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第二十三話:理不尽な強奪

 ————昔日のとある夜。


「じゃあ、お父さんとセルゲイをよろしくね」


 カーチャ・リリスは咳が止まないため、街の名医オーブラ・()()のもとに向かおうとしていた。


「うんわかった!」


 まだ幼かった娘のナシュイは、素直に快諾して母に抱き着く。夫のアリオール・リリスと従者のセルゲイもそこに加わり、三人でカーチャを送り出した。




 ————それから間もなくして、悲劇は起こった。


(あつい……まぶしい……)


 ()()()()な輝きの仕業か、異様な()()の仕業か、どちらが原因で目が覚めたのかナシュイは分からなかった。


(……だれ?)


 一体いつ家に入って来たのだろうか、ぼやけた視界には見知らぬ人ばかり。


(ううん、わたしが家の外にいるんだ)


 燃え(たぎ)る炎を前にして、ナシュイはようやく自分が置かれている状況を理解した。


「やっと気が付いた……!体は平気!?」


 起き上がったナシュイを覗き込む少年、ラードゥは顔をすすだらけにしていた。


「中からすごい風が起こってね、君だけ外に放り出されたんだよ!」


 そんなことが出来るのは父しか居ない——ナシュイがそう考えた束の間、凄まじい音を立てて木造の柱が崩れ落ちた。黒い煙は夜空を覆い隠し、家の窓からは青白い炎が噴き出した。


「おとーさんッッッ!!!!!セルゲイッッッ!!!!!」


 居ても立っても居られなくなったナシュイは、ひどく狼狽(ろうばい)し、周囲の反対を振り切って炎の中に飛び込もうとする。


「危ない……っっ!!戻っちゃダメだっっっ!!!」


 慌ててラードゥが飛び出し、必死にナシュイをせき止めるも、彼女の慟哭どうこくは止まらなかった。


「だって……ッ!だって二人がまだ…………ッッ!!!」


「分かってる!でも……今はどうすることも出来ないんだ!!!」


 この炎では、仮に他の誰かが助けに入ったとしても、間違いなく共倒れになってしまうことは明らかだった。ラードゥをはじめ、救助に駆け付けた人々はやるせない気持ちに苛まれていた。




 鎮火後、アリオールとセルゲイは、判別が困難な程全身が焼けただれた状態で発見された。間もなく病院に運ばれる二人であったが


「ガヤ先生!おとーさんたちを助けてッッ!!!」


「パパ、リリスさんを連れて来たよ!ひどい火傷(やけど)なんだ!!早く開けてあげて!!!」


 何度扉をたたいても、中からオーブラが出てくるのことは無かった。


「わたしならここをくぐれるからっ!……待ってておとーさん!!!」


 ナシュイは涙を堪え、懸命に訴える。——しかし耳が潰れたアリオールはただ、しゃがれた声で唸るだけだった。


「わたしが()()()にがんばらないと…………っ!」


「ああ、ちょっと!」


 何としてでも、父とセルゲイを助けなくてはならない。その一心で、ナシュイは窓から院内に忍び込んだ。


(べちゃっっっ……)


 着地した瞬間に響く、粘り気のある不愉快極まりない音。ナシュイは足の裏をなぞった。


「なにこれ……()みたいな匂いがする……」


 指先に付いた物質が何なのかは、暗くてはっきりしなかったがこれだけは分かった。

 嫌な予感がし、ナシュイは辺りを見渡す。一面に広がる()()()だった。そしてそこには、うつ伏せに倒れている女性の死体があった。


(まって、そんなのって)


 見知った死体に面影を感じたナシュイは、恐る恐るその名を口にする。


「おかーさん…………?」


 女の正体は他でもない、カーチャ・リリスだった。


「そんな……どうしてッ…………どうしてッッッ……!!!!!」


 死体の首にはアイスピック深く刺さっていて、悪意あっての殺人であることが明らかだった。




「大丈夫?中で何があったのかい!?」


 帰りが遅いのを心配したラードゥが続いて院内に入ってくるも——惨たらしい遺体を見て、彼も言葉を失った。

 衝撃的な光景に、二人は激しい吐き気を催す。————もう、何が何だか分からなかった。


「アリオールさんッッッ……!セルゲイさんッッッ……!しっかりして下さい!!!」


「…………駄目だ……二人はもう」


 追い打ちを掛ける話し声に、愛する家族の最期に間に合わなかったのだとナシュイは痛感させられた。


「なんで……なんでなんでなんでッッッ!!!!!!」


 たった一夜の凄惨な出来事は、幼いナシュイとって、あまりに酷なものであった。彼女も、彼女の家族も、これまで真っ当に生きてきた。非の打ち所がない、愛に満ち溢れた家族だった。


「パパ……どうして…………」


 そして、突如として姿を消したオーブラ。医者として多くの人々を救った筈の彼が何故、このような形で禍根を残したのか。——父を深く尊敬していたラードゥにはまるで理解が出来なかった。

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