第26話 ノックの主は、もう一人の私?
アーマーさんのひどく困惑した報告。
その言葉が静まり返ったリビングに奇妙に響き渡った。
「「……は?」」
私とフィオナさんの声が綺麗にハモる。
もう一人の、私? どういうこと?
寝ぼけているのだろうか。それとも、ついにアーマーさんの頭のネジが一本、飛んでしまったとか?
「おい、どういう冗談だよ、鎧の旦那」
フィオナさんが警戒しながら剣の柄に手をかける。
「いえ、それが……冗談などでは……。ご自身の目でお確かめください」
アーマーさんは、そう言うと、困り果てたように一歩下がり玄関のドアを示した。
ガン! ガン!
再び、ドアが乱暴に叩かれる。
私はフィオナさんと顔を見合わせた。そして一つ深いため息をつくと、面倒くさそうに立ち上がった。
「……分かりました。私が出ます」
「おい、リリ! 危ないかもしれないぞ!」
「大丈夫です。私の家で、私に何かできる存在なんて、いませんから」
私はどこか他人事のようにそう言うと、玄関のドアへと向かった。
そして何の用心もせず、がちゃり、と鍵を開けて、ドアを勢いよく開け放つ。
「どちら様で……」
そこに立っていた人物を見て、私は言葉を失った。
そこにいたのは、紛れもなく『私』だった。
私と寸分違わぬ顔。同じ深い森の色のワンピースとクローク。
「…………」
私と『私』が無言で見つめ合う。
背後から覗き込んでいたフィオナさんが、ひゅっ、と息を呑む音が聞こえた。
「な……! ドッペルゲンガーか!?」
「……」
でも、何かがおかしい。
よく見ると、目の前の『私』は、どこかちぐはぐだった。
服装は同じなのに、なぜか着こなしがぎこちない。髪型も、私の分け目とは左右が逆だ。何より、その表情が自信なさげに、おどおどと揺れていた。
まるで出来の悪い鏡を見ているようだ。
フィオナさんが、私を庇うように剣を抜いて前に出る。
「正体を現しな、化け物! 何の目的でリリの姿を騙っている!」
その剣幕に目の前の『私』は、ビクッと肩を震わせると、わなわなと震え始めた。
そして、次の瞬間。
「ひぃぃぃぃん! ごめんなさいごめんなさい!」
なんと、その場にぺたんと座り込み、子供のように泣き出してしまったのだ。
「えええええ!?」
あまりにも予想外の展開にフィオナさん自身が、完全に面食らっている。
「た、食べないでください! 私は、ただ安全な場所が欲しかっただけで……!」
「……誰も、食べるとは言ってませんけど」
私が呆れてそう言うと、泣きじゃくる『私』は、ぽつり、ぽつりと事情を話し始めた。
彼女の正体は、若いドッペルゲンガー。
元々、この森の別の場所に住んでいたが、最近、森の魔物たちが凶暴化し、住処を追い出されてしまったらしい。
そして、安全な場所を求めて彷徨っていた時、街で私を見かけたのだという。
「あ、あなたが、街を歩いている時、周りの魔物やチンピラが、みんな、あなたを避けていくのを見ました……! あなたの姿をしていれば、きっと誰にも襲われないんだって……! だから、真似させてもらいました……! ごめんなさい!」
……なるほど。
つまり私の姿は、この森の生態系において、一種の『最強のカモフラージュ』として認識されたらしい。心外だ。心外である。
「……ちなみに、聞きますけど」
私は一つ基本的な質問をしてみた。
「私の好きな食べ物は、何だと思いますか?」
「え、ええと……き、木の根……とか……?」
「……」
フィオナさんが横で、ぷっ、と吹き出すのを私は見逃さなかった。
どうやら、このドッペルゲンガーは敵意もなければ知性もあまりないらしい。
「はぁ……」
私は本日何度目か分からない、最大級のため息をついた。
そして泣きじゃくって、すっかり元ののっぺらぼうのような姿に戻りかけている、哀れな生き物を見下ろす。
「……分かりました。あなた住むところがないんでしょう?」
「へ……?」
「家、空いてますよ。部屋」
私の言葉に泣きじゃくっていたドッペルゲンガーと隣で呆れていたフィオナさんの動きが同時にぴたり、と止まった。
「「…………はい?」」
「おいおいおいおい! 正気か、リリ!?」
フィオナさんが慌てて私の肩を掴む。
「こいつが悪い奴じゃないのは分かった! でも、だからって家に上げるのは話が別だろ!」
「だって、このまま放り出したら、かわいそうじゃないですか。それに私の姿でうろつかれて変な噂を立てられても迷惑ですし」
「それは、そうかもしれねえが……!」
「決定です。あなたは、今日からここの住人です。ただし、私の姿を真似るのは、ややこしいので禁止します。いいね?」
私がそう言うと、ドッペルゲンガーは信じられないといった顔で、こくこくと何度も頷いた。
「名前はどうしましょうか……。ドッペルゲンガーだから、『ドッペちゃん』でいいかしら」
「もっとマシな名前はなかったのか……」
フィオナさんが頭を抱えている。
こうして我が家にまた一人、新しい家族が加わった。
泣いて喜ぶドッペちゃんを家の中に招き入れる私を見て、フィオナさんは心底疲れ果てた顔で呟いた。
「……もう、驚かないぞ……。私は、もう、何があっても、絶対に、驚かないからな……」
その固い決意のすぐそばで、アーマーさんが静かにドッペちゃんに尋ねていた。
「ドッペ様。お部屋の準備をいたしますが。予備の寝室と裏の洞窟どちらがよろしいですかな?」
フィオナさんの肩が、びくんと大きく震えたのを、私は見なかったことにした。




