第七話:疾風を紡ぐ者
「いーじゃん!楽しかったんだからさ!」
「確かにそうだけど……」
太陽も西に傾き、人通りが多かった広場と上空は既に静まり返っていた。僅かに残った人々も、我が家の暖かさを切望しているのか、せわしない様子で歩き去って行った。
「着こんでても寒いわね……御琴は大丈夫?」
新品の完全防寒服をもってしてなお、微妙な肌寒さが残っていた。ホノカが御琴の方に視線をやると
「だ……だだ、大丈夫だよ……全然寒くなんて……」
顎をガタガタと鳴らし、鼻から小さな氷柱を出していた。——『スーゼファルカ』の夜は寒い。『リリー大陸』の北端に位置するだけあって、太陽の出ていない時間は極寒そのものであった。
「氷の力も案外不便ね、鼻水まで凍らせることないのに」
「まったくだよ…………ふんっっ!!!」
御琴は鼻をつまみながら、氷柱を噴出する。あまりに勢いよく飛び出したせいで、それは地面に深く刺さってしまった。
「そういえば私たち、記憶探しの旅をしに来たのよね?ここまでで何か思い出せそうなことって……」
御琴の鼻から顔を出した摩訶不思議な現象に、ホノカは『スーゼファルカ』を訪れた目的を思い出させられた。彼女は御琴に、色々と質問しようしたが
「おっ、こんな時間に女の子はっけーん」
ちょうどその時、路地裏からガラの悪い青年二人組が現れ、ホノカと御琴の前に立ちはだかった。
「わあっ!!!」
驚いた御琴は尻餅をつき、粗いレンガ道の表面で掌を擦りむいてしまった。
「御琴!……アンタ達どういうつもり?用があるならはっきり言ってみなさい!」
御琴を守るように両手を広げ、ホノカは青年たちを睨み付ける。呑気にお喋りしている内に、周囲には誰も居なくなってしまってため、こうするほか無かった。
「しかもめちゃ可愛いじゃん?ツンツンした感じもタイプだなー」
「お前ホント気が強そうな娘好きだよな、ほんじゃ、俺はこっちの清楚ちゃん貰うから」
ホノカの啖呵にまともに取り合わず、青年たちは勝手に話を進めた。
「くだらない用事なら、もう行かせて欲しいんだけど」
「悪いねツン子ちゃん、君じゃなくてそっちの娘に用があるんだ」
青年の一人はホノカを突き飛ばし、息遣いを荒くしながら、腰を抜かした御琴の肩に手を置いた。
「御琴……ッッッ!!!」
「おーっと、嬢ちゃんの相手は俺だぜ?さっそく浮気だなんて悲しいなぁ」
ホノカが伸ばした腕は、残りの一人にがっちりと掴まれていた。
「人間のクズね……アンタたちっ……!!!」
最初こそ青年たちに罵声を浴びせ、彼等の好きさせまいと抵抗したホノカ。しかし、今まで経験したことのない恐怖が、次第に彼女の抵抗の意志を弱らせていった。
青年たちへの怒りはやがて悔しさへと変わり、己の無力感に絶望したホノカは涙を流し始めた。
「やめなさい……ったら…………」
何とか御琴を助けたい、でも今の自分ではどうすることも出来ない。怖い。———そんな思いがホノカの中で駆け巡る。
「ホノカっ……!!!」
御琴の掌から、無数の輝きが乱舞して放たれた。青年たちは驚き、必死に避けようとしたが間に合わなかった。御琴が生み出した小さな氷の礫は、青年たちの頬、腕、肩をかすめ取り、傷口からは赤い雫がしたたり落ちた。
「ホノカ大丈夫!?」
「御琴……わりがとう……」
二人は互いを支え合い立ち上がる。一方の青年たちはと言うと、傷口を押さえながら顔を赤くしていた。
「…………やってくれたなぁ!!!……このッッッ!!!!!」
青年たちの拳が振るい上げられる。今度は御琴がホノカを庇うように覆いかぶさった。
先程は突発的に礫を放ったが、街中で魔法を撃つのは加減が難しい。御琴はホノカを守ることに専念する判断を下した。
「ちょっと眠ってろお前!」
拳が間近に迫る。でも、友達を守れるのなら構わない。——そう自分に言い聞かせ、御琴は目をつぶった。
「男が女に暴力だなんて、関心しないなあ」
どこからか声が聞こえた。出所不明の声にホノカと御琴、そして青年たちも戸惑った。
「弱い者いじめって嫌いなんだよね、だから勝手に加わるよ?」
唐突な宣言の裏で、青年たちは己の背後に気配を感じた。
「おい待っ……」
慌てて振り返ろうとする二人だったが
「にぶちん」
鎌のような刃物に首を拘束され、身動きが取れなくなってしまった。
「今動いちゃったら……二人まとめて首ちょんぱだね」
刃物の持ち主、細身で三白眼の女は、長い茶髪を乱して陰湿な笑みを浮かべる。
「痛いのは嫌でしょ?ほら、ほら、ほら、ほら」
「お、おい……悪かったよ、だから止めてくれ……」
動揺した青年たちは小刻みに震え、首筋には浅い傷ができ始めた。そこまで追い詰めなくても、と思う御琴とホノカだったが、青年たちの鬼畜の所業を思い出し、復讐がてらこの場を静観することにした。
「これに懲りて、やり過ぎなナンパなんて止めることだね」
鎌から手を離したと思えば、女は無情にも二人を尻から蹴り上げた。仰向けに倒れ込んだ二人は砂埃を払う。
「…………ちぇっ……行こうぜ!」
「お、おう……」
恨めしそうな目で女を睨みながら、青年たちは足早に去って行った。
「キミたち、怪我はない?」
三白眼の茶髪女は振り返り、ホノカと御琴に尋ねた。二人は顔を見合わせると、恐る恐る首を縦に振った。
「あちゃー怖がらせちゃったかごめんね、仲直りの握手をしよう」
女は優しい笑顔を浮かべ、二人に手を差し伸べた。彼女は不良青年たちにとって、脅威的な存在だったが、ホノカと御琴にとっては、ただの気の良いお姉さんだった。
「私ラインって言うの、よろしくねー」
「よ、よろしく……お願いします」
ラインの手を取り、二人は立ち上がった。
「疲れてお腹空いたでしょ?いいスープ屋知ってるからさ、良ければ案内してあげるよ!」
若干気まずさが残っていることを察知したラインは、二人と打ち解けられるようこんな提案した。
「空いた空いた!行く行くついてく!」
スープという単語に釣られて、曇っていた御琴の表情も一気に明るくなった。
「そうこなくっちゃ!キミも行くでしょ?ホノカちゃん?」
御琴に便乗してホノカも小さく頷くと、ラインは満足そうに微笑むのだった。




