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代神栞  作者: 神代栞那
夢は始めた
6/8

能力借用

雪子は状況を全く理解できず、呆然と傍らの喰と床に倒れた和実の惨状、そして自身の腹部の巨大な裂傷を交互に見比べる。顔面蒼白になり、今にも意識を失いそうな状態だ。


「おい! 雪子、意識保て!」喰の焦燥混じりの声が雪子の意識をかろうじて繋ぎ止める。


「『半場さんに襲われた』って具体的にどういうことだ? 説明できるか?」喰が雪子の身体を支えつつ地面に寝かせる。体勢を固定することで痛みの増幅を防ごうとする。


「……ア、ア、アタシ……ぐすっ……」雪子が嗚咽で言葉を詰まらせる。


「そ、その……喰くん! 雪子ちゃんを一旦休ませて……!」恋が雪子の傍らに駆け寄り、苦しげな彼女を庇うように訴える。


「ああ、乙女。今の彼女からまともな話は引き出せん」長嶺が珍しく真面目な口調で同調する。


「…………」涙を浮かべた雪子を凝視する喰。彼女の様子は明らかに演技じゃない。(くそ、胸の鼓動がうるさい!……一体全体どうなってるんだ? 半場さんの腹部の裂傷は、利器による傷に違いない。利器……あの爪なのか?確か半場さんの獣人化時の爪は小刀並みに鋭い。雪子の証言通り、爪でこの傷は作れるとすれば、では何故襲撃者の半場さんが惨めに倒れてる?)


(雪子は血液操作能力者。もし体内の血液だけでなく体外の血液も制御可能なのか? 速度と方向の自由操作が可能なら、自らの皮膚どこかを噛み裂き血の刃を形成することも……超音速射出された血の刃なら、獣人化した半場さんの肉体すら貫通できるだろう。)


(そして、自身の腹部に致命傷を回避するために計算された一撃を自ら加え、被害者のふりをするという筋書きか……)


「ねえ、喰くん……今は雪子ちゃんを休ませてあげても?」恋が雪子の手を両手で握りながら、声のトーンを強めて再度訴える。


「あ……うん、そうだな」喰は現実に引き戻され、頭を振った。(これはあくまでも自身の根拠なき推測。)そもそも雪子がそんなことをするなんて信じられない。「ごめん雪子、さっきは焦りすぎた……そういえば伊はどこ? お前と…半場さんと一緒だったはずじゃ」


「……ア、アタシ……大丈夫……忘川先輩、ありがとう」雪子が恋に微かに頷き、目頭を拭う。「伊ちゃんとここに入ってすぐ別れたの……暗い場所が苦手だから……アタシがまだ行ってない別の部屋の遊園地に連れて行って……二人で回転木馬遊んでた……今も……あそこにいる……はず……」嗚咽交じりに語り終えた雪子は、普段のツンデレ口調とは異なり驚くほど率直だった。


「じゃあ何で一人でここに?」(どうやらこれは真実か?)妹の性格を熟知している喰は、できるだけ柔らかい口調を心掛ける。


「ずっとおっさん一人で探索させるのも悪いと思って……伊ちゃんと別れてここに来たんだけど……ううっ……」最悪の記憶が蘇ったのか、雪子の言葉が再び途切れる。


「大丈夫、ゆっくりでいいから!」恋が握っていた手にさらに力を込める。


「うん……それで扉を開けて、おっさんが角にいるのを見かけて……『おっさん』って呼びながら近づいたら……急に襲いかかってきて……ぐすっ……」恐怖に震える唇が震え続ける雪子が絞り出すように語り終えた。


雪子のこの様子を見るに、喰は彼女が嘘をついているとは到底信じられなかった。感情を必死に抑え込み、もし雪子が真実を話していると仮定するなら――獣人化した半場が部屋の隅にいた事実と、現在同じ場所に半場の死体が横たわる矛盾が浮上する。仮に半場が襲撃者だった場合、何故襲撃後に再び隅へ戻る必要があったのか? やはり彼女は嘘をついているのか?


……いや待て。それともあれは半場さんではなかったの? 同様の獣人化能力を持つ別の能力者が存在し、薄暗い室内で雪子が隅にいた人物を半場さんと誤認したのでは? 以前から第七人の存在を疑っていたが、喰は再び背中を冷たい汗が伝うのを感じた。


「……雪子、部屋に入った時何か匂いを感じたか? 例えば血の臭いとか?」自身の仮説を検証するため、喰が顎を撫でながら床に倒れた和実を見下ろし質問する。


「え? アタシ、匂いは嗅げないんです……アタシの能力の代償は嗅覚喪失だから……」


「……」まさにその嗅覚喪失が、もう一人の獣人化能力者の存在を逆に裏付ける結果となった。喰は和実の傍へ移動し、彼の傷口を確認する。腹部の傷は一箇所に見えたが、よく観察すると実際は四つ不規則に配置された小さな穴で、雪子の傷と同じものた。血液が一箇所に集中していたため、当初は単一の傷と誤認していただけだった。内臓の輪郭すら透けて見えるほどの深さ傷に、喰は胃の中身が逆流しそうになるような嫌悪感を覚えた。


(この傷は明らかに爪で突き刺した形状だが、もし本当に二人の獣人化能力者の殺し合いなら、半場さんが抵抗しなかったとは考えにくい。傷の数が少なすぎるな。そして仮に第七人が存在する場合、その人物はどこへ逃げたのか? 上層階から瞬間移動で降りてきて殺害後に戻る?そんな可能性は本当にある?)


新たな可能性が喰の脳裏を電撃のように貫く。


「恋、伊を呼び戻してくれないか? 彼女が心配で……」

「え、えぇ、わかった」恋はすぐさま立ち上がり、伊を探しに向かった。

「先輩……?」雪子は相変わらず苦しげな表情のまま。

「乙女、よくもまあおっさんの様子を見に行けたな……」長嶺は感心したように呟く。

「……実際は吐きそうだ」喰の顔は青ざめており、本気だった。


しばらくすると、恋は伊を連れて戻ってきた。伊は部屋の惨状に呆然とした。自分が「お嬢様」と呼ぶ和実が惨めに床に倒れており、雪子も苦悶の表情で離れた場所に横たわっていた。信じがたい光景だったが、目に映る惨劇と鼻腔を刺す血の臭いが、無情にも現実であることを示していた。


喰は戸口で呆然とする伊を見つめ、ゆっくりと彼女に歩み寄ると、まだ呆けたままの彼女を外へ引きずり出し、そっと伊の頬をつまんだ。


「うわ……お、兄ちゃん?」


「おかえり」喰は安堵の笑みを浮かべると、かすれ声で言った。「今、能力使えるか?」


「あ……」伊は振り返って室内の状況を窺い、依然として信じられない気持ちを抱えつつも、まずは兄の質問に答えるべきだと判断し、再び顔を向け直した。「うん、でも何でか分からないけど……」


「ああ、結構」喰は伊の頭を撫で、耳元で囁くように何かを伝えると、扉の内側へ歩み入り、その場に取り残された伊に向かって言った。「あとはここで見てろ、入るな」


妹にこの光景を再び見せるまい、少なくとも深く記憶に刻ませないようにする兄の配慮だった。既に焼き付いたかもしれない現実に、それでも兄としての義務だと――長嶺を躱し、部屋中央の雪子や恋を横目でちらりと見て、和実へ直進する。


「おい乙女、お前は……?」長嶺の訝しむ声が背後から響く。


「先輩……?」今まで見たことのない喰の表情に、雪子は思わず声を漏らした。


伊も恋も何も語らず、ただ黙って見守っていた。


和実の傍らに躊躇いなく座り込む喰は、下半身に滲み出る血液を気にすることなく、掌を彼の胸板に当てた。一呼吸分の沈黙を置いてから、ゆっくりと口を開く。


「俺は煉獄狼に憧れてたんだ。あいつは本当に格好良く見えたからな」喰は声を強める。「だから絶対に犯人は許さねえ!絶対に!……だよな?田寄」


「…?!」壁にもたれていた長嶺はまさか喰が突然自分の名を呼ぶとは思っていなかった。明らかに動揺した表情が一瞬浮かび、反射的に喰の方を見ながら答えた。

「あ、ああ……」


その刹那、長嶺は何の前触れもなく吹き飛ばされた。疑問を抱く間もなく後頭部が壁に激突し、赤子のような眠りに落ちる。


雪子と恋は突然の異変に思考が停止した。二人は倒れた長嶺を茫然と見つめるだけで、雪子は痛みさえ忘れたかのように言葉を失っていた。


「我が妹よ、本気でぶっ殺す気か?!」喰は立ち上がりながら額を押さえた。念動力はやっぱ怖え。1秒足らずで、さっきまで跳ね回っていた田寄が生気を失っている。


「う……気絶させる強さが分からなかったんだもん」伊は唇を尖らせながら言い訳した。


「あ……あい? あいっ?!」恋の視線を兄妹の間で慌しく揺らせ、床に横たわる雪子は長嶺を茫然と見つめたまま事態を理解できていなかった。


喰は慌てて長嶺に駆け寄り、状態を確認した。呼吸はあり、頭部に大出血はなく、完全な気絶状態だった。彼は背後に控える伊へ親指を立てた。


「にひ~」伊は小さな胸を誇らしげに張る。


再び和実の元へ戻った喰は暫し黙考し、充血した彼の瞼に手を当ててゆっくりと閉じた。喉を押し殺すように呟いた。

「お前は……ずっと……俺の憧れだった……煉獄狼」


「兄ちゃん……」伊の頬を涙が静かに伝う。


「外で話すぞ。ここは語り合う場所じゃねえ」呆然とする二人組を一瞥して、喰が提案した。次の瞬間、雪子と長嶺の身体が宙に浮き上がる。


「え?なになの!?……」雪子は現実に引き戻されたように体を激しくよじった。


「動くな雪子! 痛みが増すだろ」喰が鋭く叱咤した。


「ううっ…」その言葉に雪子は抵抗を止めたが、腹部の激痛は容赦なく襲う。ぽたぽたと涙が頬を伝った。


伊は念力で前に三人が座っていた椅子を並べ、雪子をゆっくりと降ろした。すると恋はすぐさま駆け寄り、変わらず彼女の手を握り続ける。続いて伊は二脚の椅子を分解し、八本の脚を伸ばし曲げながら長嶺の体に巻き付け、円卓の中央に固定した。脚は卓面に食い込んでいる。


それらの作業を終えた伊に、喰がすぐさま近寄る。

「大丈夫か伊?疲れてないか?」


「こんなの朝飯前よ!にひ~」伊は兄を見上げると、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。「兄~ちゃん、ひどいよぉ?妹にこんなことさせるなんて、本当に大悪党たんだね?~」


「大悪党の言うことを聞くあんたも小悪党だな!」喰はごしごしと伊の頭を揉みくしゃ。


何よこの兄妹?恋と雪子の脳裏に同じ疑問がかすめた。


冷たい視線を感じた喰は針のむしろに座るような気分になり、即座に茶番を止めて改まって咳払い。伊を連れ雪子の傍へ移動する。


喰が雪子に近づく際、伊が無意識に兄の袖を掴む仕草。


「雪子、君は半場さんを殺した犯人として、最期に何か言いたいことはありますか?」喰は真剣な面持ちで問いかける。


「……え? な...に?」雪子の顔面から血の気が引き、唇が細かく震えている。


「待って!何か間違ってる、雪子が、雪子が犯人なわけないでしょう!彼女は被害者なのに!」恋は焦りながら叫んだ。喰が突然雪子を犯人扱いする理由が理解できなかった。


「咳、伊」その瞬間、恋の指が自然に解かれ、重力を無視したように浮遊して雪子から離れていく。


「もう一度聞く、雪子。最後に言い残すことはあるか?」


「ア……ア、アタシ……」雪子は眼前の真剣な喰を見つめ、恐怖で喉が震え、言葉が喉元で潰れた。血の気が引いた顔から涙が止まらなくなり、今にも気を失いそうだった。


「待ってよ!絶対に何か勘違いしてるんだ!」空中で恋がもがき続ける。


「何もないなら、では……」喰はゆっくりと手を伸ばし、雪子の首筋に指を絡ませた。


「うう……待っ……」雪子は恐怖で身体が竦み、逃げようにも身動きが取れない


「……」喰の伸ばした手が雪子の喉元に触れそうになった瞬間、指先を上へ滑らせて彼女の額を軽く弾いた。「冗談だよ雪子。そこまで怯えるとは、案外可愛い顔してるじゃん?」ここまで追い詰められても体外の血液を操作する様子がない。やはり彼女は犯人じゃない。


「……ぇ?」雪子は固く閉じていた瞼を開け、堰を切ったように泣き出した。


「お兄ちゃん本当に!やり過ぎだってば!」伊は即座に雪子に駆け寄り、恋への念動力を解除する。「雪子先輩、もう泣かないで~。兄ちゃんが超絶バカだから、相手にしなくていいんだよ」


「本気じゃなかったのか……」恋は安堵の息を吐き、疲労と放心が滲む表情で床に膝をついた。「喰、ちゃんと説明してくれる?」


「うん、やはり田寄長嶺が半場さん殺害の真犯人だろう」喰は雪子から離れ、恋の傍へ移動した。


「……なんで?」恋は首をかしげた。


「第一に俺と君にアリバイがない。妹は疑わない。そもそも念動力能力者なら腹部を刺すような手法を選ぶ必要はない。雪子はそんなを傷作れるはずがない。このゲームにおいて第7人の可能性は否定できないが、ほぼあり得ない。そうなれば、残るは田寄長嶺だけだ」


唯一の不確定要素は恋の能力だ。もし彼女に遠隔殺害や精神操作が可能なら――いや、そんな能力があれば俺たちはとっくに全滅してる。考えすぎか。


「確かに!喰、賢いわね!」恋は心底感服した様子で言った。


「……ははは、誰でも思いつくことだろう」喰は照れくさそうに鼻をこすった。突然の褒め言葉に戸惑っている。


「でもどうして田寄さんが半場さんや雪子ちゃんを殺したの? それに、どうやって? 彼の能力って2秒後の未来を見るんでしょ?」恋は頭を抱えるように考え込んだ。


「絶対とは言えないが、彼の能力は2秒後の未来観測じゃないと思う」


「あい?そうなの?じゃあ彼の能力は何よ?」


「おそらく……能力の奪取か借用だろう」喰は顎に手を当てながらゆっくりと言葉を継ぐ。


「ん?...ん...」恋は眉を寄せて疑念を呈した。「でもそれってただの推測でしょ? 田寄さんをそんな風に扱うの、良くないんじゃない? もし違ってたらどうするの?」


「……」喰は沈黙した。


確かに恋の指摘は正しい。鉄証なき状況で田寄を無力化するのは不合理だ。自らの推理に絶対の自信があるわけではない。だがこの時点で行動しなければ、田寄が次に何をするか保証できない。直接田寄に推論をぶつける選択肢もない——彼の反応次第で状況が悪化する可能性が高い。


雪子は負傷者で、体外の血液を操作できるかどうか自体が不明。恋が能力なしと主張しているのは嘘だろうが、もし強力な能力を持っていなければ、戦力は伊だけに頼らざるを得ない。もし田寄の能力が本当に能力を奪取できるものであれば、俺たちは全滅するリスクがある……


要するに、リスクを取る余裕はない。仮に冒険した場合、伊を傷つけたり失ったりする可能性がある――それは絶対に許せない。仮に能力の推測が外れていても、田寄が容疑者である以上、最善の選択肢としてやはり即座に無力化するしか……そう悟るや喰は自らの頬をパシリと叩き、見つめる恋の方へ向き直った。「とにかく、田寄が目覚めれば全て明らかになる。まずは雪子の様子を見よう」


「うん、うん……」疑問が尽きないながらも、恋は小走りで雪子のもとへ向かった。


雪子が喰の姿を見るなり身体を震わせ、恐怖の表情を浮かべる様に、喰も無理もないと思った。さっきあれだけ脅かしたのだから。


「雪子ちゃん、大丈夫か?」喰は雪子の横にしゃがみ込む。


「先輩……目がようやくおかしくなったのね、アタシが大丈夫そうに見えますかぁうわあああ……!」雪子はまたしても涙を溢れさせた。


「……まあ、そうだな」喰は言葉に詰まった。やはり雪子はどこまでも雪子らしい。自分が彼女を疑ったことへの後悔が胸を刺す。「悪かった、さっきはあんなことして」


「ふん!先輩が謝ったからって簡単に許しませんからね? 許してもらうにはまだまだ足りないわ!」


「ところで今朝のテレビドラマのコント、なかなか面白かったぞ」


「くっ……同じ手でアタシをからかおうなんて百年早いんです……!」


「いや、それなら涙こぼすなよ?」


「こ、これは汗です!もう先輩なんて大っ嫌い!」雪子は小さく啜りながら恋の方向へ顔を背けた。


「ふふっ……」恋は雪子の手を握りながらくすくす笑う。「仲睦まじいこと」


「忘川先輩!どこからそんな結論が出るんですか!?」


ようやく重苦しい空気を幾分か緩和できただろうか。喰は内心安堵した。雪子が単純だからこそ……


「雪子と恋はここにいるように。伊は俺についてこい」


...

.....

.........


長嶺は目を開けるや光が飛び込み、不快感に顔を顰めた。目前には巨大な白い物体が頭上に浮かび、全容を把握できない。視界の左右は隔壁に遮られ、身体は鉛のように重い。頭を上げようとすると金属パイプらしきもので拘束されていることに気付く。


「あ、目覚めた?永遠に昏睡かと思ったぜ」異変に気付いた喰が気怠そうに口を開く。


「これは……?」長嶺は声の主を見ようとするが、隔壁が視界を阻む。


「知ってるか? 実はここの壁、意外にも脆いんだ。念力なら簡単に破壊できる」


「?」長嶺は一瞬理解できず、やがて顔色が変わった。「この上の物体まさか……」


「本題だ」喰は質問を無視し、「君は、なぜ半場さんを殺した?」


応えたのは沈黙だけ。喰は推測を投げかけるほかなかった。


「君の能力……未来予知ではない」


「……なぜそう思う」長嶺は力なく応じた。


「代償が全身発赤と過呼吸だと語っていたな。あれほどの負荷なら頻繁に使えない。だから突然話しかけた時の動揺も説明がつく。だが能力の真偽は疑わざるを得なかった」


「……何が言いたいんだ」


「実は手裏剣など飛んでいなかった」喰は冷たく切り捨てる。


「……は? どういう意味だ」


「あの部屋から手裏剣が射出された事実はない。すまないが俺の嘘だ」


「……それが何を証明する?」


「俺が君を引き倒した時、なぜ指摘しなかった? またも能力を使っていないとでも? 前例がある以上能力不使用は考えにくい。加えて、2秒後の未来を視ていたなら引き倒されるはずがない。これが君の能力へのほぼ無限大の疑念を生んだ」


「ぐっ……オレ……お前を突っつく気がなかっただけだ」長嶺は硬直しながら応じた。


「……いいだろう」喰は相手が最後まで強情を張ると悟った。「君の能力が未来予知でないなら何か? 推測させてもらうが、他人の能力を奪取? いや、より高い確率は『借用』か?」


「……根拠のない妄想では?」長嶺の顔に影が差す。


「ああ……なら俺の妄想を最後まで聞け」喰は一呼吸置いて続ける。「全身発赤と過呼吸が代償だと? 別解釈があると思う。それは能力発動で血液の流れを速めた影響では……」


「……」


「椅子を凝視してたのは変態趣味だと? 別解釈があると思う。それは念動力を使おうとして試行していたのでは……」


「……」


「田寄、君は賢い。能力だけ質問して代償を聞かなかった。円卓での振る舞いを完璧に合理化した。そして今までの行動は全てに理屈を付けるとは、隠蔽工作は天晴れだ」喰は笑みを浮かべる。「だがそれらの椅子、実は男子が使ったぜ?」


「……」長嶺は渋い笑いを漏らした。「見間違えただけさ」


「……残念、嘘だ。女の子が使った椅子んだ」喰は冷ややかに宣告する。これで長嶺の関心対象が椅子ではなく能力試験であったことが確定した。


「!?」(やられるか!乙女喰。いやいや、落ち着け。まだ最終手段がある。)「ふざけるなこの野郎!お前の言う通りなら、どうしてエリベルのことを知ってるんだよ!?」


「簡単な話だ。ゲーム参加前に他人から能力を借用していた。その人物こそが2秒後の未来を観測する能力者だ」


「……」長嶺は顔面蒼白になり、もはや反論できない。


「……」沈黙を破り喰が続ける。「公園の部屋に入った後、君はすぐ退出した。あの時ぼーっとしていたのは代償かと思ったが、今よく考えると、そうじゃないはず。君は俺の能力を試していたんだろう。その後顔を突っ込んで室内を掃視した、これはなぜですか?可能性は一つしかない——恋に能力を使うためだった」


「……よっ……よくも作り話が!?」長嶺の声が震える。


「……」その異様に喰も一瞬たじろぎ、改めて口を開く。「なぜ部屋で俺や恋から能力を借りず外で試験した? さらに戻って来て掃視したの?ただ一つの可能性しか考えていない——複数の能力を保持できず、眼前の能力者にしか発動できない。違うか田寄?」それが頭部周囲に椅子の座板を立てた理由だ。


「……こ、これが俺の現状とな、なな何の関係が?!」


「動機は不明だが、君は俺と恋から離れた際、伊と雪子が遊園地の部屋へ入るのを目撃した。隙を見てこの部屋に侵入し、半場さんの能力を借用。爪で直接腹を貫通させ、そのまま隅へ運んだ——あるいは最初から隅で凶行に及んだのか。これで部屋の隅だけ血溜まりがある理由が説明つく。腹部貫通なら爪を抜いても大出血しない」


「だが君はおそらく躊躇した。そのため雪子が獣化した君を目撃する羽目になった。当初は慌てただろう? この血の臭いで普通なら即気付かれる。だが雪子の代償はまさに嗅覚の喪失であり。彼女が近づく理由は不明ながら、伊の不在を確認すると襲撃した、もちろん同じ手法。血液飛散防止と運搬の容易さのためだ」


「なぜ雪子にとどめを刺さなかったのか? それはたぶん殺人による動揺で思考が乱れ、この傷が致命傷だと思い込んだからだろう……」自らの鼓動を感じながら、喰は整然と推理を述べた。そして千の台詞の中で最も吐露したかった言葉の一つを紡ぎ出した。「まだ何か言い残すことはあるか? 被告人・田寄長嶺」


「……オ、オレは……」長嶺はあえぎだした。眼前の少年が自らの能力を看破しただけでなく、犯行手法までもほぼ正確に言い当てるとは予想外だった。


顔は見えなくとも、声の震えから長嶺の動揺は明らかだった。(一流の殺人鬼でもない限り、犯行を指摘されれば狼狽するはずだ。田寄長嶺は自分と同じ高校生にすぎない。演技とは考えにくい。どうやら、推理は正しかったようだのか……)


「逃げられると思うのか?」やや冷静を取り戻した長嶺が上目遣いに睨みつける。


「君が現在持つ能力は半場さんのものだろう。仮に獣人化すれば——妹が即座に首を捻じ切る」長嶺の頭部後方の隔壁中央に空いた小孔から、伊が冷たい視線を注いでいる。当然長嶺には気づけない。


妹にこんなことをさせる兄は人間失格だ。だが、伊の安全が守れるのなら、失格者でも構わない!喰は首を振りながら、真剣な表情で長嶺を睨みつける妹へ視線を向けた。彼女は本当に言われたとおりに従っている。なんて可愛くて従順な妹だろう。俺は前世で銀河を救ったのか?


諦め切ったように空笑いを洩らした長嶺は、卓に額をぶつけて俯いた。


「どうして半場さんと雪子を殺したんだ?」

「.....」長嶺は沈黙を挟み、やがて絞り出すように言った。「ほんとの密室脱出だったらよかった……」

喰は何も言わず、長嶺の吐息まじりの言葉を受け止めた。


「……俺には『個人任務』が来てた。それはあの可愛い猫とは別の、見下したような声の野郎からだ『最低一人殺せ』って」


妹の神代ちゃんの任務か?だが「最低一人」とは曖昧な表現だ……喰は眉をひそめる。


「届いた瞬間、これは普通のゲームじゃないと悟った。仲間がいるかも……なんて甘い考えだった。だが今のところ、どうやら俺は完全に独りぼっちだ……」長嶺は言葉を重ねるほどにやるせなさを滲ませた。

「公平性もクソもあるかよ!確かにオレの能力は強いが、1対5なんてとんでもねえ話だ!それにお前らには三人の能力が使えねえ、クソ……」


「悪魔猫は公平なんて元々眼中にない……のかもな」喰は神代アイリの私室での体験を思い返しながら、口を滑らせてしまった。


「……はは、ハハハハ」長嶺の空笑いが虚しく響く。「そうか、気にしてねえのか。でもそうかもしれない」


「いや、今のはつい……」


「なあ」長嶺が喰の言葉を遮る。「お前の能力はいったい何なんだ?」


「念動力だって説明したじゃん」


「ハッハッハ、取り繕うのはよせよ」長嶺が天井をぼんやり見つめながら言った。「任務を知った時、俺は能力を変更しようと焦ったんだ。円卓会議でお前が『念動力だ』って公言した瞬間、既に能力を発動させていた……それなのに、オレが念動力の影響を受けた。しかもお前は平然と能力を使っているフリをしやがった。その事実から何がわかるか、いちいち説明する必要あるか?」


「……」喰は思わず内心で長嶺に感心した。(こいつ……思ったより聡明だ。能力も高スペック。もしアイツが念動力を正常に使えていたら、俺たちはとっくに全滅していただろう。これがアイツの運命か……?)

(ちくしょう……! 運命運命だの何だの、恶魔猫の影響で考えが侵食されやがった。馬鹿馬鹿しい……本当に不愉快極まりない!)


長嶺が喰の返答を待つ中、彼はしばらく沈黙を挟んでからゆっくり口を開いた。「俺の能力は接触した物体を粉末化する。ただ代償がある。お前が借用しても使えない理由はそれだ」


「……そうか」長嶺の空笑いがまた零れた。「公園の部屋でお前と忘川を襲わなくて正解だったな……で、オレをどうするつもりだ?」


「気づいてないのか? 田寄。任務に制限時間がない、飢餓を感じない……もし特殊任務を持つのが君だけなら、ここから脱出する方法の答えは、もう目の前に転がってるだろう」


「ハッ……そうか……」長嶺が死んだような表情で呟く。「だが、オレはもうすぐ死ぬはずだ」


「……え? どういう意味?」


「お前らに制限時間がないかもしれないが、オレにはある。今この瞬間も命が急速に削れていくのを感じてる……信じようと信じまいと」長嶺は諦め切った様子で嘲笑う。


「田寄……」完全には信用できないが、彼があれほど焦って行動を起こした理由の一端が腑に落ちた。喰は顎に手を当てながら思案顔で続けた。「こんな状況じゃなければ、俺たちきっと馬が合っただろうにな」


そう言いながらも、喰が長嶺を許すことは決してないだろう。


「……ハハ、そうかもな。お前も案外嫌な奴じゃねえ」長嶺が本心からそう思いながら空笑いを零す。次の瞬間、彼の体が急膨張し、身体に巻き付いていたベンチの脚がバキッと弾け飛んだ。素早く身構えて周囲を見渡す長嶺。


「伊!」異変に気付いた喰が叫ぶ。


「ウィ!」喰が声を出すより前に、伊は既に能力を発動させていた。獣人化した長嶺を円卓に押し付けた彼女だが、さらに拘束しようとした瞬間——――長嶺が突然元の姿に戻り、伊に向かって突進し始めた。

しかし……頭上から落下した重りの速度が、彼の動きを圧倒的に上回った。長嶺の悲鳴と「ドーン!」という重りの落下音、円卓が粉々になる音が鳴り響き、部屋は再び死のような静寂に包まれた。


ずっと黙って見つめていた恋が顔面蒼白になり、唇が震えていた。隣の雪子もまた、彼女と同様に血色を失っていた。


喰もこの突然の展開に呆気を取られた。最悪の事態は予想していたものの、田寄がここまで捨て身の一搏を打つとは多少驚いた。しかも彼の行動は理論上最適解だった――即座に獣人化して拘束を振り払い、伊の能力を撹乱した上で突進する。ただし円卓の大きさは噴水の基部すら下回っており、人間の機動力では重り落下前に脱出するのはほぼ不可能。どうやら田寄も一か八かの賭けに出たようだ……


しかし、一体何が彼をそこまで捨て身の行動に駆り立てたのか? こっちはさっき『触れた物を粉末化する能力』だと偽っていたんだ。仮に伊を無力化したとしても、結局ほぼ詰みの状況だったろうに。それに恋の能力も未把握なのに……


(彼の最後の言葉から察するに、あれも止むを得ない殺人だったはずだ。ただ……死にたくなかっただけなのか?)

(……まあ、今更考えても仕方ないか)


喰は噴水の基部の隙間から身を乗り出し、長嶺の状態を覗き込んだ。目をぎゅっと閉じたまま、頭部から流れ出た血液がゆっくりと床に広がっている……


ぐっ……喰の胸にむかつきが込み上げた。やはりこういう光景にはどうしても慣れない。立ち上がると呆然とした伊の前に歩み寄り、再び彼女の小さな頬をつまんだ。


「うわ……お、兄ちゃん……?」


「おかえり」喰は安堵の笑みを浮かべた。どこかで聞き覚えのある会話だ。「君は俺の可愛い妹乙女伊ですか?」


「あ……う、うん……!」伊は両手で喰を抱きしめ、目頭を赤く染めながら頷いた。


「よしよし……」喰が伊の頭を優しくなでる。「悪いのは全部田寄の自己責任だ。どうしても誰かを責めたいなら、このお兄ちゃんを恨みな」


「お兄ちゃん……本当に最悪な人……」伊が喰の胸に顔を埋めたまま、小さくぐすりと鳴らす。


「先輩たちが見てるぞ?」喰は恋と雪子の青白い顔色に気づいた。「お兄ちゃんの胸でぐずってる姿、ちょっとよくない?」


「ふん! これが妹の特権なんだから!」伊は今でも喰の襟首へしがみついたまま離そうとしない。


「悪いけど恋、先に雪子を落ち着かせてくれるか? すぐ行くから」喰が青ざめた顔の恋に申し訳なさそうに声をかける。


「……あ」その声で我に返った恋が、必死に頷いた。「分かった」


「う……ごめんお兄ちゃん、またワガママ言っちゃって……」しばらくして伊が喰の胸から離れ、俯きながら呟く。


「構わんよ」喰は指先で伊の目尻に残った涙をそっと拭いながら言った。「あんたは俺の妹だ。好きなだけ甘えろ。だって――」

(このセリフ、いつもの兄妹のやり取りだ)


「それが君にだけ許された特権なんだからな」


「雪子、気絶してないか?」兄妹が恋と雪子の元に戻り、喰が心配そうに声をかける。


「な、ななにを考えてるんですかよ先輩……! そ、そそんなに弱々しく見えますか!?」雪子の声が跳ね上がる。


「し、ししゃべり方がそんなにガクガクじゃ、俺だって信じられないぞ?」喰が雪子の震えを茶化すように真似する。


「ぐっ……わ、忘川先輩ぅーっ!」雪子が真っ赤になって頭を恋の胸に埋める。


「喰くん、後輩いじめるなんて、先輩として失格ですよ?」反応した恋が赤面しながらも真顔で言い返す。


「は、はぁ……」


「ふふっ、忘川先輩ったらお兄ちゃんの天敵だね」伊が雪子の隣に座り、手を握りながら笑みを零す。


「あい!? そ、そうでしょうか……!?」頬を染めながら恋が慌てふためく。


実際は恋の発言に動じたわけではない。喰が気付いたのは──雪子の腹部の制服に付いていた血痕が消えていることだった。渡良女子生徒の制服の腹部は黒基調とはいえ、血液が酸化して暗赤色に変わった跡形さえ残っていないのは不自然だ。そもそも

今そこにあるのは不規則に並んだ四つの小さな穴だけで、他の色はまったく見えない


「お兄ちゃん? お兄ちゃん?」伊が喰の目の前で手を振り続ける。


「ああ、どうした伊」喰が我に返った。


「また話聞いてなかったでしょ! これでも妹持ちの兄ですか? 完全に人間失格ですよ~?」伊が悪戯っぽい笑みを浮かべながら喰を眺める。


「さあ! 念動力で俺をメロメロにしちゃえ! これがグダグダ兄への罰だ!」喰が大袈裟に両手を広げて宣言する。


「わぁっ……」恋が口元を手で覆い、歓声を上げた後で続けた。「伊ちゃん、頑張って!」


「そんなことできるわけないでしょ、にひひ~」伊は兄の芝居がかりに吹き出し、「私たち今からどうするの?」


「もうすぐここから出られると思う。だって、田寄がもう死んだんだから」

(まさか恋がこんな芝居に付き合うとは……いや、考えてみれば彼女案外ノリがいいのかも? 普段の内気さでクラスメイトに近寄りがたい印象を与えてるだけか?)


「先輩……なんでアタシを見ながらそんなこと言うんですか! あ、もしかして……アタシのことが好きなの!?」


「そ、そうね……田寄さんが……」恋が俯きながら切なげに呟く。


「自惚れ強い後輩だと先輩として心配だよ……」そう言い残すと喰は立ち上がり、背後で「なによそれ!」と抗議する雪子を無視して噴水の周りに歩いて行き、その場に座り込んだ。「疲れた。少し休む」ゆっくりと目を閉じる。本来なら伊にも恋と雪子を警戒するように言っていたが、どうやら取り越し苦労だったようだ。


「フフン、雪子ちゃんはゆっくり休みなよ」恋はまだ少し落ち込んでいるが、すでに後輩の面倒を見るのが心地よくなっていた。目を閉じた喰を横目で見やり、ふと考え込む。(もし彼の慎重さと果断さがなかったら……あたしはどうなっていたかな? 田寄さんに殺されていたのか?)


伊は薄暗い部屋の扉前に佇んだまま、思考が遥か彼方に飛んでいた。半場おじさんとの短いながらも濃密な時間が脳裏をよぎる。あの無骨な見た目に反した優しさ、いつも「お嬢様」と呼んでくれたこと、危険な部屋でも必ず自分が先陣を切ってくれたこと……ふと気付けば、涙が伊の頬を伝っていた。


沈黙が部屋を支配している。喰はどれだけ時が流れたかもわからぬまま、ふと我に返ると目の前に逸雲の顔があった。彼女は怪訝そうな表情で、喰を見据えている。

これが本章の最後です。結末を驚かせたことがありますか?

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