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第20話 嵐の同居人

 アーマーさんの「バジリスクと相部屋」という衝撃的な提案に、フィオナさんは、さっきまで太陽のようだった笑顔を凍りつかせ、完璧にフリーズしていた。


「あ、アーマーさん、お客様にそんな失礼なこと言わないの。ちゃんとしたお部屋に案内してあげて」


「はっ。失礼いたしました。では、リリ様の隣の物置部屋を片付けますので、少々お待ちを」


 アーマーさんはそう言うと、カチャカチャと音を立てて家の奥へと消えていった。


「……物置部屋……」


 フィオナさんが、どこか虚な目で呟く。

 まあ、仕方ない。この家には、元々客人が泊まるなんていう概念は存在しないのだから。


「文句があるなら、洞窟でもいいのよ? バッシー、意外と寝相はいいわよ」


「物置部屋で結構です! 身に余る光栄です!」


 フィオナさんは食い気味にそう答えた。

 どうやら、伝説の邪竜との同居は、さすがの彼女でも遠慮したいらしい。


 こうして嵐のように突然、私のスローライフに、フィオナさんという名のルームメイトが転がり込んできた。


 そして、その日から、私の静かだった日常は少しずつ、しかし確実に騒がしく色鮮やかなものへと変わっていくことになる。



 まず、朝。

 ファイアバードの『やきとり』が放つ神々しい光で目覚めるのはいつも通り。でも、その隣で、


「んがー…………マグロ……あと一切れ……」


 と、幸せそうな寝言を言いながら、豪快な寝相で眠るフィオナさんの姿が追加された。

 物置を片付けて作った即席のベッドが、今にも壊れそうだ。


 次に、食事。

 私が作る森の恵みを使った料理に、フィオナさんは毎回、感動の声を上げた。


「うっま! なんだこれ! このキノコのソテー、そこらの高級レストランより美味いぞ!」


「それはどうも。ちなみに、そのキノコ食べ過ぎると一週間くらい笑いが止まらなくなる副作用がありますけど」


「先に言え!」


 彼女は家賃代わりと言って、街から様々な食材や調味料、そしてスイーツを買ってきてくれた。おかげで、我が家の食卓は、以前とは比べ物にならないほど豊かになった。

 特に彼女が買ってくる『ベリー公爵家のチーズケーキ』は絶品で、私のささやかな楽しみの一つになった。


 そして、昼間。

 私は畑仕事や森の散策、フィオナさんは街のギルドで情報収集、というのが基本的な日課になった。


「聞いたぜ、リリ! あんたが売った『石』、バルタザール商会が王都のオークションに出品するらしい! 開始価格は、なんと金貨一万枚からだそうだ!」


「へえ、そんなにするんだ。あれ、漬物石にはちょうどいい重さだったんだけど」


「価値観が違いすぎる!」


 彼女がもたらす外の世界の情報は、私にとって新鮮な驚きの連続だった。同時に自分がどれだけ世間からズレてしまっているのかを痛感させられる毎日でもあった。


 時々は、彼女の言う稽古にも付き合った。


「そりゃっ! てやっ!」


「……遅い」


「ぐふっ!?」


 私は薪割り斧の柄の部分で、フィオナさんの剣を軽くいなす。それだけで彼女は簡単に体勢を崩し、地面に転がった。


「くっそー! 見えねえ! あんたの動き、早すぎて目で追えないんだよ!」


「そうですか? 私は薪を割る時の方が、もっと速いですよ」


「もう薪の話はやめろ!」


 A級冒険者である彼女を赤子扱いできる自分の強さを、私は改めて認識させられた。

 そしてフィオナさんも、私の規格外の強さを、その身をもって理解し、呆れながらも、どこか楽しんでいるようだった。


 夜は二人でお茶を飲みながら他愛もない話をした。

 私が森での暮らしについて語れば、彼女は冒険者としての武勇伝や街の噂話を聞かせてくれた。


 それは、私が15年間、決して味わうことのなかった穏やかで温かい時間だった。

 誰かと同じ屋根の下で暮らし、笑い合い、食事を共にする。


 私が貴族令嬢だった頃に心の底から求めていた、でも手に入らなかった、ささやかな日常。


「……悪くない、かも」


 ある夜、いつものようにフィオナさんのいびきを聞きながら、私は、ぽつりとそう呟いていた。面倒で、うるさくて、私のプリンを狙う油断ならない同居人。

 でも、彼女が来てから、私の退屈だった日常は、確実に『楽しく』なっていた。

 このまま、こんな毎日が続くのもいいかもしれない。


……冒険の旅に出る、なんていう面倒なことは、もう、どうでもいいか……。


 そんな甘い考えが、私の頭をよぎった、まさにその時だった。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!


 突如として家全体が激しく揺れた。

 それは以前のオークキングの比ではない、家が倒壊するかと思うほどの巨大な振動だった。


「な、なんだ!? 地震か!?」


 叩き起こされたフィオナさんが慌てて剣を掴む。

 しかし揺れはすぐに、ぴたりと収まった。

 ただ、天井裏からエンシェントさんの、ものすごく苦しそうなうめき声が聞こえてくる。


「うう……わしの宝が……黄金が……誰にもやらんぞ……」


 どうやら宝物を盗まれる夢でも見て、盛大に寝返りをうったらしい。

 その衝撃で家が揺れたようだ。


「……心臓に悪い……」


 フィオナさんが、へなへなとベッドに崩れ落ちる。


 私は、一つ深いため息をついた。


「……あのドラゴン、最近、寝言がひどいわね」

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