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CODE:HEXA  作者: 青出 風太
32/122

CODE:HEXA File2‐18 給仕は薄青

―リコリス―


 不安を吐露する和人を励まし続けて一時間ほど経っただろうか。未だ月明かりは高窓から差し込んでいたが、今が何時かは分からない。


 深夜であることは疑いようもなく、隣に座る和人は明らかに体力的に消耗していたが、気の休まる状態ではない。リコリスは一刻も早く助けに来てほしいと廊下側のドアを見つめていた。


 そんな時、不意に外が騒がしくなった。ドアの前にいたのだろう男の話し声がリコリスの耳に届いた。


「はい。……はい?ここはそのままで良いんですね?はい!すぐ行きます!」


(電話かな?どっか行ってくれるならありがたいけど)


 扉の外の男はこの階の端、建物の入り口付近にある階段の方へと走り去っていった。このタイミングで外が騒がしくなったことを考えるとすぐに来客の正体に検討がついた。


(うちのチームの殴り込みでしょ?六花ちゃん達やっと来たか〜)


 敵は入り口側の階段から一階に向かった。


 リコリス達のいる部屋は奥側にあることがわかっていたため、少し待つだろうとリコリスは予測したが、その直後高窓から差していた月明かりに人影が浮かび上がった。


 すぐさまリコリスは振り返り、窓を見上げる。窓の外に小さな人影が見えた。


(ここ2階なんだけどなぁ。って、あっ!)


 リコリスは人影の正体について考えるまでもなく思い至った。人影の正体は装備のワイヤーで外壁を登ることのできる六花だ。オクタやラーレを囮にして、人質となっているリコリスと和人を助けに来たのだ。


 2階にある部屋のしかも高窓に平然と影を落とせることに呆れながらも、六花の意図を察し和人に声をかけた。


「助けが来たみたいだね」

「……本当か?」


 和人はつい先程まで泣きそうな顔をしていたが、助けが来た事を知り、ほんの少し表情に光が戻った。


「ちょっとこっち来て」

 そういってリコリスは廊下側へと移動し、和人も高窓の下から離れさせた。


「い、いきなり何だよ」

 和人は少し照れくさそうにリコリスに歩み寄った。次の瞬間、高窓が音を立てて破れた。


「は!?」


 少し前まで和人がいた場所にガラスの雨が降る。


「あ、あっぶな!」

「遅いよー。六花ちゃん」


 高窓が破れ、枠だけになった部分から薄青色の髪を一つに結んだ少女が顔を出した。


「すみません。これでも急ぎで来たんですけど」


 六花は器用に小さな窓枠をすり抜け、マフラーを翻して部屋の中へと降り立った。


「なんだ!?忍者か!?」


 和人は驚きの声をあげたが、すぐに彼女が今日初めて見かけたメイド「氷室小夜」であることに気がついた。六花を指差し言い放つ。


「お前!うちの小っさいメイド!」

「……は?」


 六花は反射的に和人を睨みつけた。


「……ひっ!」


 六花の鋭い視線に和人は怯み上がった。


「こらこら六花ちゃん。この子は護衛対象の和人君だよ〜」

「え?あ、すみません」


 六花が和人に会ったのはこれが初めてだ。初めてでいきなりコンプレックスを刺激されたらこうもなるだろう。六花は頭を下げた。


「六花ちゃんは君が和人君だって気づいてなかったみたいだから許してあげて?」

「わ、わかった」


 不本意ながら、和人の許しを得た六花はナイフを抜き出して二人に言った。


「とりあえず手、出してください。……このまま縛られてたいってことはないですよね?」



―ヘキサ―


 リコリスと和人を解放した六花は持ってきた装備をリコリスに渡しつつ、現状をかいつまんで話した。


「今、建物入って手前の方、多分階段辺りでオクタとラーレが敵を惹きつけてくれています。その隙にお二人を解放するのが一つ目の仕事で……」


「二つ目は?」

 リコリスは受け取ったワルサーを確認しながら、言葉が止まった六花に続きを促した。


 ため息を吐きながら六花はそれに答える。


「三階にいる会長。一番早く乗り込めた人がやることになってます」

「まるでゲームだねぇ」


 六花はリコリスにまたも現状についていけていない和人を任せる旨を伝え、二人が動ける事を確認すると廊下に続くドアを蹴破った。



 部屋から顔を出し、廊下の様子を確認する。人の気配はほとんどなかった。


「この階の人も殆ど一階に行っちゃってますね」


(師匠に勝てるわけないのに……)


 オクタは六花を育てあげた工作員で戦闘面に関していえば組織でも頭一つ抜けていると「上」から高く評価されている。六花はそんなオクタの近接戦闘能力のみに限定し、オクタ自らの教育を受け、それを習得した。


 元々オクタの戦闘能力を上回る工作員を作ることを目的として始まった六花の育成計画だが、それを修了しても六花はオクタに勝てるとは思えないでいた。


 幼くして孤児となった六花にとってオクタが「師匠」であるだけでなく「父親」に近しい存在だということも関係しているのかもしれない。


 実際に「上」の評価も六花の方が低く、六花に勝てない相手がオクタに勝てる道理はなかった。


「じゃあ、私たちは奥の階段から行きましょうか。なるべく殺さないつもりですけど、余裕はないので万一の時はリコリスが目隠ししてあげてください」




「お、おい。椛!あいつあんなに小っさいのにすげぇ!」


 六花はリコリスと和人を連れたまま二階から三階の会長室を目指す。


 余裕がないと言った六花だったが、次々と襲いかかってくる結月会の構成員を一撃で無力化していく。和人にはその刹那の攻防のほとんどが見えていなかった。


「こ、子ども!?」


 六花を見て驚く構成員は多い。しかし。侵入者を見つけて、おいそれと通す者はいなかった。皆が皆、己の武器を構え六花の前に立ちはだかった。



「ふんっ!」


 振るわれた拳を六花は素早く懐に入って躱し、ナイフの柄で鳩尾を刺すように突く。敵がしばらくの間動けなくなれば六花はそれで十分。顎先を蹴り抜いて三階にある会長室へ向かう。


 今いる場所から三階へ上がるためには建物の手前と奥、それぞれに設けられた階段のどちらかを上る必要がある。オクタとラーレは建物の手前付近で暴れ、そこから三階を目指すだろう。六花は奥の階段から三階を目指す。



 六花が部屋の前を通り過ぎるその時、勢いよくドアが押し開けられる。六花は瞬時にそれを察知し、後ずさって避けた。リコリスと和人の前に立ち、奇襲を仕掛けてきた敵を見据える。


 中からそれぞれ木刀、ナイフを持った男が二人出て来た。


「くっ……」

「当たらなかったか……残念だったな嬢ちゃん。コイツは痛てぇぞ〜」


 廊下が狭いとはいえ二人を相手するのは難しい。六花の後ろにはリコリスと和人がいる。一人に時間をかけていたら、もう一人が六花の横をすり抜けていってしまうだろう。


 どうしたら良いか考えるよりも先に六花の体が動く。


 勢いよく振るわれた木刀を右手のナイフで受け止め、すかさず左手で反対の太ももにつけたもう一本のナイフを抜き放つ。


 木刀を持った男が二本目のナイフに反応するより先に、受け止めていた木刀を往なし、首筋に一閃。斬り伏せる。


「リコリス!」

「はいはい。和人君ちょっとごめんね」


 リコリスは後ろから手で和人の目を覆った。


 和人がこちらを見ている事が頭の片隅にあった六花は最小限の出血で済むように注意を払いながら戦闘を続ける。


 ナイフを持った男は仲間が瞬時に斬り伏せられた場面を見ながらも、怯まず六花に襲いかかった。


(怯んでくれない……!なら)


 気絶や悶絶程度の行動不能ではこの男を止めきることが出来ないと悟った六花は覚悟を決める。


 振り下ろされたナイフにナイフを合わせ弾く。


――弾く。


――弾く。


 小さな火花を散らしながら、がむしゃらに振るわれたナイフを六花は的確に払いのける。男の攻撃の手が弱まったその隙を狙って六花はありったけの殺意をナイフに込め突撃する。


「っ……!」


 少し離れた位置にいる和人ですらもその尋常ではない殺気を感じ取り、息を呑んだ。


 意表をつかれた男はゾッとして殺意の源から距離をとりつつ、そのナイフを捌くために自身もナイフを構え直した。が、六花はそれを突撃の勢いのままに振り払い、尚も距離を取ろうとする男に爪先で前蹴りを放つ。蹴ったのと同時にブーツの中で指に力を込める。


「ぐ!?」


 男はただ、前蹴りを喰らっただけだと思っただろうが、違う。ぴとりぴとりと蹴られた場所から血が垂れ出していた。


 六花のブーツ。その爪先から6cmほどの小さなナイフがのぞいていた。


 六花のブーツを含む装備一式は組織の中に24席設けられたコードネームを持つ工作員、いわゆる「名前持ち」の工作員『マルベリ』が六花のために特別に作り上げたものだ。


 ブーツは防刃加工がなされているだけでなく、靴の中で指の部分を踏み込むことで爪先から小型のナイフが飛び出す仕掛けが施されていた。


 思わぬ攻撃と出血に男が固まったその瞬間を六花は見逃さない。すかさずナイフの一振りでその意識を絶った。


「な、何なんだよ。今の」


 和人はリコリスの手を避け、途中からその場面を目にしていた。しかし、容易に何が起こったのか理解することはできず、ただただ六花とリコリスに着いていくことしか出来なかった。




 階段に向かって六花は走る。階段のところだけ曲がり角と重なっており、広くなっているようだった。六花はそのままの足取りで階段に進む。瞬間視界の右端にきらりと光る一筋の線が見えた。


「――ッ!」


 奇襲だ。光る線が振り上げられたナイフの軌跡だと本能が理解する。六花は咄嗟に掌を返し、右腕の内側でナイフを受けた。


「ヒヒッ、やってやったぜ!!」


「小っさいの!」


 和人が叫ぶ。


 六花は歯を食いしばり、腕でナイフを受け止めた。ナイフの方に視線をやると、剃り込み頭のにやけ顔がそこにあった。しかし、男はすぐに異変に気づく。腕を切り付けたはずが肉を切った感触がなかったからだ。


 六花は腕を大きく振って受け止めたナイフを弾き飛ばす。のけぞった男に勢いのまま回し蹴りを放ち、壁に打ち付けた。左手でナイフを抜いて距離を詰める。



 男はグラつく視界の中、六花の抜き放ったナイフを見て瞬時に死を悟った。


 奇襲を防がれ、カウンターをもろに受けた。


 ダメージは壁に打ち付けられた時の衝撃だけに見えたが、どうやらカウンターをくらった時の打ちどころが悪かったらしい。朦朧とする意識の中、顔を上げた時には既にナイフの切先が男の目前にあった。


 間に合わないかもしれない。


 そんな事を考える暇もなく両腕は勝手に頭を覆った。視界から小さな暗殺者の姿が消えた次の瞬間。男の腹部に激痛が走った。


「ぐ、うっ……!」


 六花はカウンターを見舞った男に向かって駆け出す時、右腕を振るって腕に取り付けた装備のロックを一つ外した。男の意識を左手で抜き放ったナイフに集めて突撃し、無意識のうちに頭をガードさせる。


 狙い通り男が頭を守った瞬間、右腕で鳩尾に掌底を放つ。手を返したのと同時に袖からナイフが飛び出し、男の腹部に突き刺さった。すぐさま顔を覆っている腕に左手でナイフを押し当てる。


 何があろうと頭のガードは解かせない。


「くっ……」


 ナイフを深く突き立て、押し込むたびに六花の手には押し返される感覚があった。


 ただ肉に刃を突き立てているだけじゃない。それは脈打ち、あまりの痛みに突き立てられた刃を押し返す。ガードを解かせないように押し付けたナイフの方にも男の必死の抵抗が伝わってきた。


 男はカウンターを受け既に朦朧としていた。しかし、今まさに迫り来る死の恐怖を無視できるはずもなく、必死に六花に抵抗していた。


 滲み広がる血の匂い、男の嗚咽混じりの弱々しい抵抗、そして六花の手に伝わる刃の感覚。様々な情報の全てが六花に「やめろ」と訴えかけてきた。


 それらに必死の思いで耐えながら、六花はナイフを深く、深く押し込む。


(早く……早く終わって……!)



 男が意識を完全に手放すまで、六花は突き立てたナイフを引き抜くことをしなかった。


「ごめんなさい……」


 小さな暗殺者は小声で呟き先へ進む。

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