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代神栞  作者: 神代栞那
夢は始めた
2/8

念動力

「今日はまったくの無収穫だったか...」喰は思わずため息を零した。


「ただいま」ドアを開けながら喰が中へ声をかける。


「あ、お兄ちゃん!やっと帰ってきた!」妹がリビングから廊下へ小走りに出てくる。「今日はどうして普段より遅いの?」


「別に、ちょっと寄り道しただけ。腹減ってたか?」


「ふふふ、あと数分遅かったら殺人現場を目撃するところだったわよ。犯人はあなた」妹は喰を指差す。「妹を餓死させようなんて、なんて冷酷なお兄ちゃんなの。うぅ...」妹は存在しない涙を手の甲で拭う真似をした。


「はいはい、とにかく腹が減ってるのはよくわかった。詳細は台所で対決ということで、その際は弁護士を用意しておくように」


「えーずるい!それ私の台詞だったのにー」妹は頬を膨らませながら足を踏み鳴らした。


喰が台所に入り料理の支度を始めると、妹は相変わらずリビングでのんびりテレビを見ていた。


今日起こったことをふと思い返す。いきなり幻想世界に引きずり込まれ、自分が運命の子だの何だのと言われたこと。受け入れたくはなかったが、脳裏に浮かんだ『自分の能力が『無能』だ』という理解からして、どうやらあれは現実だったらしい。


小和や班長、忘川のことはまだわからないが、崇宮も能力者の一人だろう。どんな能力か? きっとすごい能力に違いない。あんなに急いで部活をサボるなんて…


それに忘川に名前を可愛いって言われたし…ったく、名前は自分で決めたわけじゃないんだぞ。せいぜい名字がちょっと珍しいってだけなのに…


そういえば今日の情報の多くは無鏡から聞いたものだ。もし無鏡が嘘をついてたら? 彼の事情だってわかってない。例えば俺が寝た後で彼も虚構の世界に足を踏み入れ、しかも俺より早く起きていたとか…


そんなことを考えている最中、喰は突然バランスを崩した。いや、違う。バランスというより、自分の身体が浮き上がったのだ。手に持った鍋ごと。


「え?なにこれ?」喰は混乱しながらも


「あのねぇ、お兄ちゃん~妹の話を聞かないなんてあり?妹の言葉は絶対無視しちゃダメって約束だったでしょう~」


「はあ…?」喰はゆっくりと振り返り、ソファに頬杖をついて悪戯っぽく笑っている妹の姿を目にした。


「その…イーちゃん?これどういうこと?」愛らしい妹までもが能力者だったとは思わず、喰は平静を装って鍋を下ろす。


「全部お兄ちゃんが話を聞かなかったからだよ~」


「え、そう?気づかなくてごめんよ、かわいい妹ちゃん」


「ふんった~!妹を無視する兄にはこーゆーこと!」伊が指をピンと立てると、その指先が天井へ向かうのに合わせて喰の身体も浮上。新たな感覚に喰は思わず感嘆の声を漏らした。


「おお!これって…俺、飛べてる!」


「バカ兄ちゃん、どうして慌てないのよ!」伊が指をくるくると動かすと、喰は彼女の頭上で円を描く。「こんなに喜んでたらこっちが張り合いないじゃない~」


「なぜだい?」空中で犬かきの姿勢をとる喰。「これが…大空を泳いでいるみたいだ!」


「もう~なんでそんなに感激してんの?バカ兄ちゃんったら」伊は芝居がかった仕草で額に手を当てた。「びっくりさせようとしたのに~」


「そうだったの?」喰はわざとらしく驚く。妹が自分を慌てふためかせてからかおうとしているのは薄々気づいていた。良き兄ではあるが、兄の威厳も捨てたくなかった。「今から慌てたら間に合うかな?」


「遅いわよ!」伊の怒気を含んだ声とは対照的に、喰は台所から出る時と同じように障害物を避けながら運ばれていった。ただし能力は床すれすれの所で解除され、結果的に尻餅をつく羽目に。どうやらこれが伊なりの仕返しらしい。慌てることなく立ち上がり、服の埃を払い、手を洗って再び料理に取りかかる。伊も再びソファに座り、両手で頬杖をつきながら何事もなかったようにテレビを見ていた。


しばらくして落ち着きを取り戻した伊が呟いた。「ごめんね、お兄ちゃん。またわがまま言っちゃった」


「いいんだよ。妹のわがままなんか、いくらでも聞いてやるさ」喰は撫でていた手を離す。「で、今日は不思議な夢を見たんだって?自分を可愛い猫ちゃんだと名乗る何かが勝手に喋ってたとか?」


「え?」伊は驚いた表情から一転、花咲くような笑顔になった。「お兄ちゃん、やっぱり私たち以心伝心なんだ~!にへっ~」


「そうだといいんだけどな」喰は苦笑した。本当に妹は純粋すぎる。「で、眠りに落ちたのはいつだい?」


「午後の一時間目終了間際」伊は人差し指で顎をトントンと叩いた。「チャイムが鳴る直前、時計を確認したの。でも目覚めたら5分も過ぎてたんだよ~?別に眠くなんかなかったのに」


(午後一の終了時?しかも5分間?こっちは2時間も虚構世界にいたのに…時間の流れが完全に非同期か。あまりに差がありすぎる)


「そういえば伊!他で能力を使ったことある?」


「ないよ。そのあとも友達にトイレに誘われたし、すっかり忘れてたの。家に帰ってからふと思い出して試したら本当にできちゃったって感じ~」


は俯きながら呟いた。


「もういいから、まずはご飯」伊はそれ以上に言葉を継げない。


「ところで伊の能力は?」食卓に再び箸の音が響き始めた。


「さっきお兄ちゃん体験したじゃない?」


「正式名称と使用条件が知りたいんだ」


「あー、念動力。念で物を動かせるみたい。やばくない?これからはもっと妹に優しくしないと、無能力なお兄ちゃんに何するかわかんないから~」伊は薄笑いを浮かべる。


「念動力か…首をクルッとねじれちゃうのかい?」喰はさりげなく尋ねる。


「もう!急にそんな怖いこと言わないでよ!」伊は箸を置いて怒りを露わにした。


「それすらできないなら、無能力の兄に何をする気だったんだい?」喰は悪戯っぽく笑いかける。


伊の頬がぱっと赤らんだ。「もう!バカ兄ちゃんったら、いじめることしか考えてない!」


そんな妹の反応も愛らしいが、喰は真面目な質問を続けた。「で、できるのか?首とかどうこうはさておき、手や足の特定部位を動かすとか。これは重要な問題だ、教えてくれ伊」


覚悟を決めた伊は冷静に分析しながら答える。「たぶん可能よ。私の念動力は視界に入る範囲なら発動できるの。さっきお兄ちゃんを浮かせた時も、ただ『浮かせたい』って思っただけ。もし特定の部位を…えっと…動かすとかなら、できると思う」


「能力覚醒したばかりなのに、そこまで制御できるのか?」


「うん!私も不思議だけど、使ってみたら当たり前のように使いこなせてるの~」


(そういえばあの悪魔猫、『能力は呼吸のように自然に』とか言ってたな。まさかここまでとは)


「妹よ…」


「なに?」


「この能力、ちょっと規格外じゃないか―」喰は心底ゾッとした。


「ははーん、そうかなー?」伊は謙遜ぶる素振りで胸を叩き、「無能力のお兄ちゃんはこれから私を頼りにしなさいね」と薄笑い。


「無能力なんて余計なお世話だ!」喰は妹の頬を軽く引っ張った。


ベッドに横たわり、喰はこの日を振り返る。あまりに急展開が続き、情報過多で頭が重い。最も衝撃的だったのは妹の念動力だ。くそ、たった数分の睡眠であんな規格外の能力とは!こっちは2時間も虚構に囚われたのに…無能力? 不公平にも程がある。悪いのは俺じゃない、この世界だ。いっそ俺死んてしまえ。そういや能力獲得には順番があるのか?だとすれば世界中に能力者が溢れてるはず…今日の授業で居眠りしてた奴らも…確認しそこねた…このままではきりがない…そうだ!能力使用の代償について伊に聞き忘れた…。


様々な思考を抱えたまま、喰は夢の世界へと落ちていった。

伊はマジで可愛くない?

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