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第19話 初めての友達とルームメイトの契約

 フィオナさんの震える声が静かな森に響く。

 

 私は曖昧に微笑んで返すだけにした。肯定も、否定もしない。それが一番波風が立たないというものだ。


「……さ、立ち話もなんですし。お茶、淹れますから。どうぞ、中へ」


 私は、まだ現実を受け止めきれていないフィオナさんの腕をそっと引き、家の玄関へと促した。


「よ、よう……」


 フィオナさんが、ぎこちない足取りで家の中に入る。そこで彼女を待ち受けていたのは、さらなる衝撃だった。


「お帰りなさいませ、リリ様。……そちらのお客様、お茶の準備はできております」


 リビングアーマーのアーマーさんが、完璧な執事のお辞儀で出迎える。


「ど、どうも……」


 フィオナさんは、ひきつった笑みで会釈を返した。


 私が彼女を土のゴーレム製ソファに座るよう勧めると、床で寝ていたモフが、むくりと巨大な頭をもたげた。


「ワフン?」


「そ、そいつが……番犬……なのか……?」


「ええ、まあ、うちのわんこです」


 極めつけに天井裏から地響きのようないびきと共に巨大な龍の顔がぬっと逆さまに現れた。


「んがー……。リリちん、帰ったのか。……ほう、今度は威勢のいい嬢ちゃんを連れてきたな。こいつは美味そう……」


「エンシェントさん、お客さんを食べないでくださいって、いつも言ってるでしょう」


「ちぇっ」


 不満そうに鼻から煙を噴き出し、エンシェントさんは再び天井裏へと消えていく。

 その間、フィオナさんは、ソファに座ったまま、口をあんぐりと開けて完璧に固まっていた。


「……ふぅ。どうぞ、お茶です」


 私がハーブティーを彼女の前に置くと、フィオナさんは、ようやく呪いが解けたかのように、はっと我に返った。


「……あんた……一体、何者なんだ……?」


 彼女の声は、もはや恐怖を通り越して、純粋な好奇心に満ちていた。


「森の賢者、黄金の魔女、呪われた森の化け物……街じゃ、あんたの噂で持ちきりだ。一体、どれがあんたなんだい?」


「どれも違いますよ。私は、ただのリリです。静かに暮らしたいだけの」


 私がそう答えると、フィオナさんは、じっと私の目を見つめた。そして、ふっと息を吐くとカップを手に取った。


「……ははっ。そうかい。まあ、いいや。細かいことは、どうでもよくなってきた」


 彼女は、ハーブティーを一口飲むと「美味い!」と快活に笑った。

 肝が据わっているのか、それとも、ただ面白いことが好きなだけなのか。


「……で、私は、この後どうなるんだい? この森の秘密を知っちまったわけだけど。記憶でも消されるのか?」


「まさか。そんな物騒なことしませんよ」


 本当はできるかどうか分からないのだけど。


「ただ……この森のことは、他言無用でお願いします。私の平穏なスローライフのために」


「ああ、そいつは約束する。……けど、嬢ちゃん。あんた、それで大丈夫なのかい?」


「何がです?」


「あんたが望むと望まないとに関わらず、もう、あんたのスローライフとやらは、脅かされ始めてるんだよ。報奨金目当ての冒険者だけじゃない。あんたを『黄金の魔女』と呼ぶ連中、あんたの力を利用しようとする権力者、それに、マラコーとかいう魔術師もいる。今のあんたは、あまりにも無防備で世間知らずすぎる」


 フィオナさんの真剣な言葉。

 それは、私が心のどこかで気づいていたことでもあった。


「そこで提案がある!」


 フィオナさんは身を乗り出してきた。その瞳はキラキラと輝いている。


「私を! ここに住まわせてくれ!」


「……はい?」


「だから! 同居させてくれって言ってるんだよ!」


 予想の斜め上を行く提案に、私は思わず聞き返してしまった。


「いや、無理です。絶対嫌です」


「即答!?」


「当たり前です。私のスローライフの信条は、人との関わりを最小限にすることなんです。ルームメイトなんて、その対極じゃないですか。うるさそうだし、おやつも全部食べられそうだし」


「なんて個人的な理由!」


 フィオナさんは、がっくりと肩を落としたが、すぐに復活した。


「じゃあ、こう考えな! あんたは、外の世界の情報が喉から手が出るほど欲しいはずだ! 私は、A級冒険者として、ギルドや街の情報を誰よりも早く、正確に手に入れられる! つまり、私は、あんたにとって、最高の『情報屋』兼『警備コンサルタント』になるってわけさ!」


 彼女の言葉は妙な説得力を持っていた。

 確かに情報があれば、面倒事の火種が小さいうちに、先手を打って消すことができるかもしれない。それは、結果的に私のスローライフを守ることに繋がる……のか?


「……メリットは、分かります。でも、デメリットの方が大きい気が……」


「家賃として街の美味しいもの、毎日買ってくる!」


「……!」


「あんたの知らない、最新のスイーツとか!」


「……ぐぬぬ……」


「それに、たまには、あんたのそのバカげた強さの稽古相手くらいにはなってやるぜ!」


 街のスイーツ。稽古相手。

 どちらも私の退屈な日常に、ほんの少し彩りを加えてくれるかもしれない、魅力的な言葉だった。


「…………」


 私は腕を組んで、しばらく考え込んだ。

 そして、一つ、深いため息をつく。


「……試用期間、一週間だけですよ」


「やったぁ!」


「ただし、条件があります。一つ、夜は静かにすること。二つ、私のプリンを勝手に食べないこと。三つ、家事をちゃんと分担すること。以上です」


「契約成立だ、ルームメイト!」


 フィオナは太陽のような笑顔で、私の手をがっしりと握った。

 私はその手から伝わる温かさに、少しだけ戸惑いながら呟いた。


「……もう、後悔してきた……」


 私の平穏で孤独で最高だったはずのスローライフに、嵐のような同居人が転がり込んできた瞬間だった。


「ところで、フィオナ様」


 不意に会話を聞いていたアーマーさんが、フィオナさんに声をかけた。


「お部屋の準備をいたしますが。予備の寝室と裏の洞窟、どちらがよろしいですかな? 洞窟でしたら、バジリスクのバッシー様と相部屋になりますが」


「……は?」


 固まるフィオナさんを見て、私の頭痛は、さらにひどくなった。

 この先、一体どうなってしまうのだろうか。

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