第三話:君が見つけてくれたから
「うん、それがどうかした?」
何の躊躇いもなく、御琴はあっさり認める。
実は自分の見間違いでだったのではないか、などとホノカが考慮した可能性は一気に崩れ去ってしまった。
(なら絶対魔法よね?でも……氷属性なんて聞いたこともない…………)
頭を悩ませるホノカだったが、このままでは話が進まないと判断し、即座に質問を変えた。
「ねえ、故郷はどこ?名前を聞いた感じ『慧雲』の人っぽいけど」
『慧雲』とは、『リリー大陸』の極東に浮かぶ島国のことだ。特徴的な姓名の順から、ホノカは御琴の出身を導き出したつもりだったが
「うーん……どうだろ?」
彼女の曖昧な返事を前に、思考回路は完全にこんがらがってしまった。改めて、ここまで自分が御琴の正体に何の疑問も抱かずにいたことが、ホノカは不思議でならなかった。
「御琴、あなた一体何者なのよ?」
しかし、彼女の何気ない問いかけは御琴の表情を曇らせた。
「あ……その…………」
それに気付き、ホノカは慌てて質問を取り消そうとする。一方の御琴は首を横に振り答える。
「私はただの御琴…………今はそう言うふうにしか出来ないんだ……だってホノカがほら穴に入って来る前までのこと、なーんにも覚えてないから……」
御琴の口から明かされた衝撃の告白————彼女自身が記憶喪失であると言う、予想だにしていなかった内容に、ホノカはありとあらゆる動作を止めるのであった。
間もなく再起動したホノカの脳みそはある結論を導き出していた。
(御琴は私がここに来た時起きてたってこと!?待って……?ひょっとして……っ!!!)
ホノカの身を包んでいた薄氷。仮に御琴が創ったものなら、自身の炎属性で寒さに強いことを除いても、体温が酷く下がっていなかったことにも納得がいく。
(事前に表面だけ凍らせて、外の刺激から私を守ってくれてたの?)
さらに、目覚めと同時に潔く砕けたことも、人工的な産物であったことの裏付けだと言えた。
「なかなか言い出すタイミングが見つけられなくて……別にホノカを騙そうとしてたわけじゃないんだよ!!誓ってほんと!!!」
御琴はばつが悪そうに頭を掻いて弁解をしている。一方のホノカは、そんなことにはお構いなし。御琴こそ命の恩人だと早合点をし、力いっぱい彼女に抱き着いた。
「ええぇ……っっ!!!どしたの急に!?」
「ありがとうっ……!!!本当にありがとう!!!」
からんからんと音を立て、御琴の手から空の氷製の器が転げ落ちる。突然の抱擁に戸惑う御琴。ホノカは自身の推測を、懇切丁寧に恩人へ話して聞かせた。
「御琴が私を助けてくれたんでしょ!?あんたは命の恩人よ!!!!!」
「恩人だなんてそんな!……耳心地は悪くないけど」
ホノカは、御琴が自身の救命の英雄だと言う考えを曲げなかった。当の御琴も満更でも無さそうに、頬をかき氷のベリージャムのように赤らめている。
「ねえ!これからどうするの?ねえってば!!」
感情を抑えきれないホノカは、御琴の肩をぐいぐいと揺さぶって今後の予定を尋ねた。唐突な質問にまたまた動揺しながらも御琴は答える。とりあえず下山して、気ままにその辺をぶらぶらするつもりだと。
「記憶探しの旅をするのね?私も一緒に行かせてよ!……友達としてのお願い!!!」
遭難で死にかけて、懲りたかと思われたホノカの冒険心は未だ健在だった。——それに、元より刺激的な生活を求めていたホノカは、気の合う友達との関係を一晩限りのものにしたくないと思っていた。
「え、本当?全然大歓迎だよ!」
御琴も一人っきりの旅は毛頭考えていなかったようだった。ここで出会ったのも何かの縁、右も左も分からない自分の代わりにガイドをしてほしいと、御琴はホノカに頼み込んだ。
「よし決まり!私たち、きっと良いコンビになれるわ!!!」
一緒に居たい気持ちと利害関係が互いに一致したため、共に『リリー大陸』を巡る約束が二人の間に交わされた。
「それにね……私にとってはホノカも恩人なんだよ?君が見つけてくれなかったら……私はずっと一人ぼっちだったかもしれないから」
恩人と呼ばれながら不意に手を握られ、ホノカも段々照れ臭くなってくる。——こんな感覚、彼女は今まで感じたことが無かった。
「あ、見て!山の天気も良くなって来たんじゃない?……私たちの気持ちが晴れたからかな?」
はにかんだホノカは、ごまかすようにほら穴の外を指差す。彼女の言葉通り、あれ程荒れていた吹雪はいつの間にか止んでいた。
太陽はとうに沈み、真っ暗になったほら穴に月明かりが差し込む。つやつやと輝く月光は、かけがえのない友情を育んだ二人の顔を、優しく照らし続けるのであった。




