第22話 妖精たちの水遊び
きらめきの洞窟。
その奥にある聖なる泉は、まるで宝石箱をひっくり返したかのように光で満ち溢れていた。
そして、その光の中で無数の小さな妖精――ピクシーたちが、きゃっきゃうふふと、実に楽しそうに水浴びをしている。水をかけ合ったり、水面に浮かぶ水晶の欠片をサーフボードのように乗りこなしたり。完全に自分たちのプライベートビーチと化していた。
「……な、なんだい、あいつら……」
目の前の幻想的な光景に、フィオナさんは呆気にとられていた。無理もない。ピクシーは極度に清浄な魔力を持つ場所にしか現れない、非常に希少な精霊だ。
普通は、一生に一度、見られるかどうかというレベルの存在である。
「こんにちはー。ちょっと、そこのお水をいただきたいんですけどー」
私ができるだけ優しく声をかけると、ピクシーたちは、一斉にこちらを向いた。
そして、にたぁ、と笑う。
それは純粋無垢な笑顔というよりは、タチの悪いいたずらっ子の笑みだった。
次の瞬間、ピクシーたちは両手で水をすくうと一斉にこちらに向かって放ってきた。
バシャバシャバシャッ!
無数の小さな水弾が、まるで弾丸のように飛んでくる。
「うわっ! 冷たっ!」
フィオナさんは慌てて腕で顔を庇う。
一方、私は飛んでくる水弾を、ひらりひらりと最小限の動きで全て避けていた。私の『自動汚れ防止機能付きワンピース』は、濡れることすら許さないのだ。
「……あらあら。どうやら交渉の余地はなさそうね」
ピクシーたちは、攻撃が当たらない私を見て、さらに面白がっている。今度は、もっと大きな水しぶきを上げ始めた。
「くっそー、あのチビ共! 人を馬鹿にしやがって!」
フィオナさんは腰の剣に手をかけた。
「おい、リリ! あいつら、どうにかできないのかい!? あんたの魔法で、ちょいっと……」
「ダメです。ピクシーは、とっても繊細な生き物なんです。下手に魔法で刺激したら、ショックで消えちゃうかもしれません」
「じゃあ、どうするんだよ! このままじゃ、水が汲めないじゃないか!」
フィオナさんが、じりじりと苛立ちを募らせる。
私は、ふむ、と少しだけ考え込んだ。
繊細で、魔法に弱い。
でも、遊び好きで、いたずら好き。
そして、物理的な衝撃には意外と強い。
「……分かりました。ちょっと、私に任せてください」
私は手に持っていた籐の籠を、そっと地面に置いた。そして腰に手を当てると、すぅ、と大きく息を吸い込む。
「……フィオナさん、少しだけ耳を塞いでいてください」
「へ? なんで……」
フィオナさんが怪訝な顔をする。
私は彼女の返事を待たずに、泉に向かって、お腹の底から声を出した。
「こらーーーーーーーーっ!! いい加減にしなさいっ!!!」
私の声は、ただの声ではなかった。
長年の薪割りで鍛え上げられた腹筋と、神級レベルの身体強化スキルによって増幅された、超音波兵器にも等しい『物理的な声』だ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
声の衝撃波が洞窟全体を揺るがした。
壁の水晶はビリビリと震え、天井からは、キラキラとした光の粉が舞い落ちる。
泉の水面は、まるで嵐が来たかのように荒れ狂い、小さな津波となってピクシーたちに襲いかかった。
「「「「「きゃああああああああああ!?」」」」」
ピクシーたちは、一斉に悲鳴を上げ、木の葉のように泉から吹き飛ばされた。
何匹かは、くるくると目を回しながら、洞窟の壁に激突している。
「…………」
衝撃が収まった後。
洞窟には、気絶してぷかぷかと水面に浮かぶピクシーたちと、何が起こったのか分からずに、腰を抜かしてへたり込んでいるフィオナさんだけが残されていた。
「……ふぅ。これで、静かになりましたね」
私は何事もなかったかのように水筒を手に取ると、静かになった泉の水を、ゆっくりと汲み始めた。
「……おい……」
背後からフィオナさんの震える声が聞こえてくる。
「……あんた、さっき……『魔法で刺激したら、ショックで消えちゃう』って……」
「ええ、言いましたよ」
「じゃあ、今の、声は……なんなんだよ……」
「声ですけど?」
私が、きょとんとして答えると、フィオナさんは天を仰いで深いため息をついた。
「……もう……突っ込むのも、疲れた……」
彼女は何かを諦めたように、ふらふらと立ち上がる。
「……で、次は、どこに行くんだっけ……?」
「次は、『微睡みゴーレム』の所ですよ。ここから歩いて5分くらいの岩場にいます」
私がにっこりと微笑むと、フィオナさんは遠い目をして呟いた。
「……もう、何が来ても、驚かないぞ……」
しかし、この時の彼女はまだ知らない。
次の目的地で待ち受けているのが、ただの『岩』ではなく、『寝起きの悪い、山のような大きさのゴーレム』だということを。
そして、そのゴーレムを起こすための私の方法が、さらに物理的で常識外れなものだということを。
私たちの安眠ハーブティーを巡る冒険は、まだ始まったばかりだった。




