第23話 丁寧な起こし方
きらめきの洞窟を後にした私たちは、次の材料『囁きの苔』を求めて、森の岩場地帯へと足を踏み入れた。
ごつごつとした岩が転がる殺風景な場所。しかし、その中央には、ひときわ巨大な小山と見紛うほどの岩塊が鎮座していた。
「……なあ、リリ。あの一番でかい岩。あれが、もしかして……」
フィオナさんが、ごくりと唾を飲み込みながら尋ねる。その顔は、すでに何かを察して、ひきつっていた。
「はい。あれが『微睡みゴーレム』です。今は、お昼寝中のようですね」
私が指差す先では、巨大な岩――ゴーレムが、すうすうと、地響きのような寝息を立てていた。その背中や肩には、目的の『囁きの苔』が、ビロードのようにびっしりと生えている。
「……でかい……。あんなのが動き出したら、街の一つや二つ、簡単に踏み潰されるぞ……」
「大丈夫ですよ。とっても温厚な性格ですから。ただ、ちょっと、寝起きが悪いのが玉に瑕なんですけど」
そう、問題はそこだった。
微睡みゴーレムは、数百年に一度しか目を覚まさない。無理に起こそうとすれば、機嫌を損ねて、手がつけられなくなるのだ。
「じゃあ、どうするんだい? 寝ている間に、こっそり背中に登って、苔だけいただくってのは……」
「ダメです。ゴーレムの体表は、強力な魔力障壁で覆われています。許可なく触れようとすれば、弾き飛ばされてしまいますよ」
「……じゃあ、やっぱり、起こすしかないのか……。どうやって?」
フィオナさんの問いに、私は、にっこりと微笑んだ。
「もちろん、丁寧にお声がけして、お願いするんですよ」
「……声がけ……?」
フィオナさんは、さっきの洞窟での出来事を思い出したのか、さっと顔を青くして自分の耳を塞いだ。
「また、あの、物理的な声で……」
「まさか。相手は、この森の大先輩ですよ。もっと、敬意を払った方法で起こします」
私はそう言うと、地面に置いていた籐の籠から、あるものを取り出した。
それは、私が朝、家を出る前に、こっそり作っておいた特製の目覚まし時計だった。
直径1メートルほどの、丸くて平たい金属の塊が二つ。シンバルのような形をしている。
素材は、私が薪割り斧を作った時の余りのオリハルコン。取っ手の部分は、エンシェントさんの抜け牙だ。
「……リリさんや。それは、なんですかな……?」
「ゴーレムさんを起こすための、楽器です」
私は満面の笑みで答えると、両手に持ったオリハルコン製シンバルを、高く、高く、振り上げた。
「……フィオナさん」
「……なんだい」
「今度こそ、本気で、耳と、できれば魂も塞いでおいてください」
「魂!?」
フィオナさんが絶叫するのと、私がシンバルを打ち鳴らすのは、ほぼ同時だった。
キィィィィィィィィン!!!!!
それは音ではなかった。
もはや空間そのものを破壊する、純粋な衝撃波の塊だった。
大気は震え、地面は砕け、周囲の岩は共鳴して粉々になっていく。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!
その、あまりにも暴力的な目覚ましに、微睡みゴーレムの巨体が、ぴくん、と反応した。
ゆっくりと、その岩の瞼が開かれていく。
そして、ゴーレムは重々しい地の底から響くような声で一言呟いた。
「…………うるさい」
ドゴォォォォォォン!!!
ゴーレムが寝ぼけながら巨大な腕を振り払う。
その一撃は、大地を叩き割り、私たちのすぐそばを凄まじい速度で薙ぎ払っていった。
「うわあああああああああっ!?」
フィオナさんが悲鳴を上げて地面を転がる。
私も、ひらりと身をかわした。
「あ、すみません、ゴーレムさん。おはようございます。ちょっと苔を分けていただきたくて」
私がぺこりとお辞儀をすると、ゴーレムはゆっくりとこちらに視線を向けた。そして私と、私の手にあるシンバルを認識すると、再び重々しく口を開いた。
「…………リリか。……また、お前か」
「はい、リリです。いつもお世話になっております」
「……その、うるさい楽器は、やめろと前回も言ったはずだが……」
「すみません。でも、こうしないと起きてくださらないじゃないですか」
私とゴーレムのどこか気の抜けた会話。
それを地面にへたり込んだままのフィオナさんが呆然と見上げていた。
「……知り合い……なのか……? 伝説のゴーレムと……?」
ゴーレムは、はぁ、と巨大なため息をついた。その風圧でフィオナさんの髪が激しく乱れる。
「……分かった。苔くらい、好きに持っていくがいい。……だから、もう、寝かせろ……」
「ありがとうございます! さすが、ゴーレムさん! 話が分かりますね!」
私は許可が出たのをいいことに、ゴーレムの巨大な背中にぴょんと飛び乗ると、目的の『囁きの苔』を、手早く採取し始めた。
苔は、ふかふかで、とても良い香りがした。
「……おい、リリ……」
下からフィオナさんの力ない声が聞こえてくる。
「……あんた、もしかして、この森にいる伝説級の連中、全員と顔なじみなのか……?」
私は苔を籠に入れながら、にっこりと振り返って答えた。
「まさか。ご近所付き合いみたいなものですよ」
その言葉に、フィオナさんは、もう何も言う気力がないようだった。
ただ、静かに天を仰いでいる。
「さあ、フィオナさん! 最後の材料『月夜茸』を探しに行きますよ!」
「……もう、好きにしてくれ……」
すっかりやつれてしまったフィオナさんを励ましながら、私たちは最後の目的地へと向かう。
エンシェントさんの安眠のため。そして、私の平穏なスローライフを取り戻すため。
私たちの、ハーブティー作りの旅は、いよいよクライマックスを迎えようとしていた。




