第24話 幻のキノコ
微睡みゴーレムとの交渉を終え、私たちは、ついに最後の材料『月夜茸』が自生するという、森の最奥部、古の遺跡地帯へとやってきた。
ここは、苔むした石の柱が立ち並び、静かで、どこか神秘的な空気が漂う場所だ。
「……ここが、遺跡……。こんな場所が森の奥にあったなんて、知らなかったな」
フィオナさんは、すっかり疲弊しきった様子ながらも、冒険者としての好奇心からか、興味深そうに周囲を見回している。
「『月夜茸』は、二つの月が重なる夜にしか咲かない、幻のキノコです。今日は、ちょうどその日に当たるんですよ」
「へえ、運がいいんだか、悪いんだか……。で、どこに生えてるんだい?」
「あそこです」
私が指差したのは、遺跡の中でもひときわ大きな、巨大な円形の祭壇のような場所だった。その中央に、月光を浴びて青白く輝く、美しいキノコが一本だけ、凛として生えている。
あれが『月夜茸』。
不老不死の霊薬とまで呼ばれる、伝説のキノコだ。
「うおお……! あれが……! 写真でしか見たことなかったが、本物は、なんて綺麗なんだ……!」
フィオナさんが目を輝かせる。
しかし、次の瞬間、彼女の表情は険しいものに変わった。
「……待て、リリ。何かいるぞ」
彼女が視線を向けた先。
祭壇の周りの崩れた石柱の影に、複数の人影が潜んでいるのが見えた。
その数、五人。全員が黒いローブで全身を覆い顔を隠している。明らかに、まともな人間ではない。
「……あいつら……まさか、マラコーの手下か……?」
フィオナさんが警戒して腰の剣に手をかける。
私も眉をひそめた。どうやら、彼らも月夜茸を狙って、ここにやってきたらしい。
「どうする、リリ? あいつらが先に茸を取っちまうぞ!」
「……そうですね。それは困ります」
エンシェントさんの安眠のため、そして、私の平穏な夜を取り戻すためにも、あのキノコは絶対に手に入れなければならない。
黒ローブの集団は、まだこちらに気づいていないようだ。彼らは、互いに合図を送り合うと一斉に祭壇へと走り出した。
「ちっ! 行くぞ、リリ!」
「待ってください、フィオナさん」
飛び出そうとするフィオナさんを、私は手で制した。
「え? なんでだよ! このままじゃ……!」
「大丈夫です。あせらなくても、キノコは逃げませんから」
私が落ち着き払ってそう言うのには、理由があった。黒ローブの一人が祭壇に足を踏み入れた、その瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!
祭壇全体が轟音と共に激しく揺れ動き始めた。
そして月夜茸が生えていた地面そのものが、巨大な一つの生き物のように、むくり、と起き上がったのだ。
それは遺跡の石材でできた巨大な亀だった。
甲羅の上に月夜茸を乗せた超巨大な亀。
この遺跡の守護者、『エンシェント・トータス』である。
「「「「な、なんだ、こいつは!?」」」」
黒ローブたちが驚愕の声を上げる。
エンシェント・トータスは、ゆっくりと巨大な首をもたげると、甲羅の上の不埒者たちを鬱陶しそうに睨みつけた。
そして、
カッ!
その目から強力な石化光線が放たれた。
「「「「ぐわあああああああっ!?」」」」
黒ローブたちは、なすすべもなく光線を浴び、悲鳴と共に、一人、また一人と、灰色の石像へと姿を変えていった。
あっという間に五体の奇妙なポーズをとった石像が祭壇の上に完成した。
「…………」
その、あまりにもあっけない結末を、物陰から見ていたフィオナさんは、口をあんぐりと開けて固まっている。
「……あーあ。だから言ったのに」
私は、一つため息をついた。
「あの祭壇は、トータス爺さんの甲羅の上なんですよ。許可なく乗ったら、そりゃあ、怒られますって」
私が、やれやれと首を振りながら遺跡守護者の元へと歩いていく。
「お久しぶりです、トータス爺さん。お元気そうで何よりです」
「……おお……リリか……。また騒がしい小僧どもが、わしの甲羅で運動会を始めおったわ……」
エンシェント・トータスは、眠そうな、それでいて威厳のある声で答えた。
「すみません、爺さん。その甲羅の上のキノコ、一本、いただけませんか?」
「……ふむ。お前になら、構わんよ。どうせ、また生えてくるからのう」
「ありがとうございます!」
私は、ぴょんと巨大な甲羅の上に飛び乗ると、石像と化した黒ローブたちの横を通り抜け、目的の月夜茸を丁寧に採取した。
「……なあ、リリ……」
背後からフィオナさんの、もはや何の感情もこもっていない虚無の声が聞こえてくる。
「……あいつら、どうするんだ……?」
「さあ? トータス爺さんの新しい庭の置物にでも、なるんじゃないですか?」
私が、あっけらかんと答えると、フィオナさんは、ついに、その場に膝から崩れ落ちた。
「……もう、帰りたい……。街に帰って、安い酒場で、安い酒が飲みたい……」
すっかり精神をすり減らしてしまったフィオナさん。
私は彼女の肩を優しく叩いた。
「元気を出してください、フィオナさん! これで材料は全部揃いましたよ! あとは家に帰って、最高に美味しいハーブティーを淹れるだけです!」
「……もう、ハーブティーの味なんて、どうでもいい……」
こうして私たちの波乱万丈な材料調達は、ついに終わりを告げた。
残すは調理のみ。
エンシェントさんの安眠と、私の平穏なスローライフは、もう、すぐそこにあるはずだった。




