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第十六話:二つの友情

 鈍い音と共に、ネジはナシュイの足元に転げ落ちる。その場に居合わせた全員が、己の血の気が引いていくのを感じた。


「ははははは!あーお腹痛い、きつく締めたらこうなっちった!大丈夫か?」


 腹を抱えながら、ラードゥはわざとらしく心配の言葉を投げかける。


「最っ低……」


 事のあらましを知っているホノカは、故意に友達を傷付けようとした彼に強い嫌悪感を示した。


「そんな怖い顔しないでよお嬢ちゃん、真面目ちゃんとは長い付き合いなんだ!これくらいじゃあ彼女も本気で怒りはしないさ!」


「ああそうだな、お前の言う通りだ」


 ナシュイはにこやかに返事をし、ラードゥの肩にぽんと手を置いた。


「ほーらね?真面目ちゃんはこう見えて優し……ぐぉっっ…………!」


 ラードゥのみぞおちにナシュイが蹴りを入れ、声も上げずに彼は倒れ込んだ。その間、ナシュイは終始冷たい笑顔を崩さなかった。


「あらら可哀そう、自業自得だけどね」


 普段温厚な御琴ですら冷たく吐き捨てる。ラードゥの悲惨な末路を見届けた他の者たちは、一層気を引き締めて訓練に励むのだった。




「駄目だ……俺なんかにはまだ早かったか……」


「やっぱり飛べなかったわ……」


「最初から成功する者などいない!すぐには上達せずとも、必ず成し遂げられる筈だ!さあ、もう一度!!!」


 ナシュイが鼓舞し、訓練生たちは再び空へ舞い上がる。彼等が現在訓練しているのは、上昇の仕方であった。


「ナシュイー!!!見て見て!私浮かべてる!?これ浮かべてるの!?」


 風の流れに乗ってデタラメに翼をばたつかせ、(かろ)うじて宙に浮いている御琴。そんな彼女の健気な姿にナシュイも頬が緩んだ。


「ふふ……御琴は呑み込みが早いな、だが、そんなにバタバタしなくても浮けるぞ!」


 華麗に地面を蹴り上げ、ナシュイは模範的な飛び方を実演して見せた。風神お墨付きの()()なだけあって、彼女は無駄な動作一つ無く、最小限の動きで宙に浮かんでいた。


「こう?おお!何かコツが掴めてきた気がする!ふぅ~!!!」


 ナシュイの評価は正しかった。——これは決してお世辞ではなく、実際に訓練生の中で、御琴の飛行技術は卓越したものであった。


(なんであんなに飛ぶのが上手なの?…………もしや、御琴ってスーゼファルカ人!?)


 ホノカの中で単純な疑問が浮かび上がる。


(いや……いくらあの子の記憶が無いからって、ここまでいろいろ見て思い出さないってことはないか……)


 しかし『スーゼファルカ』入国前夜の会話が蘇る。——所在はおろか国名まで知らず、まるでそんな国があるなんて初めて聞いた、と言わんばかりの彼女の姿が。御琴がスーゼファルカ人、という安直な考えはすぐに捨て去られてしまった。


「考え過ぎか、今は目の前の訓練に集中しないと!……なんだけど、おえッ…………」


 ホノカもホノカで精一杯だった。地に足が付いていない、出来ればもう二度と味わいたくないと願っていた感覚がホノカに吐き気を催させていた。


「大丈夫、ホノカ?」


 真っ先に、口を押さえるホノカに気付いた御琴は翼を畳み、ホノカの背中を優しくさする。


「御琴……私のことはいいから、自分の訓練を……っ!!」


「ううん、最近ホノカに迷惑かけてばっかりだったもん!……私、いつも一人で突っ走っちゃうけど……やっぱり一番大切なのはホノカだから!」


 ホノカは喉奥から、色々な()()が込み上げて来るのを感じた。しかし彼女はそれをグッと押さえ、御琴の気持ちに応えた。


「迷惑だなんて一度も思ってないわ、ただ御琴のことが心配なだけ……これって勝手かな?」


「……いや、全然!」


 互いに手を取り合い、ホノカと御琴は微笑んだ。


「二人は本当に仲が良いんだな……」


 (うるわ)しい友情を見たナシュイ。


(それはそうと、()は用意した方が良さそうだが……)


 割って入るのも野暮(やぼ)なものだと身を引き、鞄の中をあさり出した。


「友達っていいモンだねえ、なあナシュイ……?」


 一連の流れを見て何を思ったか。先程まで空気のような存在だったラードゥが、呟きながらナシュイの肩に手を回してきた。


「お前がその調子なら、私たちの関係が戻ることは無い」


 一方のナシュイはスキンシップを物ともせず、肩に置かれた手を素っ気なく払い除ける。


「…………ッ!」


 お調子者のラードゥも流石に(こた)えたのか、これ以上食い下がることなく黙り込んだ。


「…………今は訓練に集中しろ」


 ナシュイは背を向け、訓練生の指導のために、ラードゥのもとを去って行く。そして一日の訓練が終わるまでの間一度も、互いに言葉を交わすことは無かった。

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