耳島の野菜屋
霧島酒店からオッサンの野菜屋に向かう途中、美月に紙と筆記用具を借りることを忘れていたことに気づく。
仕方ない、オッサンのところで借りることにしよう。
オッサンの店に到着すると、オッサンの店の前にオッサンとハイランダーたちが数人集まっていた。何事かと思っているとオッサンが俺に気づいたようで握りこぶしに親指を立てて、自身の背後の店を指した。中で待ってろってことか。
どもーとすり抜けるように店内に入る。朝ということもあって虹キャベツ、チンチロ苺、女王ニンニクなどのダンジョン産の野菜も揃っている。人気と供給が合ってないからすぐ売り切れるからな。
そうやって陳列された野菜を眺めているとオッサンが笑いながら戻ってきた。
「おう、すまんすまん。奴らは野菜の仕入れを頼んでいるハイランダーでな。
いつもは朝早くに来て、その時に発注するんだが今日から遠征するってんで引継ぎの人員と顔合わせしてたんだ」
「へー。彼らは有名なクランに入ってんの? 人が多いってことはさ」
「中堅どころって感じだな。総員が四十人ぐらいで事務員が三人だったか」
クランってのはハイランダーが所属する互助会みたいなものだ。所属しているハイランダーは日々の儲けを徴収される、その代価として税務処理やハイランダーとしての致命的な怪我を負った際に、セカンドキャリアなどの斡旋や功績に見合った退職金などを支給したりするシステムになっている。
俺の退職した職場の警備員のおじさんもハイランダー上がりで、ライバル企業に送られた不審者なんて片手でボコボコにしてたからなぁ。
おっと、思考が逸れた。この分ならオッサンに頼んだら人手なんてすぐ揃いそうだ。
「実はオッサンに頼みたいことがあってな」
「ほぉ、孫ならやらんぞ」
「まだまだ結婚するつもりはないし、アンタの孫娘はまだ四歳だろうが」
スキンヘッド筋肉達磨のオッサンからの遺伝子が流れているとは思えないかわいい子だけども。
「冗談だ。……面倒ごとか?」
コクリと頷く。
オッサンは眉間を揉んで、店舗の開き戸に掛けてある板をひっくり返した。
レジスターの置いてあるカウンターの向こう側にある椅子を二つ、手前側に持ってきて俺に座るように促す。大人しく俺はそれに座った。
「何をやってほしい?」
「メモとペン、それと買い物の代行。後は通信手段の当てを聞きたい」
「はぁ? それぐらい自分で……」
真剣な俺の顔を見たオッサンが言葉を止める。
オッサンはゴホンと咳ばらいをして、襟を正して俺に問う。
「何があったか教えろ。俺はお前の味方でいてやりてぇが、それでも超えられない一線はある」
一瞬悩むが、話さないことには前に進まないと思い、昨日からの流れを簡略化して説明する。
「ひょっとこのお面の話いるか?」
いらないけど全部話したほうがいいかと思って。
「相変わらず緩い頭してんなお前……。
わかった、お前の欲しいもんは全部こっちで揃えてやる」
やったぜ。これで俺が政府に捕まるリスクがグッと減った。
安心した俺を見てオッサンが大きな声を上げて付け足す。
「ただし! 家族に危険が及んだ場合はお前のことはバラす、これだけは理解しておいてくれ」
当然である。身内が一番大事に決まってる。
俺は首肯して、手を差し出した。
オッサンはその手を握り、きつく握手をした。
「違うんだオッサン」
「あ? なにがだ」
「紙とペンくれ」
紛らわしいわとオッサンは俺の手を強く叩いた。