第十話:<強欲>
「それでは最終試合、スタートオオオォオォォオ!!!!!」
司会者が叫んだ刹那、競技場全体の人々の足が浮かび上がる突風が巻き起こった。
「しまった………ッ!!」
遅れを取った他の出場者たちは悔しげに次々と飛び立って行く。
「あーっと!ついにベルギア様のかげんが効かなくなってしまった!!!」
——突風の原因は何を隠そう、あのベルギアだった。毎年、これを凌いだ者から最終試合の出場権が与えられると言っても過言ではなかった。
「見てホノカ!あの風神、もう城の方まで行ってるよ!!!」
魔晶石に映し出された、全てをごぼう抜きにするベルギアを見て、ホノカは息を呑んだ。冷たく乾いた風がベルギアの頬を掠め、絶えず生傷を作る。どの出場者もそれは同じだが、彼の素早さでは尚のことだった。
「一体、何のためにあんな………」
そこまでして王者の座に拘る理由が、ホノカには分からなかった。
「これも……彼なりの贖罪なんじゃないかな?」
ラインは意味深長に答えた。
(贖罪?それってなんの?)
聞き返そうとしたホノカを妨げ、ラインは続ける。
「エレーナ……って名前、時々聞かなかった?彼女は『スーゼファルカ』の初代風神なんだけど今は…………」
「流石は我等がベルギア様ッッッ!!!瞬く間に『レナ』を一周し、先頭を切って『スメルチの谷』に入ったあぁあ!!!他の出場者もベルギア様に続くッ!!!ここが一番の難所だぞ!!さあどうなるッッ!!!!!」
耳をつんざく様な実況の声と、大盛り上がりな観客たちの歓声で、ラインの声はもみ消された。
「この話はまた今度にしよっか」
ラインは首を横に振り、何でもないと言わんばかりの表情をした。
(そんな顔されたら余計に気になるじゃない)
しかし、続きを聞くのは試合が終わってからでも大丈夫だろう、とホノカは開き直った。そして御琴の目を盗んで、彼女のパンをいくつか口に運んだ。
「あー!私のパン取らないでよー!!!」
————舞台は変わって『スメルチの谷』。年に一度の【ディエーヴァ】だと言うのに、谷は生憎の雨であった。
「何ということだ!だが……こんなことではこの俺様を止められやしないぞ!!!」
雨粒がベルギアの羽を撫でるように濡らす。
(…………シュッッッ!!!!!)
そこに紛れた一本の風の矢が、天気に気を取られていたベルギアの背をすり抜けていった。
(何……ッ!!!)
思いもよらぬ襲撃に戸惑いを見せるベルギアだったが、彼が振り返ることは決してなかった。
「…………はあ……はあ……私だって………私だってッッ!!!!!」
矢を放った二番目の走者は、拳を握りしめた。
いつまでも誰かの二番煎じでなどありたくない、いつか自分の存在を認めさせてやりたい。そんな強い思いが、彼女の手元を狂わせたのだ。
「私は……何て真似を…………!」
苦悶に満ちながらも、少女がさらに加速をしたその時
(ヒュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…………)
谷全体に風が吹き渡った。その音はまるで——生物の息吹のようだった。
(ヒュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…………)
大きな衝撃音は崖を崩し、岩峰からの落石がレースの参加者に襲い掛かる。
「俺様は『スーゼファルカ』の主だ、例えライバルとて見過ごせん!!!」
ベルギアの羽から風の刃が放たれ、人々に降りかかる全ての岩々が打ち砕かれた。
それでも完璧に被害を防ぎ切ることは出来ず、確認したところ数名、岩の欠片によって負傷してしまったいた。
「今は負傷者の救助は最優先だ!!!せっかくの【ディエーヴァ】中にすまないが、怪我のない者は彼らの手助けをしてやってくれ!!!」
長年、『スメルチの谷』でこうした災害は起こっていなかった。これからも起こらない、その筈だった————
「何が起きてるの!一体どうしたっていうのよ!?」
「魔晶石が暗転して何も見えないわ!!」
競技場は大混乱に陥っていた。落石により、試合を中継していた魔晶石がやられたのだ。
「皆様どうか落ち着いて!只今、魔晶石に整備士を向かわせますので!!!」
司会者が何とか場を宥めようとするも、その全ては徒労に終わった。
「ホノカはさっきの音聞こえた?あの、ヒュウゥゥってやつ」
「聞こえたわ!なんか不気味だったよね」
「私あの音が原因だと思う!それにほら……あの音、近付いて来てる気がしない?」
ホノカと御琴は耳をピンと立て、聞こえる音すべてに耳を澄ませた。観客の騒ぎ声、ドタバタする足音、数多の雑音に紛れて——僅かに聞こえるあの音があった。
(ビュウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!!)
瞬間、『スーゼファルカ』中を途轍もなく大きい嵐が包み込んだ。
「きゃあああああ!!!!!」
人々の悲鳴があちこちから聞こえる。それと同時に、御琴の頭に激痛が走った。
(痛い……どうして……っ!?)
その場で頭を抱え込む御琴を心配し、ホノカは彼女の肩を押さえた。
「御琴!ねえ御琴ってば!大丈夫!?」
「だ、大丈夫……心配しないで…………」
例の音はより近くで聞こえるようになった。不審に感じたホノカが空を見上げると——
「危ないっ!!!!!」
(ビュッッ!!!ドゴオオオォォォォォッッッ……!!!!!!)
ラインが身を挺して二人を押し出し、自らも身を伏せた。三人が先程まで座っていた場所には、暴風で吹き飛んだ建物の残骸がめり込み、大穴が開いていた。
「ライン!大丈夫!?」
「大丈夫、ちょっと掠っただけ……それよりアレ!」
ラインが指差した先を、ホノカと御琴は目で追う。
「何……アレ…………?」
上空に浮かぶは音の主、この嵐の元凶——いや、アレそのものを嵐と呼ぶ方が正しいのだろう。
「皆、無事か!?」
ベルギアの聞き慣れた声が競技場の悲鳴を打ち消した。一番に戻って来た彼を、本来なら総出で讃えるべきだったが、今はそれどころではない。
絶対的君主の姿を見て、安堵の表情を浮かべる人々に、彼はこう告げた。
「皆、落ち着いて聞くのだぞ!!!アレは………七叡星の<強欲>だ」




