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第21話 巨大ドラゴンの安眠計画

 翌朝。

 食卓には、アーマーさんが用意してくれた焼きたてのパンと、森で採れたベリーのジャムが並んでいた。いつも通りの平和な朝だ。


……一人を除いては。


「……一睡もできなかった……」


 フィオナさんは、目の下にクマを作り、ゾンビのような足取りで席についた。


「昨日の揺れで目が覚めちまってから、またいつ家が崩れるかと思ったら怖くて眠れるか!」


「ごめんなさい。うちの天井裏、ちょっと寝相が悪くて」


「レベルが違うんだよ、寝相の! 普通、寝返りで揺れは起きないんだよ!」


 まあ、彼女の言うことももっともだ。

 エンシェントさんの体重は、もはや測定不能。そんな彼が悪夢を見て暴れたりしたら、この家が物理的に崩壊する可能性は、ゼロではない。


 私のスローライフを守るためにも、これは早急に解決すべき、喫緊の課題と言えるだろう。


「というわけで」


 私はパンを貪りながら宣言した。


「本日は『エンシェントさん安眠計画』を実行します」


「なんだい、その気の抜けた作戦名は」


 フィオナさんは、呆れ顔でジャムをパンに塗っている。


「それで? 具体的にどうするんだい? あのドラゴンに羊でも数えさせるのか?」


「それもいいかもしれませんね。羊が一匹、羊が二匹……あら、食べちゃった、みたいなことになりそうですけど」


 私たちが、うんうんと唸っていると、フィオナさんが「まあ、普通に考えれば」と口を開いた。


「悪夢を見るってことは、何かストレスが溜まってるとか、そういうことだろ? まずは原因を探るのが定石じゃないか?」


「ストレス……。エンシェントさんのストレス……」


 なんだろう。最近、おやつの焼き魚が小さかったことだろうか。それとも、モフにいびきがうるさいと文句を言われたことだろうか。

 あまりにも原因が些細すぎて特定が難しい。


「もしくは、何か、こう、リラックスさせるっていうのはどうだ? 癒し効果のある音楽を聴かせるとか、アロマを焚くとか」


「アロマ……」


 フィオナさんの常識的な提案に、私は、ぽんと手を打った。


「それです! アロマもいいですが、もっと直接的に体の中からリラックスしてもらいましょう!」


「というと?」


「特製の安眠ハーブティーを淹れてあげるんです!」


 私の名案にフィオナさんは「おお、それなら私でも手伝えるかもな!」と乗り気になった。

しかし、彼女はまだ、私の言う『ハーブティー』が人間の常識に収まるものだと、信じて疑っていなかった。


「よし、決まりですね! それでは、早速、材料を調達しに行きましょう!」


「おう! どんな薬草を採りに行くんだい?」


 フィオナさんは、すっかり元気を取り戻し、冒険者の顔になっている。


「ええと、まずベースになるお水は家の裏手にある『きらめきの洞窟』の陽光を浴びた湧き水が必要です」


「きらめきの洞窟……? おい、それって、森の七不思議の一つで、入り口を見つけた者は幸せになれるって言い伝えの……」


「次に茶葉は、『微睡みゴーレム』の背中に生える『囁きの苔』を少々」


「微睡みゴーレム!? あの、数百年周期でしか目を覚まさない、伝説の……!?」


「そして、一番大事なのが、香り付けの『月夜茸』ですね。これは二つの月が重なる夜にしか咲かない、幻のキノコです」


「聞いたことあるぞ! 万病を癒し、不老不死の霊薬になるとかいう、Sランク級の討伐対象だ!」


 私が、ごく当たり前のことのようにレシピを読み上げると、フィオナさんの顔はどんどん青ざめていった。


「……なあ、リリ」


「はい?」


「あんたが今言った材料、全部揃えたら小国が一つ、余裕で買えるくらいの価値になるんだが……。あんた、それを、ただの『ハーブティー』って言うのか……?」


「え? だって、全部うちの裏庭にありますよ?」


 私の返事にフィオナさんは、がっくりとテーブルに突っ伏した。


「……もういい……分かったよ……。私の常識が間違ってた……」


 すっかり自信をなくしてしまったフィオナさんを元気づけ、私たちは材料調達に出発した。

 フィオナさんは、剣を握りしめ、軽鎧の締め具を確認し、完全にダンジョンに挑むかのような臨戦態勢だ。


 私はといえば、いつものワンピース姿に手には可愛らしい籐の籠を持っているだけ。

 

 最初の目的地は『きらめきの洞窟』。


「うわぁ……」


 洞窟の入り口に立ったフィオナさんは、感嘆の声を漏らした。

 洞窟の内壁は、光る苔と水晶に覆われ、まるで満天の星空のようにキラキラと輝いている。その奥から、澄んだ水の流れる音が聞こえてきた。


「なんて、綺麗な場所なんだ……」


「でしょう? さ、ちゃっちゃと水を汲んで、次に行きますよ」


 私が籠から水筒を取り出し、湧き水が溜まっている泉へと近づいた、その時だった。


 チャプン、と小さな水音がした。


 泉の水面が、きらきらと揺れている。

 よく見ると、泉の中では、手のひらサイズの羽の生えた小さな妖精――ピクシーたちが、大勢、気持ちよさそうに水浴びをしていた。


「……あらあら」


 ピクシーたちは、私たちの存在に気づくと、ケラケラと楽しそうに笑いながら、泉の水をこちらに向かって飛ばしてくる。

 完全に聖なる泉を、自分たちのプールか何かと勘違いしているらしい。


 私は腰に手を当てて、一つ深いため息をついた。


「……先客がいたわね」


 ただ、水を汲むだけ。

 そんな簡単なはずのお使いは、どうやら、またしても一筋縄ではいかないらしい。

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