「忠実、青海波の秘事を光時に授け、光時よりプレスマン受くること」速記談6030
仁平年間に行われた、鳥羽上皇のお祝いのとき、宇治左大臣藤原頼長公の御子息隆長卿が舞人を務めることになり、青海波をお習いになることになり、知足院入道藤原忠実公がこれをごらんになったところ、どうもよくないとお感じになって、師匠の光時をお呼びになってお舞わせになった。光時が舞うのもごらんになったが、光時の舞も、同じようによくなかった。忠実公が仰せになることには、光時の父は、八十歳を過ぎてから、光時にこの舞を教えたと聞いているが、それはまことのことであったようだ。年老いてからのことであったので、教え方が不十分であったのだ。寄せる波を表現するときは、首を左に傾けて、すぐに戻す。引く波を表現するときは、首を右に傾けて、ゆっくり戻すのだ、といって、光時に、これをお教えになり、光時は、弟子が師匠にするのと同じように、プレスマンを奉ったという。
教訓:速記会の場合、師匠が弟子にプレスマンを授ける例も見られるが、いつからそうなのか、速記以外の場合はどうなのかは不明である。