異世界配信-異世界で初めてのジョブ「配信者」になりました-
魔法が使える。
この世界では至って普通のことでしかない。
前の世界で事故ったらこの世界に飛ばされた。まぁよくある異世界転生というやつだ。
それで魔法が発展している世界へ飛ばされた。
もっとも、それ以外の文明はと言うと、最新の科学は蒸気機関というスチームパンクな世界だ。
インターネットもない。そのため、俺が前の世界で専業にしていた配信活動も出来る訳がない。
一応電話とラジオはあるが、高価だ。当然我が家にはそんな上等なものはない。
家はというと、レンガ造りでどこか絵本の中の世界を思い起こさせる。この感覚は嫌いではない。
「クルツ、また仕事が入ってるみたいだぞ」
父親が言うが、少し頭を抱えていた。
この世界での俺の名前はクルツと言う。
俺はこの世界で生まれ育った村の中では上等な魔法使いとして過ごしている。
初めて魔法が使えたとき、俺は心底驚いた。
それもそうだ、空気から突然水を生成したり風を起こしたり出来るのだから。前の世界ではVRやらRPGでしか出来なかったことが現実に出来るのだ。
だが、その驚きも最初だけで、次第に魔法を使うことには慣れていった。大なり小なり周囲では魔法を使って過ごしているのが当たり前の世界に転生したのだから、慣れるのは存外に早かった。
そんな魔法使いの俺の仕事だが、村の中のギルドからの依頼をこなして過ごしている。
と言われても魔法を用いてのモンスター退治などではない。第一この世界にモンスターはいない。それだけはホッとしている。
野生動物の狩りなどは『ハンター』というギルドから公認された『ジョブ』持ちの役割だ。
かくいう俺も、ギルドに属している。
この世界のギルドは役場のようなものだ。各地区にギルドがあり、そのギルドがその人の特性に合わせて複数のジョブを提案し、それを人は選択して仕事をする。
俺はと言うと魔法の素質が認められて『魔術師』というジョブが与えられている。
特に俺の場合範囲の指定が非常に上手いようで、ピンポイントから超高域まで魔法を用いることが出来る。
しかもそれは他人の魔法にも干渉できる。だから他の魔術師がより広範囲の魔法が必要なときなどにもサポートで回ることも多い。
「そんな魔術師クルツくん、今日のお仕事リストはこれです。どれ選ぶかなー?」
幼馴染のリタが、俺がギルドに来るなり依頼のリストを見せた。
その後メガネをくいっと上げる。それも得意げに。
リタも魔術師としての能力は一級品だが、リタはギルド受付のジョブをもらった。
何しろリタは昔から頭が良かった。魔術の腕は俺とほぼ同列だが、学校のテストの成績では勝ったことがない。
しかもリーダシップもあるし、物の整理がとにかく得意だ。
頭に表計算ソフトや仕事の管理ソフトでも入ってるのかって最初思ったくらいだ。
そんなリタが丁寧にまとめた表にはギルドからの依頼が山程書いてある。
特に最近俺のような魔術師に多い依頼は農業などのインフラ整備の仕事だ。
ここのところ日照りが続いていることもあり、雨を農作物に降らせてほしいとの依頼が多数入っている。
ふと、目に止まった依頼があった。
「リタ、この依頼は?」
その依頼を指差す。
魔術師広報依頼、というものだった。
「あー、これね。なんでも魔術師が不足してる、っていうかなりたがる人が少ないもんだから、そのアピールできないかって依頼。なんでも全国のギルドにはっつけてるらしいよ」
「で、こんな村にも回ってくるってことは」
「成果上がってないんでしょうね。魔術師の前で言うのはなんだけど、魔術師の仕事ヘビーすぎるのよ。そのくせに待遇は普通のジョブとそんなに変わらないんじゃ、そりゃ来ないわ」
「だからお前選択しなかったのか?」
「そゆこと。それに元からこういう事務職の方がいいなって思ってたし、第一投影魔法なんて変な魔法使えるからって、役に立った試しがないし」
そう、リタが一点、俺に魔術師の素質で勝っている点がある。
投影という極めて珍しい魔法を使えることだ。こればかりは俺も扱えない。
建物のガラスなどに自分の見えているものすべてを映す、という魔法だ。要するに魔法を用いて人間の目をカメラにする、といことだ。
しかし、この魔法は範囲を指定出来ず、周辺すべてのガラスに見たものを映してしまう。
相手からすれば見たくないものを見させられたりもしかねないのだ。
過去に投影魔法を試したら学校での授業の光景が村中のガラスというガラスにずっと映し出されていた逸話もあり、結果俺達のクラスだけ強制保護者参観日になった。
そのこともあり、リタはめったに投影魔法を使わなくなった。たまに依頼のリストを周囲に見せるために使うくらいだ。
しかしそれですら範囲が大きすぎるため、滅多に行わない。
「アピール、か」
俺は小声でつぶやいた。
手がないわけではない。
だが、使えるかは実際試してみないとわからない。
「まぁいい方法なんてそんな簡単には浮かばないよ。とりあえず緊急の依頼で畑にだけ雨を適度に降らせてって、フランケルのおじさんから」
「わかった。その依頼受諾するぜ。ただ、一つ手伝ってほしいこともある。リタ、ちょっくら付き合え」
俺は依頼書リストに受諾の印を押した。
リタの方はというと困惑しているが、ギルド長に許可をもらって依頼のあった畑へと向かった。
畑には育ちかけの麦がなっているが、少し元気がないように見えた。
「で、畑に私まで来たけど、いったい何させる気?」
「リタ、お前投影魔法、まだ使えるか?」
リタがより一層困惑した表情を見せた。
「いや、そりゃ使えるけどさ、何に使うの?」
「お前の投影魔法、あれでアピール依頼もこなせるかもしれねぇぞ。三分使い続けるのは大丈夫だな?」
「そんな短時間でいいの?」
「むしろ短時間がいい。その間、俺を見続けろ」
前世の配信者としての記憶がここで一気に目を覚ましたのを俺は感じた。
リタが呪文を唱えると、リタの目が変わったのが見えた。
普段の彼女の金の目と違い、緑の目になっている。
投影魔法を働かせている証拠だ。
だとすれば、やるだけだ。
この世界で初めてとなる、生配信を。
そう思ったら、一分一秒でも惜しかった。
「はい、どうも。魔術師のクルツです」
頭に言葉が浮かんでくる。リアルタイムで脳に原稿を書き上げて、話す内容、要点、魅力となる点、それを絞り、単純化する。
大事なのはできる限り動くことだ。だから身振り手振りは多少オーバーに見えるくらいがいいと思った。
「皆さん、魔術師についてどう思われますか? きつい割に賃金が上がらない。それで不人気。うんうん、それは分かる。実際ね、今投影という極めて珍しい魔術でこれを生配信してくださってるスタッフの方も、魔術の腕は超一流、いや、俺よりすごいんじゃないかな? だけど、賃金問題で断念した。でもこの仕事はね、やりがい結構あるんですよ」
そういうと同時に俺は麦畑に入って麦を触れた。
「皆さんね、パンやビール、大好きでしょ? 俺も大好き、仕事の後は特に最高。そんな麦を作るために農家の皆さんは頑張っています。農家の皆さんには感謝しっかりしなきゃっすよ、皆さん。しかし、しかしですよ、麦がいくら水やりが少なくてもなんとかなると言われても、少なすぎると全部枯れてしまう。特に今年は日照りで雨の量が少ない。そうなるとみんな大好きなパンやビール、マジでなくなります。そ、こ、で、俺達のような魔術師が必要になります。今から実例見せますね」
言った後、目を閉じ、範囲を定め、空気中の水分子を操る。
すると、空は晴れているのに、畑の中の一部だけ雨を降ってきた。
範囲指定魔法を使うのも、魔術師ならこんなことも出来るとアピールする一環になる。
「そう、魔術師が定期的に水をやるのです。水分子を操ることで雨を降らせる。皆さん喉が乾いた時に無意識のうちに空気から水作って飲むこともあるでしょう。あれの応用ってわけです。つまり、意外に皆さん、知らず知らずのうちに魔術師になれる素質があるってことです」
畑から出て、投影しているリタを、いや、この配信を見ている者達を指した。
「難しそう? 魔術はコントロールさえ掴んじゃえば後は簡単! 魔術師はね、いわば皆さんの生命線の補助を行うジョブなわけです。確かに仕事はたくさんある。だが逆に言えば、それはみんなを支えているということ。そして何より、インフラ整備も仕事に入るから依頼に困ることはない。つまり安定した収益が確っ実に! そう、確実かつめっちゃ堅実に仕事が出来るということです! こうした安定した収益を望む方や魔法の使い方が少しでも上手いねと言われた方、マジで今チャンス! 魔術師不足してるから仕事は引く手あまたです! ぜひ興味を持った方、お近くのギルドまで! 以上、魔術師クルツの配信でした! バイバイ!」
そういった瞬間、リタの目が金色に戻った。
リタはポカンとしていた。
「ジャスト三分。よし、配信の腕は鈍ってないな」
「おいおい、クルツ、リタ! 今のはなんだ?! ガラスにクルツの様子とトークが延々写って三分で消えたぞ!?」
フランケルが驚いた様子で家から出てきた。
「俺なりの策だ。リタの投影魔法を用いてこの大陸中に魔術師の宣伝を配信させてもらった」
「はい、しん? ナニソレ? フランケルさん、聞いたことある?」
「いや、ないな。人生六〇年で初めて聞く言葉だぞ」
二人して頭を捻っていた。
「単純に前世で俺がやっていたことだ。ラジオあるだろ? あれの応用で、俺の様子をずっとリアルタイムで情報を流し続けたんだ。ラジオと違うのは言葉だけじゃなくて俺の動く様子も出てくるってことだな」
「確かに、動く姿が出てくればわかりやすいものね……。って待った。クルツ、さっきあんたこの様子大陸中に配信したって……」
「俺の範囲指定が上手いのは知ってるだろう。ぶっつけ本番だったが、出来ているはずだ」
あんぐりとリタが口を開けていた。フランケルもだ。
「つ、つまりあんた私の投影魔法の範囲指定に干渉したってわけ……?」
「そういうことだ」
リタが頭を抱えた。
「やばいよ、やばいよこれ……。これ絶対にクレームくるやつじゃん……。あー私クビだぁ……」
リタの顔がどんよりとしていた。
このリタの感情の上下幅の激しさは何なんだと思う。
「リタ、クルツ! そこにいたか!」
ギルド長がこちらに向かって走ってきた。それも結構焦った様子で、だった。
「ギルド長、どうしたんです?」
「どうしたもこうしたもあるか! 今の『はいしん』だとかいうのを見たって人の声がこっちに電話で殺到してる!」
「げ、クレーム……?」
「その逆だ! さっきのを見て魔術師のなり方を教えてほしいって電話がメチャクチャ鳴ってるんだ!」
俺以外の全員が、あんぐりと口を開けていた。
俺はと言うと、少しガッツポーズを小さくした。
上手くいったと、そう思った。
情報発信。それがないと人は食いつかない。
どこの世界でも、それは一緒だ。
この世界の情報の発信源は少ない。
高価なラジオや電話はある場所は限られているし、そうなると人づてに聞くしかなくなる。
だが配信ならば、誰でも見られる。誰でも今は一方通行とはいえ情報に触れることが容易にできる。
そうなれば自然と人は集まる。
それこそ、埋もれていた存在まで含めて、だ。
「じゃ、じゃあ、魔術師の広報、成功ってこと!?」
「そういうことだ! これから忙しくなるぞ!」
ギルド長がそういってから一週間、本当にいそがしかった。
村のギルドには多数の魔術師志望が訪れ、インターンのようになっていた。
俺は魔術師になるための魔法の基礎を教えたりもしたが、それ以上にギルド本部から、これまでにないジョブの登録が行われることになったのだ。
新ジョブの登録はかれこれ五〇年ぶりのことだから大騒ぎになった。
そのジョブには、リタもつくことになった。
投影と魔術、その二つが組み合わさって初めて出来るジョブなのだから。
そのジョブの名は『配信者』。
俺達はその配信者就任の模様を『配信者』ジョブ持ち自身によってリアルタイムで配信した。
これを提案したのは、意外にもリタだった。
新ジョブの登録儀式を全員で見られるチャンスだからと、進んで投影魔法を使うことを決めたのだ。
そこには投影魔法に困惑していたリタはもういなかった。
それも余計に注目され、魔術師と配信者になるにはどうすればいいのかという問い合わせがまた殺到した。
「やばいよぉ……。電話鳴り止まないよぉ……。クルツどうしよう……」
リタはまだ慣れてないのか、辟易とした顔をしていた。
「インフルエンサーはそうなるから、慣れろ!」
俺も俺で、想像以上に効果が出たことに驚いていた。
だが、まだ足りない。
この世界には、双方向通信システムが存在しない。即ち、過去に俺がいた世界のように配信の時に質問を受け付けるなどの対応ができないのだ。
俺は、今その研究に明け暮れている。
それと同時に魔術指南だ。
これは、寝付けなくなりそうだと、心底思った。
これが後に、全世界大配信者時代と呼ばれる、多くのインフルエンサーを作り出す時代の始まりになることを、このときの二人は知る由もなかった。
(了)