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CODE:HEXA  作者: 青出 風太
83/123

CODE:HEXA File4‐12 薄青と記憶

―リコリス―


「六花ちゃん!?返事して六花ちゃん!!」


 リコリスは返事のしないイヤホンマイクに怒鳴りつけるように声をかけ続ける。



 六花についているはずのサポートAI、m.a.p.l.e.が帰ってきた時、リコリスは初めて事の重大さに気づいた。




 仕事説明を行ったホテルの部屋はその日のうちに司令部の人間によって運び込まれた機材で一夜にして管制室のように様変わりしていた。


 リコリスを始めとする情報支援を行う工作員を安全圏に配置し、そこから指示を出すことで実働隊を遠隔で動かし、仕事を進めるというのが彼らのやり方だ。


 本作戦での彼女の役割は六花にルートを指示し走らせつづけること。期限は子どもたちの爆発物設置が終わるまで。


 傍受したカメラと事前にギプソフィラが用意した見取り図を組み合わせてルートの指示を出し、警備に適度に当てつつ包囲されないよう施設を引っ掻き回し、爆発物を仕掛けて回る子どもたちの存在を隠し続け、発覚を遅らせる。


 それが今回リコリスと六花に与えられた仕事だった。


 リコリスは爆発物の設置が終わるまでに多少のアクシデントに見舞われはしたが、なんとか六花を逃し続け、残る仕事は走り続けた彼女を外に出すだけというところまできていた。


 しかし、六花からの報告に耳を疑った。六花は息も切れ切れに逃走経路として用意していた道がシャッターで封鎖されていると訴えきたのだ。


 そのシャッターを下ろせるようになるまでにはリコリスとエランティスが仕掛けた何重ものトラップを解除しなくてはならない。コンピュータに明るい人物、それもかなりの凄腕が敵にいると想定しても六花がシャッターを抜けて外に出るには十分な時間が確保できる計算だった。


 解除に取り掛かった時点で妨害することも考えアラームを仕掛けていたが、それもどういうわけか機能しなかった。


 当然シャッターが閉まっているせいでそのルートが使えなくなったからと言って仕事が終わった六花をその場で遊ばせている時間的猶予はない。


 リコリスは事前に渡していたサポートAIのm.a.p.l.e.に六花のことを任せ、残されたわずかな時間で早急に生きているルートを探さなくてはならなくなってしまったのだ。


 リコリスがルートを探している間、m.a.p.l.e.は六花をサポートする存在として彼女に付き従って行動する。有事の際のサブナビゲーターとして機能するはずだったm.a.p.l.e。それが、1人で帰ってきた。


 つまりそれは六花の逃走が失敗したということに他ならない。




 焦りを感じながらも震える手でキーボードを叩く。いくらカメラを切り替えても六花の戦っていたとされる区画は死角になっており捉えることが出来ない。


(っ!何があったの!?カメラには映ってない場所だし、これじゃ全く……っ!)


「落ち着いて、リコリス。あの子がそう簡単に負けるなんて有り得ない」


 エランティスはリコリスの手を押さえるように握りしめた。


「でも!ここにm.a.p.l.e.がいるって事はさぁ!!」


〈秋花サン、ゴメンナサイ――!!〉


 画面には座り込んでワンワンと涙を流すm.a.p.l.e.の姿が映っていた。


「……っ!」


 リコリスは焦り、叫ぶ。その目には涙が浮かんでいた。


 仕事だから、そういう役割だからと今まで深く考えてこなかったこと。自分よりも幼い六花を1人で行かせてしまった。自分には彼女の代わりになれるほどの、助けになれるほどの力がない。


 そして、それを当然のことのように何とも思っていなかったことにようやっと気付かされ、リコリスは己の無力さを突き付けられた。


「私が、何とかしなくちゃ……」


 そう呟き、席を立った瞬間。


「はい?……リエール、あなたは無事なんですね?……仕方ありません。ラーレを連れて戻ってください。一度立て直します」


 真後ろでライースの話す声が聞こえた。どうやらライースの方も下手を打ったようで言葉遣いこそ乱れてはいないものの声色から微かな動揺が感じられる。


(作戦はどこまで進められてるの?まさか、全て失敗したの?)


 ライースは通話を終えると神妙な顔つきになって指示を出した。


「リコリス、そちらの状況も大体は把握しています。……リエールを一旦こちらに戻します。オクタのチームも子どもたちを回収し次第戻るように伝えてください。ですが、くれぐれもヘキサのことは伝えないように」


 リコリスはライースに強い口調で疑問をぶつける。


「……それ、どういうこと?六花ちゃんを助けにいくなら施設周辺に散ってるオクタさんたちを動かすべきだよ。私たちが今から向かうよりも間違いなく早い。なんなら、私たちも今から……っ!」


「やめなさいリコリス」


 リコリスは今にも掴みかかりそうな勢いでライースを睨みつけた。


 リラの制止を受けて、何とか踏みとどまったリコリスは納得いかないと言った様子でオクタのチームに連絡をとった。







「戻りました」


 先に戻って来たのはリエールとラーレだった。


 汚れたライフルバッグ、乱れた髪。沈んだ表情。どこからどう見ても失敗の原因はラーレにあるようだったが、焦っているリコリスにはいつものように軽口をたたく余裕はなかった。


 それから10分程してオクタのチームが帰って来た。


「何があった?」


 部屋に入って来たのはオクタと六花に突っかかっていたプロテアだけだ。


「もう1人は?」


 オクタと同い年くらいの男性がいたはずだ。若干の冷静さを取り戻し始めたリコリスが尋ねるとオクタではなくプロテアが答えた。


「あの人は他の部屋で子どもたちを見てるよ。私とオクタで行ってこいって……そう言えばあのおチビちゃんは?」


 プロテアの言葉で部屋の空気が重くなったのを部屋にいる全員が感じ取った。


「……」


 事態を察したオクタは、何も言わず、静かに踵を返した。


「待ってオクタさん!私も行く!」


「……」


「――止まりなさい」


 部屋を出て行こうとしたオクタとリコリスを呼び止めたのはライースだ。


「止まれ?お前、俺を呼び戻したのはどういうつもりだ?」


 オクタの声色から読み取れる感情は怒り以外の何物でもない。リコリスはオクタがここまでストレートに感情を表に出したところを見たことはない。蛇に睨まれた蛙のようにすくみ上り、足が動かなくなってしまった。


「彼女の実力は我々も認めています。ですが、彼女が負けたのもまた事実。失敗した工作員に――」

「――六花ちゃんは負けてない!」


 リコリスはライースの言葉に被せるように声をあげた。ライースはため息交じりに話を続ける。


「コードネーム“Hexa”――Hasty Evasion Xfactor Assassin――どのような状況下においても迅速にその危機を切り抜ける暗殺者として育成された彼女は逃げ損ねた時点で負けています。そして負けとは我々の世界では死を意味しています。彼女の生死は不明ですが、その確認のためだけにオクタを向かわせるわけにはいきません」


 リコリスは初めて六花のコードネームの意味を知った。六花という名前や単純に6本の刃物を扱うためだとばかり思っていた。


「……」


「あの場で貴女に話していたら、大した装備もなしに1人で突っ込んでしまうでしょう。我々もこの仕事を任せる程度には彼女の実力を認めている。そんな彼女が失敗した所へいくら貴方と言えど丸腰単体で送り込めるわけがないでしょう」


 プロテアが小さく舌打ちする。


 ライースは畳み掛けるように続ける。


「ヘキサは我々の中でも荒事に長けている工作員です。失うには惜しい。ですが、貴方の価値は彼女を遥かに上回る。失うわけにはいかないんですよ」


 オクタはライースにため息で返す。振り向いたオクタの表情は疲れ切っていた。


「……俺は戻る。邪魔をするな」


「ちょ、ちょっと!私も行からね!?」


 咄嗟にリコリスは声を上げた。ライースは1人でオクタを送り込むことを懸念していたように感じた。実力で言えばオクタには何の問題もない。とすれば、リコリスに見えていない何かをライースは警戒しているのだろうと考えた。リコリス自身、己の未熟さを痛感したばかりだ。だが、だからと言って妹のように大切にしていた六花の危機に黙っていることなどできない。


「私も六花ちゃんを助けたい」


 エランティスはやれやれと頭を振りながらもリコリスの隣に立った。


「私が2人に着く。それならライースも心配ないでしょう?」

「節っちゃん……」


「エランティス、貴方もですか?」


「あのぅ」


 恐る恐るセレッソが小さな声をあげた。


「うちのカスミちゃんも連絡が取れなくなってしまっているので、一緒に助けていただきたいのですが……」


 オクタたちが引き上げる時にカスミちゃんことギプソフィラにも連絡をとっていたはずだが、脱出できていないようだった。


「……借り物を失くしましたと言うわけにはいきませんし、仕方ありませんか。――これより逃げ遅れた工作員2名を回収します。あくまでも第一目標はギプソフィラですからね」

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