第四話:旅立ち
「……えーっと」
「この…………大馬鹿者ッッッ!!!!!」
ほら穴で一夜を過ごし、夜明けと共に下山したホノカを一番に迎え入れたのは、フロー爺さんの怒号であった。湯気を出す、彼の物さびしい頭が赤く染まって見えるのは朝日を浴びているからか、それともまた別の理由か——
「お爺ちゃん落ち着いて!あんまり怒ると血管切れちゃうわよ!」
「こんな老いぼれの体なんぞどうでもよいわ!!!どれだけ心配したことか!!!!」
フローはホノカの親代わりの存在である。過保護であることが玉に瑕だが、孤児だった彼女を引き取り、実の親子にも劣らない愛情を注いでくれた人物だった。
「……ごめんなさい」
「噂を流す方も流す方じゃ!!!『テウメ山』のことなど忘れろと、再三言ってきただろうに!!!!」
見張り番の凸凹コンビを横目に、フローは杖を地面に叩きつけた。冷や汗を流しながら顔を見合わせた二人は、すぐさまフローに平謝りに謝った。
「す、すんません爺さん……最近ここの人通りが減ったんで、ちっと変わった噂を流せば……」
「人も仕事が増えて、俺らの給料も上がるかなー…………なんて、軽はずみなことを……」
「そんなに給料上げて欲しけりゃワシに直談判せい!!こんなことになるくらいなら、今の五倍にも十倍にもしてくれるわ!!!!」
冷静さを失い、駄々をこねる子供同然になったフロー。
「……ん?何じゃ!?離せい!!!離さんかい!!!!!」
ホノカと御琴は二人がかりで担ぎ上げ、彼を自宅まで運んで行った。
「落ち着いた?」
「ああ、なんとか……さっきは見苦しいところを見せて悪かったな…………」
「そんなことないわよ、元はと言えば私が悪いんだし……」
俯いたホノカの頭に、フローの大きく不格好な手が置かれる。
「あ……」
畑仕事でささくれた刺々しい指先が少し痛かった。しかしそれ以上に、ホノカにとっては唯一と言える家族の温もりの方が大きく感じられた。
「お爺ちゃん…………私、私……っ!!!」
「怖かったじゃろう……もう大丈夫だ」
しゃくりあげるホノカに、それを優しく受け止めるフロー。——小さな親子喧嘩は、無事終結した。
「よかったね、ホノカ」
一部始終を見届けた御琴は、そう呟いて立ち上がると、席を外すため台所の方へと入って行った。
「つ、い、で、に〜腹ごしらえしちゃおっと」
邪な笑みを浮かべた御琴は、お菓子の箱を見つけ出すと、棚の陰に隠れてその中身をむしゃむしゃと食べ始めた。
「ちょっと御琴!何どさくさに紛れて盗み食いしてんのよ!?お腹が空いてるのはわかるけど……」
御琴はバレないようにしていたつもりが、匂いに敏感なホノカに一瞬で悪事を暴かれてしまう。
開き直った御琴は、逆に二人を元気付けようとボケに徹した。
「食べる?」
「食べる?、じゃないわよもう!」
涙を拭い、安易にボケに乗ろうとはしないホノカだったが
(ぐうううう~)
体は正直だった。御琴が差し出した焼き菓子をひょいと取り上げ、ホノカは真っすぐに口へと運んだ。思いの外美味しかったのか、お菓子を箱ごと奪い取ると、ホノカは中身を吸い込むようにたいらげてしまった。
「あーあ、私のお菓子が……」
「何言ってんの!これは私のよ!!」
肩を落とし落胆する御琴に、ホノカがぴしゃりと言い放つ。
「いやそれ……ワシのなんだがな」
少々たちの卑しさに頭を抱えながらも、フローは戸棚の奥からさらなる箱を取り出す。そしてホノカと御琴に一つずつ手渡してやるのだった。
「つまりお前は……その娘と一緒に旅に出る、と言うんじゃな?」
フローは背もたれに身を預け、真剣な眼差しでホノカに尋ねた。
(ギギィイイ……)
フローの古椅子が軋みだす。この音と共に彼が指を組み始めたら、彼が本気で悩んでいるサインだとホノカは知っていた。
「うん!御琴は私を助けてくれたから、力になってあげたくて!」
ホノカは迷わず首を縦に振った。己の冒険心だけではく、初めて出来た友達への恩返しも兼ねているのだから、フローもきっと納得してくれるだろう、と。
「いつかこの日が来ると分かってはいたが…………まさか、それがこんなにも早いとは……」
フローの瞳は潤んでいた。それを悟られないため、彼はお茶を一気に飲み干し、むせ返っているふりをして見せた。
(お爺ちゃん……)
フローはこういった演技にとんと疎い。ホノカはすぐに嘘だと見抜いたが、彼の心情を汲み取り、あえて触れずにおいた。
「旅が終わったら、必ず戻るって約束する!ほんとよ!」
「それまで……ワシは生きてられるかの?」
「縁起でもないこと言わないで……っ!」
ホノカはフローの手の甲をぺちと叩いたが、彼女の目にも涙が浮かんでいた。
「はは、冗談じゃよ……御琴とやら、こっちに来なさい」
「はーい!」
明るい返事をした御琴だったが、内心何を言われるか気が気でなかった。自分が孤独な老人から、たった一人の愛娘を奪ってしまったのではないか。そう思いながら、恐る恐るフローの前に立つのだったが
「記憶が無いのはさぞ辛かろう……だが、どうかこれだけは覚えていて欲しい……お前はもう一人じゃない、ホノカもワシもついておる!『モナク』に足を踏み入れたんだ、お前ももう村の一員……家族の一員じゃ!!!」
「……っ!!」
この老人は孤独などでは無かった。むしろ、自分の方がよっぽと孤独だったのではないかと気付かされた御琴は、咄嗟にフローに抱き着いた。
「ホノカを助けてくれてありがとう……あの子をよろしく頼むな…………」
「……うんっ!任せて!!!」
空元気でない、心からの声で御琴は返事をする。そしてフローの胸元を離れ、ホノカと手を取り合い、喜びの声を上げた。
長らく整備されてない砂利道は、フローが手配した、ぼろの幌馬車をガタガタと揺らす。夜空に輝く小さな星々はまるで、旅の最初の目的地『スーゼファルカ』を指し示しているようだった。
「村……見えなくなったね」
「そうね……お爺ちゃんのくれたパスポート、ちゃんと使えるといいけど」
ホノカはパスポートの裏表を見返す。
「ね!『スーゼファルカ』ってどんなとこ?」
そんな彼女に、御琴は食い気味に質問を投げかけた。
「あんた本当に何も知らないのね……いいわ、私が教えてあげる」
風と<不羈>の国『スーゼファルカ』——までの道のりで、二人の少女が退屈することは無さそうだった。
ホノカは自身の知っているありったけの知識を、夜通し御琴に教えてあげるのであった。




