人に咲く花
人の身体に花が咲くなんていう花咲病が流行り始めて数年。
私の元に花咲病に罹患したという人から一件の仕事の依頼が入った。
「今日はありがとう」
「いえ、そんな。でははじめて行きますね」
「えぇ、お願い」
ラブホテルの一室で私は花咲病に罹患した依頼人――李花さんの一糸まとわぬ姿を撮影しはじめた。
裸になってはいるがその身体にはすでに所々色鮮やかな花が咲いている。
右目、首元、右乳房、太もも、足先。もしそれが病によるものでなければ芸術的なものになっただろう。
しかし、その咲く花たちが枯れる頃、李花さんは命を落とす。
何枚かの写真を撮り、李花さんに確認してもらう。
「素敵な写真ね。やっぱり不破さんに頼んで良かったわ」
「いえ、そんな」
「花咲病っていうだけで断られることが多かったから本当に嬉しい」
「空気感染って言われてるんでしたっけ?」
「そう言われていたりいなかったり。原因も感染経路も正確なものはないみたいよ」
撮った写真を見て微笑む彼女からは死の恐れを感じない。
確か身体に咲いた花は枯れるまで一週間だと聞いた記憶がある。つまりは李花さんは一週間の命。
なのに、目の前にいる李花さんからはむしろエネルギッシュさすら感じてしまう。
「どうしてポートレートを撮ろうと思ったんですか?」
李花さんに尋ねる。
「だってこんな素敵な病ないじゃない。身体にお花が咲くのよ」
屈託のない笑顔で李花さんは答えた。
「死が怖くはないんですか?」
「医者が言っていたんですけどね、花咲病にかかった人は痛みも掻痒感もなく、最期は意識が薄れていって亡くなるそうよ。だから怖いなんてないわ。むしろ最高に綺麗で自らの身体に花をまとって死ねるなんて素敵じゃない?」
「……そう、かもしれませんね」
「フフ、でしょう? さ、もっと写真を撮りましょう」
退室時間までのギリギリまでシャッターを切った後に、私たちは解散した。
自宅に戻り、撮った写真たちを一枚一枚確認しながら編集する。
画像となった李花さんはどれも素敵な笑顔か、もしくは美しい表情をしている。
来週にはこの人はもうこの世に存在していないと考えると、なんだか処理しきれない複雑な感情になってしまう。
李花さんは遺影として写真を残そうとしたのだろうか、もしくは本当にただ美しい姿を残したかったのだろうか。
もしかしたらもう死んでいるかもしれない。
そんな想いから私は徹夜で編集作業を終えるとデータをまとめて李花さんへと送った。
数時間後には李花さんから返事が来て、長い長い感謝の言葉が添えられていた。
おまけに『もう必要ないから』と多額の金額が銀行に振り込まれていた。
それから李花さんとはやりとりをしていない。
正確には数日後に一度メールを送ったのだが、返事がこなかったのできっともう亡くなってしまったのだろう。
李花さんは安らかに眠っただろうか。あれから身体にはさらに花が咲いたのだろうか。
棺にいれられた李花さんは色鮮やかな花たちに囲まれていただろうか。もしくは枯れてしまっただろうか。
できるならばドライフラワーのように美しいままいてほしいと願う。
「ごほ……ごほ……」
李花さんの撮影をしたあとぐらいからだろうか。
風邪にでもかかったように咳がはじまった。
発熱もないし、身体がだるいということもない。痰もでないし、喉の痛みもない。
ただ、身体の所々に腫瘍のようなものができると皮膚を突き破りそうな勢いでぷっくりと膨れ上がっていた。
「空気感染なのかなぁ……」
調べてはみるけれど情報が錯乱していて正しいものがない。
「私も……」
翌朝には私の身体にも色鮮やかな花たちが開花していた。
手首や脹脛、首の右半分や腰のあたりに花が咲いている。
裸になって姿見で確認してみたが、細い体に咲いた花たちは現代アートみたいで綺麗だと思えた。
きっと李花さんもこんな感情を抱いて私にポートレートの依頼をしてきたのだろう。
カメラを取り出し、私も自分に向かってシャッターを切る。
「あと一週間弱、か。ドライフラワーの作り方でも調べてみようかな」