって行けるぜ!」


 フィオナさんが得意げに地図を広げて見せる。

 それは、確かに、詳細な地図だった。山脈や川、国の名前、街の位置まで、びっしりと書き込まれている。


……ただ。


「……フィオナさん。このドクロのマークは何です?」


「ああ、そりゃ『高レベル危険地帯』の印さ。面白半分で入ったら、生きては帰れない魔境だ」


「じゃあ、この『ガゾフ、二度とキノコ食うな!』という書き込みは……」


「ああ、それはパーティの仲間への個人的なメモだ。あいつ、毒キノコの見分けがつかなくてよ」


「……こっちには、『ワイバーンの巣(春は絶対通るな!)』と……」


「そうそう! 春はあいつらの繁殖期だからな。迂闊に近づくと、夫婦そろって襲いかかってくるんだ」


 地図の上には、そういった物騒な書き込みが、無数にびっしりと記されていた。

 私にとっては、知らない情報ばかりで、とても興味深い。


「へえ、この『絶望の沼』には、ヒュドラがいるんですね。ヒュドラの肉って、確か、どんな病も治すって言いますよね。今度、狩りに行ってみましょうか」


「行くな! それは観光ガイドじゃなくて、警告なんだよ!」


「南の方には、グリフォンの生息地が……。グリフォンの羽毛って、最高級のベッドが作れるんですよ。モフの寝床、最近、ぺちゃんこになってきたし、ちょうどいいかも」


「だから、行くなって言ってるだろ!」


 フィオナさんは、私のあまりにも呑気な反応に頭を抱えてしまった。

 彼女の地図は、とても有益だ。でも、危険情報が多すぎて、なんだか旅の夢がしぼんでしまう。


「……分かりました。やっぱり自分で作ります」


「は? 作るって……何をだよ」


「地図を、です」


 私がそう言うと、フィオナさんは、こいつは何を言っているんだ、という顔をした。


「家の外に、一番大きな樫の木があるでしょう? ちょっと、ついてきてください」


 私は、きょとんとしているフィオナさんの手を取り、家の外へと連れ出した。

 家の裏手には、ひときわ大きく、古く威厳のある樫の木が天に向かってそびえ立っている。

 この森の、主のような木だ。


 私は、その幹に、そっと手のひらを当てた。

 そして目を閉じて意識を集中させる。


「――教えて、森の長老。この世界の、今の姿を」


 私の魔力が木の根を伝って大地へと広がっていく。

 根は、さらに深く、広く、大陸の隅々まで伸びていき、その土地の情報を吸い上げていく。


 次の瞬間。

 樫の木の目の前の空間が淡い光を放ち始めた。光はやがて形を成していく。山が隆起し、川が流れ、街の明かりが灯る。

 それは精巧な、あまりにも精巧な大陸の立体地図だった。しかも雲が流れ、川がせせらぎ、街の灯が瞬くリアルタイムの。


「…………」


 フィオナさんは、その神の御業としか思えない光景を声もなく、ただ見上げていた。


「うん。これなら分かりやすいですね」


 私は満足げに頷くと、空中に浮かぶ立体地図を指で、すい、と操作した。地図は、私の意のままに、拡大したり、回転したりする。


「それで、海、海……と。やっぱり、行くなら南の暖かい海がいいですよね。ほら、ここ砂浜が綺麗そうですよ」


 私が大陸の南端を指差す。そこには、エメラルドグリーンの美しい海が広がっていた。


「……すげえ……」


 ようやく我に返ったフィオナさんが感嘆の声を漏らす。


「これ……本当に、地図なのか……? 神様の覗き窓じゃないのか……?」


「さあ? それで、ここから南の海に行くには、この山脈を越えて、この平原を抜けて……あれ?」


 私が最短ルートを指でなぞっていた、その時だった。

 フィオナさんが地図のある一点を指差した。


「おい、リリ。なんだか、あそこだけ色がどす黒くないか?」


 彼女が指差す先。

 私たちがなぞっていたルートの、ちょうど真ん中あたりにインクを垂らしたような不気味で、禍々しい黒い染みが浮かび上がっていた。


「なんでしょうね、これ……」


 私は、その黒い染みを、ぐいっと拡大してみた。地図の情報が、更新されていく。

 その場所を示す文字が浮かび上がった。


『闇の魔術師・マラコーの拠点(超迷惑)』


「…………」


 私とフィオナさんは顔を見合わせた。

 そして、二人同時に深いため息をつく。


「……最悪だ……」


 フィオナさんが頭を抱える。

 どうやら、私の初めての冒険旅行は、あの面倒くさい闇の魔術師の根城を、どうにかしない限り、始まりそうにもないらしかった。


 私のスローライフと冒険の旅。

 その両方の前に、同じ巨大な障害が立ちはだかっていたのだ。

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