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代神栞  作者: 神代栞那
芽生え始めた絆
8/8

日常Part.2

喰は突然の変化に呆然とした。逸雲の目は疑問に満ちており、可愛らしく首をかしげさえした。


「喰、そんなダイレクトに好意を伝えられるとすごく照れちゃうよ?」 

言葉を発しない喰を見つめ、逸雲はやや恥ずかしそうに言った。


「……ああ、そうだったな……」

逸雲の言葉で喰は現実に引き戻され、

「悪い、どれくらい見てたんだ?」


「さっきからず~っと見られてたよ♪」 机に肘をついた逸雲が、ニヤニヤ笑いながら応じる。


「本当は?」


「ププッ~不合格です~」


「何の採点基準だ?!」


「最後まで名前呼べてないくせに、しかも途中で意識飛んでた。有罪っ!」

逸雲はくるりと喰に向き直り、胸の前でバッテンマークを描いた。


(なんで有罪?! まあいい、追求はやめておこう。どうやらあの空間での時間は、現実では一瞬も経ってなかったらしい……)


(もしかしてアイツ、神か? 神代アイリ……)


喰が恋の方を向くと、相手も同じタイミングで視線を合わせた。目が合った刹那、恋はすぐに顔を背け、再び漫画に没頭した。


「……分かったわ!放置プレイでしょ、うんうん、そういうことね」

逸雲は閃いたように左拳を軽く掌に叩きつけた。


「……実を言うな、逸雲」

喰は腰掛けたまま逸雲の方へ身を乗り出し、手の甲を顎に当てて渋い声で言った。

「可愛い女の子嫌そうな顔で上から見下ろされるなんて……最高だぜ──」


「……っ」


スカートの裾をギュッと握りしめ、逸雲が静かに立ち上がる。


喰が顔を上げると──真っ直ぐ降り注ぐような視線。その瞳には、心からの軽蔑が冷たく浮かんでいた。


妹の神代ちゃんを思い出してつい冗談を言っただけだったのに、まさか本気でこんな反応が返ってくるとは。喰の思考は完全に停止した。


「変態」

感情を削ぎ落とした棒読みで宣告される。


「ッ……!」


その言葉の破壊力を甘く見ていた。喰は左の手で制服の胸元を押さえつけ、苦しげな息を絞り出す。


「藍さん、お願いだから再現してよ~?」


「なにっ?!」

喰が振り向くと、目の前で無鏡が期待に満ちた顔をしている。


「変態」

今度は無鏡に向け、逸雲が相変わらずの無感情トーンで宣告。


「ッ……!」

無鏡が胸を鷲掴みにし、

「これで死んでも悔いなし!」


「……お前、こんなに変態だとは思わなかったな」

喰は呆れ半分で顎を撫でながら言った。


「お前だけには言われたくねえよ!」

無鏡が即座に噛みついた。


「ふふっ…これで満足した?」

逸雲はとっくに着席し、手で口元を押さえて静かに笑っていた。


「さっきのはそういう意味じゃなかったが、最高だったぜ!」

喰は逸雲に向けて親指を立てた。


「心の友よ!」

無鏡は片手を喰の肩に乗せ、同じく親印を示す。


「んむ、二人とも合格ね」

逸雲は軽く小首をかしげて頷いた。


ちょうどその時、チャイムが鳴る。教師が教室に入ると、委員長の「起立!」の号令で、喰のような散発的な私語も完全に消える。


授業の内容なんてどうでも良い。喰はただぼんやりと前方を見つめて放心状態だ。


現実と現実の交代速度が速すぎて、彼はこのクラスに何人の生徒がゲームから戻ったのかさえ把握できずにいた。


おそらく能力者は彼と恋だけか?


結局、あの場所で起きた全ては痛いほどリアルだったが、所詮は夢だったのだろうか?


伊はどうしているだろう?突然の変化に慌てていないか? はは、そんなわけない、妹の性格は俺が一番わかっている。


(そういえば雪子は? 彼女は俺たちの中で唯一の負傷者だ。)


そう考る、喰は自然と視線を有瀬輝夜に向ける。相手は真剣な表情でノートを取っている。


もしあの場所での傷が現実にまで影響してるなら、雪子は今、普通に授業に出てこれるんだろうか……? 可能性は低くて、おそらく病院に行っている……


半場さんと田寄は…死んだのだろうか?


喰は輝夜から視線をそらし、窓の外を見る。


この時の空は澄み渡り、雲一つなく、数羽の鳥が空を滑空している。それはまるで静かな水面を、ゆっくりとさざ波が滑っているようだ……


何か違和感を覚え、喰が目を開けると、逸雲が彼の頬を人差し指で突ついている。


「お前……何してんだ?」


「見ればわかるでしょ?」


「いや、それはそうだが、なんでまだ突っついてるんだ?」


「面白いから~」


「はあ……」

喰は体を起こして伸びをする。まさか眠ってしまうとは全く思わなかったが、幸い普通の睡眠だった。


時計を見ると丁度一時間目の終了時。前の席の無鏡は……予想通りぐっすり眠っている。


「授業中くらい起こしてくれてもいいだろ?」


「うん……今度こそ?」

逸雲はいたずらっぽく舌を出した。


(こいつは次も絶対起こさないだろうな)

喰は心の中でそう思い、恋が起きているのに気付くと、すぐさま恋の机へ歩み寄った。


「恋、おはよう?」


「……」

恋は喰が近づくのを見ると、即座に本で顔を隠し、

「うん…おはよう……」


「?」

この態度は何だ? 初めて話しかけた時以上に距離を感じる。

「あの…」


その疎遠感に押され、口に出そうになった言葉を喰は飲み込んだ。


「……」


「……」


喰は恋の机のわきに居心地悪そうに立っている。


(ちょっと?)


こりゃ気まずすぎる?!


恋、

お前こそ何か言えよ。


それとも……

やっぱり俺から話すべきか?


(でも明らかに話したくないオーラ全開だぞ?)



まさか――


*あの密室での出来事*は

俺の妄想だったのか?


(実際は恋と何の関わりもない……?)


「もういいわよ、喰くん、忘川さんが困ってるでしょう?」

逸雲が疑問だらけの喰を引っ張って席へ連れ戻した。


「ところでさ、今忘川さんのこと下の名前で呼んでたよね? 神経大杉じゃない?」

席で呆然とする喰に、逸雲が畳み掛けるように言った。


「……ああ、本当に悪かった」

喰は落ち込んだ声で返した。


「私に謝られてもね」

逸雲がかすかに微笑む。

「で、いきなり忘川さんに話しかけた理由は?」


「急に俺と忘川さんって仲良しかもって思ってさ……」


「へぇ~ほぉ~そう」


「もっと興味持った反応しろよ!」

適当に応える逸雲に、喰は呆れ切っていた。


「はは、それもまた面白くていいじゃない?」


「寝る」


喰は机に伏せると、こっそり恋の方を見た。


(確かに密室の体験で忘れてたけど、恋って本当はすごく人見知りな子なんだよな。さっきはただ照れてたんだろう……)


午前中の授業内容など、喰の心には全く入ってこなかった。


密室内での出来事を無意識に反芻してしまう。悪魔猫は「密室脱出」というテーマで参加者の警戒を解かせつつ、実はスパイを潜ませて他の参加者を消させようとした。


だがなぜ「最低一人」という条件だったのか?


(たぶんこれは妹の神代ちゃんの悪趣味だな?)


一人倒せば任務達成と思わせておきながら、結局は全員消すよう仕向ける……


(また悪魔猫に会えるだろうか?……)


午前中の時間は喰の空想の中で静かに過ぎ、チャイムと共に前の席の無鏡が振り返って提案した。


「購買部、行くか?」


「もちろん、急がないとクリームパン売り切れるぜ」喰はさっと立ち上がろうとする。


「あっ! 先輩~!」


「?」

聞き慣れた声に喰が後ろのドアを見やると、雪子が息を切らして駆け寄ってきた。


「雪…子? どうしてここに?」


「ふう~」

一息つくと、雪子は腰に手を当てて言った。

「ふんふん~もちろんお姉ちゃんを探しに来たんだから♪」


「本当は?」


「うっ……実は、先輩が心配で!」

俯きながら雪子が照れくさそうにつぶやいた。


喰は雪子の腹部の制服に裂け目もないことに気づいた。


(もしかして密室での怪我は現実に反映されないのか?つまり…半場さんと田寄は生きている!?)


その考えが頭をよぎると、胸に温かいものが込み上げてきて、緊張が解けていく。


「お腹の具合…大丈夫か?」


だが、制服の割れ目だけが直っている可能性も考えられ、喰は期待を込めて尋ねた。


「うんうん、大丈夫。全然平気よ」

雪子はいたずらっぽい笑みを浮かべ、

「おや?先輩、アタシを気にしてるの? そんなにアタシのことが好きなのね~~」


「はあっ?!はあああああああっ?!」

無鏡が叫び声をあげた。


「ねえねえ、雪子ちゃん、いつ乙女くんと仲良くなったの?」

と続けて女子生徒が詰め寄る。


「お伺いします!お二人はどんな関係なんですか!」

別の女子が興奮して詰め寄った。


「恋人?それとも主従関係?乙女さんが主人なの?キャーーー!」

また別の女子の悲鳴。


「乙女!!有瀬ちゃんに手を出すなんて!」

男子生徒が怒りを露わにする。


「くそっ、喰よ…お前は今日死ぬ」

無鏡は冗談ではなさそうだ。


「同~意~」

逸雲の無感情な同調が響く。


「なんで俺が今日死ななきゃなんねぇんだ?それに逸雲、気にしてないなら助けろよ?」

(今…誰かがかなりヤバい発言したよな?)


「おやおや、アタシたち恋人って誤解されちゃったみたい?」

雪子が喰の袖を引っ張り、思わず見下ろした彼と目が合う。悪戯っぽく笑って

「今の気持ちはどう?先輩♪」


「ぶっちゃけ、マジサイコー!」


そもそも雪子はよく教室に来て有瀬委員長と昼食を取っているため、クラスのマスコット的存在。皆がこう反応するのも当然だ。


(…まずい!委員長は?)


喰があわてて教室を見渡すと、輝夜が茫然とこちらを見ていた。衝撃で思考停止しているようだった。


「フフッ、先輩って本当に素直なんだから~顔まで赤くなって、可愛い♪」

雪子は誇らしげに胸を張った。

「そりゃそうよね~♪アタシみたいな可愛い後輩が彼女なら、犬みたいにお仕えするのが当然だもんね~へへっ♪」


「へじゃねーよ」

喰は雪子の頭に手刀を一閃。


「うあっ…」

雪子はすぐに頭を抱えた。

「痛いですよ、先輩!」


「つまりつまり、乙女さんが下僕ってこと!?キャッ!!」


「喰、ちょっと来い」

無鏡が殺気を帯びて喰の肩を掴む。首を振りながら「付いてこい」と示すと、数人の男子が彼を睨みつけていた。


「……実はこの小瀬後輩は俺の知らない子だ、なのに訳もなく俺に絡んでくる」

喰は即座に真顔で言い放った。


「……はっ?」

無鏡は今までに見たことない真剣な表情に一瞬ひるみ、すぐに我に返ると額に青筋を浮かべた。

「苗字間違えたくらいでそのデタラメを信じると思うかよ!?」


「雪子!説明しろ!」

男子たちの怒りをかわす前に、喰はすぐさま雪子に助けを求めて振り向いた。

「あれ?雪…子ちゃん?」


「あっ、雪子ちゃんならさっき忘川さんと委員長と一緒に出てったよ」

と女子生徒が即答。


「はあっ?」

喰が「ゆきこーーっ」と怨めしげに叫ぶ間もなく、無鏡を先頭にした男子たちに教室のドアへ運び出された。


逸雲は席でこの光景を静かに見つめていた。


いったいいつからこの後輩と喰があんなに仲良くなったの?


(私が学校休んだ昨日?)


でも一日で恋人関係まで発展するのは速すぎない?


後輩の有濑さんが可愛いのは確かだけど…


(うん…

男子にとって可愛さは正義ってやつ?それなら説明つくか)


とにかく、あの後輩は長い間目立った動きを見せなかったのに、沈黙を破ったら大爆発ね……


逸雲の思いは2週間前のある日にタイムスリップしていった。


あれは昼休み、教室には人もまばらで、喰は購買部派のため当然のようにパンやサンドイッチを買いに行っていた。


そこへ有瀬雪子が突然彼の席に座り込み、逸雲に話しかけた。


「ねぇ、藍先輩、クラスのみんなが先輩と乙女先輩は幼なじみだって言うんですけど、ほんとですか?」


「む?」

聞き慣れない声に、逸雲は弁当のたこ焼きを口へ運ぶ手を止め、声のほうへ振り向いた。

「ああ、そうだよ」


(有瀬雪子?なんでそんなこと…?)


「え~いいなぁ、幼なじみなんて~羨ましいです」

雪子は憧れの眼差しを浮かべる。


「……想像してるほど素敵じゃないかもしれないよ?」

逸雲の本心ではなく、こういう時はこう言うのが世間様の定石だった。


「そんなことないです!何せ乙女先輩ですから!」


「えっ?!どういう意味?」

話に含みがあると気づき、逸雲は首を傾げた。


「あ、なんでもないんです!」

雪子が慌てて首を振る。

「ただ、乙女先輩に好きな人いるのかなって?」


「……」

(これは幼なじみとしてじゃなく、純粋に喰への興味だ。でもどうして?)


「実は彼シスコンなんだ」


「え?ああ…うん?シスコン? え?」


「そうそう、有濑さんは後輩だから、妹範囲内かも~」

逸雲はからかうように笑った。


「シスコン…見抜けないなんて、先輩そんな人だとは」

雪子は指を唇に当て、思索モードに入る。


「ってことは乙女先輩、アタシのことが好きかも?」


「即断…できないけど?」


「むにぃ~ありがとう先輩♪」

雪子は立ち上がると、ピョンピョン跳ねて輝夜のもとへ戻っていった。


逸雲は驚いた。


普段彼女らのグループは委員長たちと必要以上に付き合わないのに、でも目の前のこの後輩ちゃんは…。


ほどなく喰と無鏡が一緒に戻ってきた。喰は自分の席に座ると逸雲に向かって大げさに自慢し始めた。


「逸雲、見ろよ、これがトンカツとハムが挟んであるロールパンだ! まるで大軍を相手にこれを奪い取ってきたんだぜ。しかも一滴のケチャップもつけずに!」


「ちぇっ!なんでオレはただのバターロールなんだよ……ねえ、乙女大師、一口だけでもいいかな?」

無鏡が羨望の眼差しで近づいてくる。


「はいはい、すごいすごい。それはさておき」

逸雲は喰のパンを無視し、さっきの雪子のことを問い詰める。

「有瀬さんと、何かあったの?」


「さておきって何よ?どんだけ険しいか分かってんのか?」

喰がロールパンを逸雲の目前に突きつけた。

「これ、ゴキブリだらけの部屋突破級の難しさだぞ!?」


「はいはい、こんな気持ち悪い例えありがとう」

逸雲はさっとパンを奪い包装をビリリと破り、ガブリと噛んだ。

「んむ~確かに旨いわね」


「なっ……?!逸雲、今生の別れに一言は?」

喰は笑みを浮かべているが、声は怒気に震えている。


「いいじゃ、一口だけだし」

逸雲はベーッと舌を出し、甘え声を張り上げた。

「乙女大師って言われる人がそんなケチケチしないよね?えへ♪」


「……。」

黙って取り戻した喰が、パンをかじりながら言った。

「で、有瀬って?委員長か?」


「お前……平然と食べやがったな……」

無鏡が開いた口が塞がらぬまま呟いた。


「違う、委員長の妹だよ。ほら、あそこにいる一年の有瀬雪子」

逸雲が雪子の方向を指さすと、なんと彼女がこっちを見ている。

(ずっと見ていたのか?)


「ん……知らない」

喰はちらっと見て、すぐに振り返り言った。

「それがどうした?」


「……別に。そういえばさっきの、間接キスだよね? 少女の気持ちも考えないの?」


「顔も赤くならずにそう言えるお前が、少女の気持ちあるのか?」

喰は相変わらずもりもり食べていた。


「ほほっ――今、私を少女扱い「しない」発言を誰かがしたような?」

逸雲は不気味な笑みを浮かべて言った。


「無鏡、余計なこと言うな」


「おい! なんでそこで話を俺に押し付けるんだよ?!」


……

思考がツルンと途切れる。逸雲は首を振った。


この後輩ちゃんはどうして喰にそんなに興味を持ったのだろうか?


ましてや付き合うまで発展してしまい……


もちろん信じていないが、ありせさんが抵抗していない以上、少なくとも嫌いではない証拠。


喰の方は純粋に「面白いから」ってだけだろう…


「はあ~~」と逸雲は虚空に向かって小さくため息をついた。


……

時間から言えば、あの密室での死が本物なら、おそらくとっくにニュースが大騒ぎになっているはずだ。


午後になって喰は最近の不可解な死亡事件を軽く検索したが、満足のいく結果はなかった。


いや、「なかった」というより、むしろ幸いだった。


でもそうだね、たとえ渡良学院であっても、雪子や恋、自分以外に能力者がいないとは思えない。


ゲームに参加した全員が生き延びた可能性は限りなくゼロに近い。もし校内で怪死事件があれば、とっくに休校になっているはず……


田寄や半場さんとは、おそらく二度と会えないだろう?とはいえ、少なくとも彼らは生きているだ、そうだろう?……


確認はしていないが、やはりこの情報を急いで伊に知らせたほうが!


午後の授業はあっという間に過ぎ、下校のチャイムが鳴ると、喰はリュックを整え逸雲に話しかけた

「行くぞ逸雲、帰ろう」


「ウィー」


「今日もまっすぐ帰るのかよ?」

無鏡が呆れたように言う

「たまには俺たちと遊べよ?」

そう言うと顎をしゃくって合図した、そこには二人の男子生徒がおり、一人は空路で、もう一人の名前は喰は知らない。


「……」

確かに小和さんに興味はあったが、今はまず伊の様子を見に帰らねば。リュックをぶら下げて裏口へ歩き出す喰は「今度な」と言った。


「藍さんはどう?オフ会に付き合ってくれない?」

無鏡はさっと矛先を変え、片目を細めてウインクした。


「あたしは喰の幼なじみなの。一緒に帰ってあげないと、彼が寂しがり屋で死んじゃうし~」

逸雲は喰に向けて悪戯っぽく笑った。

「だから、また今度ね♪」


「や、それをこっちを見ながら言うなよ?」

喰は逸雲のこういうところにはどうしても弱かった。


「ふふっ、照れてる照れてる」


「好きに思ってろ」


「拗ねてるの?~」


「……」

喰は黙り込んだ。いつものやり取りとはいえ、逸雲が妙に浮ついている気がした。


普段より詰め寄るような調子で――なにかあったのか?


……

「逸雲、何かあったんじゃないのか?」

二人が慣れた通学路を歩いている。


校門を出て以来、逸雲は一言も発していない。


普段は会話が途切れることもあるが、これほど沈黙が続くことはない。喰は彼女をよく知っているから、むやみに詮索はしない。


だが今回は様子が違う。


「……ん~とね~別に~」

逸雲はそよ風に揺れる柳の枝のように、だらりと応えた。


「あーれー」

喰は不意打ちのふりをして、わざとらしく言った。

「うちの逸雲嬢さんさ、もしかしてわざと俺の興味を引いてるんとちゃうか?」


「……」


「あれれ、あれれれ? そんなことする必要ないやろ、もうとっくに美人の逸雲さんにメロメロやで」


逸雲が足を止めると、喰も立ち止まった。


「ふ~~ん、本当?」

逸雲が上目遣いに喰の瞳を見つめる。


「……俺の負けた」

瞬たり間もなく喰は視線を外し、両手を挙げた。


「小賢しい!」

逸雲は楽しげに言い放つと、軽やかに歩き出した。


とにかく、彼女の機嫌は直ったようだ。後は彼女が話すのを待とう。そう考えながら喰は逸雲の後を追った。


「……あのこと、本当?」


「?」 

何の話? そんな疑問が喰の胸に浮かんだかと思えば、逸雲が即座に言葉を繋いだ。


「ほら、有瀬雪子さんの件やで~」

指を立てて喰を差しながら、逸雲は粘り気のある声を伸ばす。


「……はぁ??」

雪子の名が今出る意味が喰には到底理解できなかった。


「お祝いしなくちゃね」

逸雲が鼻で笑うくすくすと

「そないな可愛い後輩と~ ねー……」


「うん……」

喰は完全に話を理解したが、逸雲が誤解するはずがない。芝居を打ってるのか?


それとも何か……


「エヘン、お前の言う昼間の件か。雪子はただの後輩や。なぜ俺にくっついてくるのかもわからない。まだろくに話したこともないのに、付き合ってるなんて……」


「あ、そっか」

逸雲はまるでおもちゃの話でもしているような口調で、軽やかに先を歩く


「おい……どっちやねよ……」

喰は肩を落とした。


「なあ喰! 速くしてくれないと置いていくよ~♪」

夕陽を背に振り向いた逸雲の笑顔が、まぶしいほど輝いていた


「お…おう」

喰は一瞬目を奪われ、肩をすくめて追いつく

「ほんと君にわからんな」


「これが幼なじみの特権ってやつだよ~」

逸雲はわざと声をひそめて笑った。


「それ関係あのか?」


その後は二人の間にもとの空気が戻り、だらりと喰の家まで話したり沈黙したりしながら帰った。


……

「ただいま!」

喰は室内に向かって大声で叫んだ。今すぐ伊に会いたい気持ちでいっぱいだった。「逸雲、なんで君まで入ってくるんだ?」


「そんなこと聞く必要ある?」

逸雲はさっとはいた小さな革靴を脱ぎながら廊下へ進む。

「もちろん伊ちゃんに会うためよ♪」


乱雑に置かれた彼女の靴を見て、喰は心の中でため息をついた。


(女の子としての心得は?)


仕方なく彼女の革靴を伊のショートブーツの隣に整然と並べた。


「あ!雲姉!おかえり!」

伊は軽快な足取りで逸雲の元へ駆け寄ってきた。


「ただいま、伊ちゃん」

そう言うと逸雲は伊の頭に手をそえ、優しく撫で始めた。


「僕は?」

喰の胸の内は複雑だった。自分の妹がここに立っている兄に気づかないのかい?


「あれ? お兄ちゃんもいたんだ」


「(肩を落とす)」

伊さんよ、"も"って何だ? 君の兄は今や深い喪失感に苛まれている。牡蛎以下に思えて死にたい気分だぞ!


「雲姉、今日は何する?」

伊は逸雲の手を引いてリビングへ向かう


「……ふふ」

妹に無視されるのも兄の特権か。まあよくある話だ。


はあ……まさか妹が兄を放置プレイする日が来るとは。本当に小悪魔だな……


喰は無関係な思考を脳内で駆け巡らせながら、含み笑いを浮かべてリビングへ歩いた。


「今日もまっすぐ帰るのかよ?」

無鏡が呆れたように言う

「たまには俺たちと遊べよ?」

そう言うと顎をしゃくって合図した、そこには二人の男子生徒がおり、一人は空路で、もう一人の名前は喰は知らない。


「……ああ」

喰は一瞬呆けた。どこかで経験したような感覚がした。

「今度な」


「藍さんはどう?オフ会に付き合ってくれない?」

無鏡はさっと矛先を変え、片目を細めてウインクした。


「あたしは喰の幼なじみなの。一緒に帰ってあげないと、彼が寂しがり屋で死んじゃうし~」

逸雲は喰に向けて悪戯っぽく笑った。

「だから、また今度ね♪」


「や、それをこっちを見ながら言うなよ?」

喰は逸雲のこういうところにはどうしても弱かった。


「ふふっ、照れてる照れてる」


「好きにすれば」


「拗ねてるの?~」


「……」この既視感は何だ?さっきと同じ言葉の応酬とは。気のせいか...?


……

「逸雲、何かあったんじゃないのか?」

二人が慣れた通学路を歩いている。


校門を出て以来、逸雲は一言も発していない。


普段は会話が途切れることもあるが、これほど沈黙が続くことはない。喰は彼女をよく知っているから、むやみに詮索はしない。


だが今回は様子が違う。


「……ん~とね~別に~」

逸雲はそよ風に揺れる柳の枝のように、だらりと応えた


「あーれー」

喰はわざとらしく声を伸ばし、見せかけの不意を装って言った。

「うちの逸雲嬢さんさ、もしかしてわざと俺の興味を引いてるんとちゃうの?」


「……」


「あれれ、あれれれ? そんなことする必要ないやろ、もうとっくに美人の逸雲さんにメロメロやで」


逸雲が足を止めると、喰も立ち止まった。


「ふ~~ん、本当?」

逸雲が上目遣いに喰の瞳を見つめる。


「……ああ~負けた」

瞬たり間もなく喰は視線を外し、両手を挙げた。


「小賢しい!」

逸雲は楽しげに言い放つと、軽やかに歩き出した。


とにかく、彼女の機嫌は直ったようだ。後は彼女が話すのを待とう。そう考えながら喰は逸雲の後を追った。


「……あのこと、本当?」


「?」


「ほら、有瀬雪子さんの件やで~」

指を立てて喰を差しながら、逸雲は粘り気のある声を伸ばす。


「……」


この激しい既視感……


「お祝いしなくちゃね」

逸雲が軽く鼻で笑った。

「あんな可愛い後輩と~ でしょ?」


「うん……」

奇妙な既視感はさておき、とにかく説明が必要だ。

「エヘン、君の言う昼間の件だけど、雪子はただの後輩だ。なぜ俺に懐いているのかも分からない。まだ親しくもないのに、付き合ってるなんてありえない」


「あ、そっ」

逸雲は無関心な口調で、楽しげに先を歩き出した。


「おい……どっちやねんよ……」

喰は肩を落とした。


10年以上付き合う幼なじみなのに、相変わらず逸雲の心は読めない。


「ねえ、喰! 追いつかないなら置いていくわよ~」

夕陽を背に振り向く逸雲の笑顔が、目の覚めるほど眩しかった。


「は、はあ……」

例え二度目でも、喰は呆気とられた。


逸雲の振り返りの笑顔の破壊力は忘れようもないほどだった。


首を振り、逸雲に追いつく


「やっぱり君のことは理解できないよ?」


「これが幼なじみの特権ってやつだもん~」

逸雲はわざと抑揚をつけて笑った


「それ関係あるの?」


……

「ただいま!」

喰は玄関に声を張り上げた。早く伊に会いたい一心だ。

「逸雲、なぜ君まで?」


「そんなこと聞く必要ある?」

逸雲は脱ぎ捨てたパンプスを廊下へ踏み鳴らした。

「もちろん伊ちゃんに会うためよ♪」


投げ出された靴を見て、喰は心で嘆いた。


(女の子としての心得は?)


彼女のパンプスを伊のブーツの隣に揃えながら思う——これって……さっきも起きたことか?


「あ!雲姉!おかえり!」

伊は軽快な足取りで逸雲の元へ駆け寄ってきた。


「ただいま、伊ちゃん」

そう言うと逸雲は伊の頭に手をそえ、優しく撫で始めた。


「ゴホッ!」

喰はわざとらしく咳払いした。


「なに、兄ちゃん?吐くならトイレで」


「(がっくり肩を落とす)」

伊さんよ、これではさっきより酷い扱いだ!


「雲姉ちゃん、今日は何する?」

伊は逸雲の手を引いてリビングへと引っ張っていく。


「……」


喰は確信に近い感覚を抱えた――さっきまでの出来事は間違いなく過去に経験済みだ。


なぜだ?


そう考えながら玄関へ足を踏み入れた。


「今日もまっすぐ帰るのかよ?」

無鏡が呆れたように言う

「たまには俺たちと遊べよ?」

そう言うと顎をしゃくって合図した、そこには二人の男子生徒がおり、一人は空路で、もう一人の名前は喰は知らない。


「……そう……だな……」

こういう会話、この強烈な既視感……


「藍さんはどう?一緒に楽しんでいかない?」

無鏡が口を開こうとした瞬間、喰が先にそのセリフを発した。


「えっ?! 喰、俺のせりふ取るなよ?」無鏡は呆れ顔で訴える


「いや……お前なら絶対そう言うと思ってさ」

喰は困ったように笑った


「悪いけど、どうやら私のこの幼なじみがとても帰りたがってるみたいなのよ~」

逸雲は喰に向けて含み笑いを浮かべて答えた。

「だから、また今度ね♪」


確かにこれは既に起きたことなのか?だがなぜ?


俺は時間ループに囚われたのか、それとも幻覚か……


悪魔猫、また何か仕組んでいるのか?


待て……はたまた時を遡る能力者の仕業という可能性か?だとすると、この既視感は確かに説明がつく…


「悪い逸雲、急に思い出した用事があって…自分で帰ってくれないか?」

喰は両手を合わせ、片目だけ開けて謝罪のポーズを取った。


「うーん…どうしたものかしら?」

逸雲は眉をひそめて悩む。


「おっ、ちょうどいいや!一緒に来ないか藍さん」

無鏡が即座に口を挟む。


「ご好意ありがとう」

逸雲は自分の席にどっしりと座り直す。

「喰は先に行っていいわ。ここで待ってるから」


「ああ…」

実際やるべきことなど何も考えていない喰が

「いや逸雲、わざわざ待たなくていいのに」


「自分の意志よ。それに…」

逸雲の声がかすかに影を落とした。

「知りたいことがあるの…だから少しくらい待っても構わないわ」


「そうか…」


喰の脳裏にかすかな記憶がよぎる――確かに逸雲が何かを気にかけていた。しかし肝心の内容が思い出せない。


前のループでの出来事か?いったい何が……


「じゃあここで動かないで、みかん買ってきてあげる」


「死ね!」

逸雲は嗤った。いつだって冗談を言えるのが喰らしいところだ。


喰が教室を離れ、当てもなく校舎をさまよう。


ちょうど「自分は今何をしてるんだろう」と考えかけた時、校内放送が鳴った。


「2年3組の乙女喰さんは至急生徒会室へ。繰り返します――2年3組の乙女喰さんは至急生徒会室へ。」


これが輝夜の声。続いて雪子の声が弾む。


「先輩!ぜひ来てくださいね~!」


「……雪子?」

嫌な予感がした。行けば――人生が大きく変わると確信した。


(藍逸雲の視点)

放送を聞いた逸雲は微かに震え、憂いを含んだ息を漏らした。


「これは先を越されたわね……」

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