華麗なる退職
「退職します」
「はい?」
ふと告げられた俺の一言に課長は固まった。
「正気かい?」
「はい」
「会社に不満でも?」
「いえ、給与もよくホワイトで素晴らしい会社だと思います」
「では何故、退職希望を?」
俺は息を吸い込み。告げた。
「Btuberになるためです!」
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Btuber。正式名称、BarbarianTuber。人々が未開のネタを求めて動画を配信するアメリカの企業が運営するサイトだ。
登録者や再生時間などに応じて収入が得られて、一攫千金を狙う若者たちが挙って動画を投稿していたりする。
俺はこのサイトで一旗揚げるために会社を辞めたのだ!
無論、勝算なく退職するなどアホのやること。だが俺は強力な武器をすでに持っている!
ダンジョンで稼働するビデオカメラだ!
世には俗にダンジョンと呼ばれるものがある。
山の奥だったり、逆に都心のど真ん中だったり。そんな場所にはた迷惑にも現れてしまうものをひっくるめてダンジョンと呼ぶのが世界の共通認識になっている。
それらの共通点は、まず体積が見た目と比例しないこと。入り口は普通のコンビニの自動ドアだが中はコンサートホール並みに広いなんてのはザラだ。次に中に入ると一切の電子機器が使えなくなること。これが致命的で携帯が使えなくなることはもちろんのこと、懐中電灯等の照明器具も使えないので、ダンジョン攻略を生業にする者たちは昔懐かしのランタンや松明で攻略している。
注目すべきはここだ。俺はダンジョンでも動くビデオカメラの作り方を知っている。つまり世界で唯一のダンジョンを撮影できる人間でもあるのだ!
俺たち一般人はダンジョン内部を伝聞や絵描きが描いたイラストでしか知らない。記録を撮るためのものが使えないので当たり前のことだが、同時にダンジョンに興味を持っている人間も多い。
そこでBtubeで動画配信すれば、たちまち人気者に! あわよくば億万長者! イエス!
早速材料集めだ!
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ただの一般サラリーマンだった俺が、何故ダンジョンで使えるビデオカメラを制作できるのか。
時はさかのぼること日曜日の昨日! 古書店巡りが趣味の俺は表紙が綺麗だけど中身が書いてない日記帳を見つけて買いました、以上!
実際それだけなのだ。そのまま夕食を外食で済ませて帰宅し、今日の出来事を忘れないうちに書き込もうと思ったら何度も書き込みがないことを確認した日記帳に、ダンジョンビデオカメラと銘打った設計図が十数ページに渡って描かれているではないか。ここで俺はピーンときた。これは俗に言うアーティファクトではないかってね。
アーティファクトってのはダンジョンからまれに見つかる魔法の道具のことで、たいしたことのないものだとずっと消えないマッチとか、優れたものだと敵が近くにいると装着した者にのみ聞こえる鈴の音で教えてくれるイヤリングとかそんな不思議効果を持ったアイテムだ。
一人でに記入される、しかも設計図を教えてくれるアーティファクト。きっとその設計図通りに作ればアーティファクトが作れるに違いないと思い立ち、勢いで退職届を出してきたが材料を集める段階で我に返った。
作ってから退職すればよかったのでは?
全人類に「それはそう」と返されそうだが、辞めちまったもんはしょうがない。
背水の陣だ! 死ぬ気で作れ!
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無理でした。
現実は甘くなかった。制作に必要な材料を書き出すとだ。
一つは市販のビデオカメラ、まぁこれは家電量販店で手に入った。お試しなのでお安い内部容量十六ギガの者である。お値段四万円弱。
お次は半田ごて、これも今は百均なんかでも売ってるぐらいのものだ簡単だった。
問題はこれ。魔石だ。魔石ってのはダンジョンで産まれるバケモン、RPGで言うところのモンスターが身体に絶対に持っているもので、モンスターはコイツを身体から剥がすないし割られると絶命する。要は絶対に克服できない弱点だ。
魔石はダンジョンに入れる試験を受けて合格した人間、ハイランダーって呼ばれているんだがコイツら、もしくは政府の認定を受けた業者しか所持してはいけない。つまり俺が手に入れるにはハイランダーの資格が必要ってこと。詰みだ。
いや、諦めるな。必要なら取得すればいいだけだ。よし、市役所に行くぞ!
市役所に着いた。
受付の案内役に目的を話して受付番号を発券してもらう。
月曜といえども十四時過ぎだとそんなに並んでいる人はいなかった。
対応してくれるのは職員さんは四十代ぐらいのお姉さまだ。
「貴方は資格取得の条件を満たしていないため試験を受けることはできません」
終わった。
「まず貴方はハイランダー資格を得るための専門学校もしくは特別受験支援学校を卒業されてませんよね?」
「はい」
「受験者の命を守るための資格試験ですので、学校を卒業しておられない方の受験は絶対にありえません」
「はい」
「そもそも魔石を取り扱いたいだけならば、警察に行って短期魔石臨時取扱許可証を申請すれば一年間だけの許可証を発行していただけます」
「はい、ありがとうございました…」
コテンパンに言い負かされて、促されたまま警察に行くとお姉さんの言葉通りに許可証を発行してもらえた。手数料三万円なり。
まず困ったら詳しい人に聞いたほうがいいっすね…。実感しました。
さて、許可も下りたので。お次はハイランダーに声をかけて魔石を売ってもらうぞ。
ちなみに許可証を受けた業者同士への魔石のままの販売はNGだ。これは零細の業者を守るためのルールである。魔石は基本的に武器や防具などの装備を強化するときに消費される。例えば炎を吐くモンスターの魔石を加工して槍にすると熱を帯びた槍になる。原理は不明。というか企業機密なのだが、金を持った企業がそのモンスターの魔石を独占しないように企業規模によってどの魔石をいくらまで保有してよいとの決まりが定められているのだ。
短期許可を受けた俺は三個までである。しかも用途提出が義務。
そんなこんなで俺はハイランダーから買うしか手段がないのでダンジョンの傍に絶対併設されているハイランダーの寄合所、通称酒場にやってきた。
俺が住んでいる場所の最寄りのダンジョンは駅の近くのテナントビルである三沢ビルの地下一階。三沢ビル一階の自動ドアをくぐる。目の前に酒場はこちらと大きな矢印がトレードマークの看板が見えた。看板の指示通りに進むとそこには…。
ただのデカいカフェがあった。もっとこうガチムチのおっさんが酒盛りしているもんだと思っていたんだがな。
ちょっとショックを受けているとテーブルを拭いていた女性の店員さんが俺に声をかけてくれた。
「あら、なにかご依頼で?」
「依頼?」
「ああ、初めての方なのね。説明は必要かしら?」
おねがいします、と答えると店員さんは分かりましたと布巾を手にカウンターの向こうへ消えていった。
手持無沙汰になりカウンター席に腰を掛けていると数分して店員さんが戻ってきた。
手にはラミネート加工されたA4用紙を持っている。
「酒場では業者の方がハイランダーの人に依頼をすることができ、それ以外の直接取引等は法律で禁じられています。これは公的機関の傘下である酒場で依頼することでハイランダーもしくは業者の方が一方的に不利な条件を押しつけられることを阻止する目的があります。ここまでよろしいですか?」
全然知らなかった。誰かしらに話しかけて魔石売ってくれって頼むとこだった。
「あー、完全に初めての方なんですね。分かりました、一通り説明させていただきます。直接取引は禁止されていますが指名依頼というものがありまして、大勢の中から誰かが持ってきてくれる通常の者と違い、依頼者の方が選んだハイランダーの方に直接依頼してしまうものですね」
「大勢の方から募集できる通常依頼のほうが魔石を集めやすいですよね? 指名依頼ってなんであるんです?」
「直接依頼は手数料が安いんです。魔石の買い取り額は政府が決めているので利益を出すなら直接依頼を多く受けるべきなんですね。これは雑に魔石を扱う者とそうでないものを区別するための制度です」
「なるほど」
よく考えられている。丁寧な仕事や困難な仕事をこなせるものを優遇し、ハイランダーを辞めさせないための制度か。
店員さんは俺の反応を見て、持ってきたA4紙を指さす。
「これが魔石の買い取りの一覧表です。三か月ごとに更新されるので二月、五月、八月、十一月の頭にお近くの酒場まで来ていただくと更新版をお渡しします」
どうぞ、とそれを渡してくれる。
ラミネートされたA4用紙にびっちりと魔石の名前と値段が書き込まれている。裏替えしても同様だ。
「あと、酒場は汎用魔石の買い取りもしております。汎用魔石ならご依頼を出さなくても販売することが可能です」
なに? 俺が求めていたのはその汎用魔石だ。
わざわざハイランダーに頼まなくてもいいってことか。
「説明は以上ですね。お分かりにならないことはございましたか?」
「大丈夫です。あの汎用魔石を買いたいんですけど」
「あら、そうなんですね。大きさはどれにしますか? 大中小と極小があります」
設計図には中以上と書いてあった。
「中をお願いします」
「はい、七万円ですね。奥から持ってくるので少々お待ちください」
…たっけぇ。