流星のような時を
その日は台風が訪れようとしている二日前だった。本格的な訪れを前に、ご丁寧にも先触れの熱風を送り込んできて、日中は地球が歪むような暑さだ。
暑さから逃れるように山中に逃げてみても、吹き抜ける風は僅かに温度が下がった温風で、日陰に立てばなんとか涼を感じられる、そんな日だった。
宿に向かって光の少ない道を車で走り抜けていると、後部座席に座っていた同行者の日島が、窓の内側から空を見上げて、「星が綺麗に見えるよ」と言った。
それを聞いた他の二人も真似をして空を見上げ、「本当だ」と声を上げる。
俺は偶然見つけた停車スペースに車を停めると、エアコンの効いた空気が逃げていくのも構わず、窓を全開にして、エンジンを止めた。
窓から少し身体を乗り出し、近くの街灯の光を手のひらで遮りながら空を見上げると、確かに綺麗な星空が見えた。
「そういえば今日はなんとか流星群とかじゃなかったっけ?」
「そうなの?」
「そんな記事をどこかで見かけたような。分かんないけど、この時期は大体流星群があるんだって」
「本当?」
日島と帰山がそんなことを話している横で、俺とカジがスマートフォンで流星群の情報を検索する。
「あ、あった」
「明日が最大らしいが、今日も二十一時頃にはかなりの数が見れるって書いてあるな」
「すごいじゃん」
日島の声が跳ねて聞こえてくる。
俺はエンジンを掛けなおすと、助手席のカジとナビを見合った。
「今、二十一時過ぎか」
「確か宿の近くに史跡あったよな」
「夕方一度行ったけど、周りにあんまり建物無かったな」
カジと顔を見合わせ頷き合う。
「窓、閉めるぞ」
「見えるかな?」
「見えたらいいな」
車のライトが夜空の光を消して、夜道を照らし出した。
そこは城跡だった。
今はただ公園と池が広がるだけの場所。
ずっと昔、ここでは多くの命が散って、空に、土に還っていった。
その場所で、俺たち四人はただ空を見上げていた。
少し離れた場所にある街明かりが夜空の裾を白く照らしていて、満天の星空とはいかなかったが、それでも数え切れない星がそこには広がっていた。
「あっ」
最初に声を上げたのは帰山だった。
「今、見えたよね」
日島が帰山と両手を絡めながら見つめ合い、互いに見たものの場所を確認し合う。
そうして、同じ場所であることを確認して、「だよね」と喜びの声を上げた。
「あまり騒ぐなよ」
言いながら、俺の視線は空を向いたままだ。
二人が見たものが自分にも見えた気がするが、見えた気がするだけでそれが本当かどうかは分からなかった。
それから数分、放射点を見つめるのではなく、空全体を俯瞰する気持ちで眺めていると、視界の端を光の線が走った。
「あっ」
「えっ、どこ?」
「あそこ」
俺が指さした先は北西の空。放射点からはかなり離れた場所だ。
「え、そんなところまで見なきゃだめなの?」
「結構範囲広いらしいぞ」
「うぅ、頑張る」
「俺、まだ見れてない」
「全体見る感じで見てろ」
「分かんねぇよ」
カジの隣で空を指しながら全体を見る感じで、と説明してると、目の前をまた光の線が走る。
「あっ」
声を上げたのはカジだった。
「見えた」
「良かったな」
日島と帰山はまた見逃したらしく、俺たちだけずるいと呟く。
「見た数なら大して変わんないだろ」とは言ったが、気持ちは分からないでもなかった。
それからも黒い海を流れる星を一時間程探し続けた。
流れる星を探しながら、瞬く星の座の名前を調べたり、遠くに見える山の影や建物を調べたりしていた。
ただ星の光を追うだけの時間。
それは、流星のような時間。