到着、旧巣鴨商店街
巣鴨ブラックマーケットへ行くには俺の住んでいる地区からだと徒歩で一時間ほど、車でも二十分はかかる。俺は車を持ってないから徒歩しか選択肢はないのだが。
スマホもパソコンも置いてきたので記憶の地図をたどりながら歩く。通り道の廃れた商店街を冷やかしながら潰れそうな時計屋で外から時間を確認する。時刻は十四時、朝食を取っていないのでお腹が空いたな。空腹だと見つかったときに走れないし喫茶店にでも寄ろう。
少し歩き、客が二組しか入っていない喫茶店に入店する。大音量でモーツァルトの魔笛が流れている、人気のない理由はこれか。
二人掛けの席についてメニューを広げる。オススメと書かれた生姜焼き定食を注文した。
ウェイトレスのおばちゃんが大声で厨房に注文を伝える。BGMの音量下げりゃいいのに。
誰も見ていない隙にジェラルミンケースの中の封筒から現金を一万円だけ引き抜く。大金を持ってると思われると別の奴から狙われるからな。
スマホが無いので思ったより待ち時間が潰せない、せっかくなので日記帳を開く。新たな魔道具の設計図が出ているかも知れないし。
「生姜焼き定食お待ちでーす」
早い、もう来た。飯だ飯!
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結局、日記帳を開くことなく退店した。味は可もなく不可もなくって感じだった。BGMの音量を下げたら少しは客が増えるだろうな。
腹ごなしとばかりにゆっくりと商店街の外に向けて歩いていく。ここまででブラックマーケットまでの移動距離の全体の二十パーセントほど、先は長い。
商店街から住宅街、住宅街から線路を渡って別の住宅街、その住宅街から大型ショッピングモール、そして。
「つ、着いた」
実に遠かったがやっと辿り着いた。巣鴨ブラックマーケットに。
旧商店街の看板の下を通り抜けると、日光が差しこんではいるが日中なのに仄暗いアーケードが姿を現す。
巣鴨ブラックマーケットはダンジョン化の稀有な事例の一つで、商店街自体がダンジョンに丸呑みされた特殊な土地だ。
丸呑みされたがダンジョン化の効果は薄く、魔物・モンスター・クリーチャー、呼び方は何でもいいが彼らが一切出ない。つまり魔石が回収できないので旨味が全くないダンジョンになってしまっている。
また、電化製品は使えるが電波は届かない特殊な地形になってしまっているので多くの人は別の場所に逃げだし、後ろ暗いものを背負った輩や盗品や掘り出し物を狙ったハイランダーが訪れるブラックマーケットに成り下がったのだ。
とは言ってもだ、ここの顔役のオッサンは悪い奴じゃないし、トチ狂った本当の悪人は力技で叩き出されるので意外と治安がいい。まずはオッサンに挨拶に行こうか。
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「おっすオッサン。元気にやってるかい?」
「おお、タカボン! 久しぶりだな!」
俺が挨拶をしたオッサンは『青果耳島』の店長である耳島だ。巣鴨ブラックマーケットの顔役でもある。低位のハイランダーたちと契約してダンジョン内の果実や野菜を取り扱っている剛の者。
「急にどうした? マスカレードポテトは注文してくれないと在庫にないぜ?」
マスカレードポテトとは俺の大好物である十勝ダンジョン産のジャガイモである。仮面の形をして木に成り、熱すると少々の辛味を持った味になる不思議なポテトだ。
万が一置いてあったら購入しようかと思ったが先手を打たれたな。北海道からこっちに持ってくるのも手間と金がかかるし普通は置いているわけないんだが、手に入らなくてとても残念だ。
「ポテトも欲しかったけど、実はここに引っ越したくてね」
「あん? お前さん大企業に務めてなかったか?」
辞めたと告げるとオッサンは声を上げて大笑いした。何が面白いんじゃ。
「相変わらず面白い突飛な行動ばっかするなお前は! いいぜ、霧島の横道をまっすぐ行くと誰も住んでねぇアパートがある。好きに使え」
ポイっと鍵を投げ渡される、話が早くて助かる。
「サンキュ。今度なんか持ってくるわ」
「気にするなよ。俺のとこの野菜を買ってくれればいいさ」
気持ちのいいオッサンだ。慕われるのもよくわかる。
鍵を握ってオッサンに礼を言って退店する。目指すは霧島酒店、オッサンの店から大体百メートルのところに位置する店だ。