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CODE:HEXA  作者: 青出 風太
21/122

CODE:HEXA File2‐7 給仕は薄青

――2日目 昼――


―ヘキサ―


「氷室さん、擦っても汚れが取れない時は洗剤を垂らして少し放っておいて後で擦ると結構落ちるんだよ」

「そうなんですか。やってみます」


 六花は今厨房の清掃を先輩メイドに教わっていた。頑固な油汚れが取れずに強く擦っていたが、それに気づいた先輩の一人、佐々ささき由紀ゆきがアドバイスをくれた。


 佐々木は20代半ばほどの朗らかな印象の女性で六花が会ったメイドの中では若く年の近い方だった。と言っても佐々木の話では熊谷邸の中で一番多い年齢層が20代から30代らしいが。


「氷室さんは素直で助かるわ」

「ありがとうございます」


 別の先輩、井口いぐちあいが割って入ってきた。


 彼女は数ある清掃グループの中で六花が配属された6班のリーダーである。年は50代前半に見える。シワが少しあるがそれも敏腕っぷりを後押ししているかのようで顔には自信が満ち溢れていた。


 井口が割って入った途端、佐々木は黙って視線を落とした。どうやら井口は物覚えの良いメイドを贔屓し、悪いメイドについては見下しているのか、どこか小馬鹿にしている節があった。佐々木は若く、入って二日目の六花から見てもドジな一面があり、時折軽口を叩かれていた。


 六花からしても見ていて気分の良いものでは無かったが一メイドとしてなるべく普通に働くよう心がけた。


 出来ない者をこのように扱うことで出来るメイドたちの効率が上がったり、結束できる点もあったりと、仕事の面ではある程度仕方がないのだろう。そんな中六花はあることに気づいた。


 メイド長がハーフだったということと、「メイド」という名前で呼ばれていることからハーフか外国人が多いのかと思っていたが、大半は日本人だった。ハーフやクォーターもいるが、ごく少数。英語が得意ではない六花はホッとしていた。


「さぁ、ここが終わったら次は応接室よ。持ち場が終わった人は氷室さんを手伝ってあげて」

 井口の一言で六花も仕事を急いだ。



 応接室の掃除を完了すると、続いて邸宅前に広がる庭園の手入れが始まり、六花は13時ごろ、昼休憩に入ることができた。


 昨日邸宅を案内してもらった時、六花はメイド達から昼食を取れる食堂があると教えてもらっていたため、そこへ向かうことにした。


(秋花さんいるかな……教育係も何人かいるって言ってたしそっちでまとまって食べてるのかな)


 六花は食堂に入って中を見渡す。すると先輩たちと思しきメイドに囲まれて話をしているリコリスを見つけた。


「話し中か……」


 午前中の清掃の時、六花は様々なところでスーツ姿の男を数人見かけた。佐々木に尋ねるとスーツの男性たちは熊谷が雇った民間の警備会社の人間らしかった。スーツのせいで警備員というよりもSPのように思えた。


 警備がいるということは確認が取れた。しかし、メイドとして入り込んでいるため正式に顔合わせはしていない。警備に紛れて攻撃を仕掛けられてはたまらない。早急に警備の人数と名前、顔を知りたかった。


 リコリスならその辺りの情報を持ってきてくれるだろうと考え、昼休憩中に頼もうと思っていたがこの分だと近づいて話すわけにもいかない。


 とりあえず食堂で働くメイドに昼食を用意してもらうことにした。食堂は食券で注文するようになっておりメニューがいくつもあった。


 どれでも良いと思い「日替わりランチ」のボタンを押した。カウンターにいる細身のメイドにその食券を持っていく。割烹着とメイド服の中間のような服を身に着けており、眼鏡もつけているため、顔はよく見えない。


「これお願いします」

「承知しました。えっと……?」


 メイドは訝しむような視線を六花に向ける。


「あっ昨日からここで働かせてもらってます。氷室小夜です」


「そうだったんですね。私は池田いけだ玲子れいこと申します」


 そう言うと池田が六花から受け取った食券のメニューを奥のメイド達に伝えようとしたので六花は慌てて静止した。


「豆とか芋、あとコーンって今日の日替わりランチに入ってますか?」

「ジャガイモとコーンが入っていたと思いますが……もしかしてアレルギーですか?」


 六花は常に戦闘を警戒している。ワイヤーを使って飛び回ることだってある。そういった事態に陥った時のため、日頃から消化の悪いものガスの溜まるものを口にしないようにしていた。


 アレルギーではないが本当のことも言えない。嘘をつくのは悪いと思いつつも、合わせることにした。


「実はそう、アレルギーなんですよ……すみませんが用意お願いできますか?もし難しそうなら他のをお願いしたいんですけど」


 しかし、池田は笑って答えた。

「大丈夫ですよ。ちょうど他にも豆類のアレルギーを持っている人がいるので、すぐお出しできると思います」


「ありがとうございます」



 池田の言った通り一分もしないで日替わりランチは用意された。プレートの上にピラフやハンバーグがメインで盛られ色とりどりの野菜が添えられスープまで用意されていた。

(結構おしゃれなんだ。まかない程度かと思ってたけど)


 想像していたよりも量があり、これなら午後の仕事も無理なくこなせるだろう。


「いただきます」

 六花はそう呟き、ランチを食べ始めた。


 食べている間もリコリスの様子をたまに観察していたが六花が食堂に来る前からいたというのに、ランチを食べ切るまで食堂を出ていくそぶりはなかった。


 昨日の夜に息子が「わがままなお坊ちゃん」であると聞いていた六花は先輩の愚痴を聞いたりしているのだろうと想像した。


 ランチを詰め込み終えるとペンを取り出し、紙ナプキンにメッセージを書き殴った。


 要件は「警備の人数と名前、顔写真の調達」だ。


 プレートを持って席を立つ。リコリスたちが会話している席の後ろを通りすぎる瞬間、折った紙ナプキンをリコリスの服に忍ばせた。


「池田さん、ご馳走様でした。美味しかったです」


「もう食べ終わったんですか?張り切るのは結構ですがやり過ぎないように気をつけてくださいね」


「はい」

そう言って六花は食堂を後にした。



――2日目 朝――


―リコリス―


 六花に起こされた後、部屋に備え付けられた洗面台で顔を洗う。


 リコリスは朝が好きではない。というより寝ているところを邪魔されるのが好きではなかったのだ。仕事だから仕方ないと思い直すがまだ昨夜の見回りのせいで眠気が抜けていない。自分で顔を叩いて無理やりやる気を出した。


「六花ちゃんももう行っちゃったし、私も着替えないと」


 用意されたメイド服にパパッと着替える。教育係はまず朝起きたら教育係の待機所に向かわなくてはならない。朝礼がある。


(えっと……どうだったかな)


 鏡を見ながら表情を整え「メイドの秋風椛」の顔を作り上げた。


(六花ちゃんの少し大人になった感じで……)


 初めは「仕事が出来る女」っぽい方が良いと思い、凛とした女性の役を作ったが息子の様子を見るに、もっとフレンドリーな方が近づきやすいのではないかと思い始めていた。


(うーん。早速キャラ変えが必要かな?)

 そんなことを考えながらリコリスは部屋を出た。



 メイド長はリコリスの教育係というわけではなくそのさらに上の立場でメイドたちの取りまとめをおこなっているらしく、二日目の今日はリコリスに別の教育担当がついた。挨拶は短く、すぐに仕事が始まった。


「本日和人様はすでに朝食をとるため食室へ向かわれております。この間に部屋の掃除等済ませておきましょう」


「わかりました」


 リコリスは黙々と他のメイド達と共に部屋を片付けるが、和人の趣味や会話の切り口になる物も同時に探していた。


 教育係としてリコリスが和人の近くに居られる時間は短い。しかし、和人が外出したり、勉強を教えたりと何かとそばにいられる場面は多い。


 和人に気に入られることができれば学校の送迎や買い物の時に着いて行くことができるため、まずは気に入られることが第一と考えたのだ。


 事実、今日も食室には一人のメイドがついて行っているらしかった。


 護衛をするなら出来るだけ近くにいる時間を増やす方が良い。襲われるにしてもわざわざ警備の多い熊谷宅に攻め込んでくるとは考えづらく、外にいるときの方が狙われやすいと判断したリコリスはそのために趣味を探ることにした。


(まぁ昨日会ったときにゲームが好きなのは分かってるし、その辺りから漁って行こうかな)


 リコリスは部屋の片付けついでに和人の部屋を物色する。


――2日目 昼――


 昼休憩に入れると言うことでやっと一息つけると思ったリコリスだったが、先輩たちに連れられて来た食堂で既に30分近く愚痴を聞いていた。


「和人様ったら私の言うことは全然聞いてくださらないのよ。課題も予定されている時間内には終わらせられないし……」


「わかるわよ。私も朝の送迎の時とか。車に乗るまでも時間かかるし、次の日の学校の用意も帰ってからしていないみたいだし……」


 リコリスは長々と先輩たちの愚痴を聞くことになってしまい後半はただ「そうなんですね」と相槌を打つだけの存在と化していた。ただ和人を恨んでいる印象は受けなかった。


(世話の焼ける弟みたいなもんかな)


 13時をすぎた頃、食堂に六花が入ってきた。六花は何かを探している様子で辺りを見回し、こっちを見て視線を止めた。


(あっもしかして私を探してる?)


 自分を探しているのかもしれないとリコリスは思い至ったが、今は先輩たちに捕まっている。声をかけに行きたかったが難しかった。


 六花はリコリスに声をかけるのを諦めたのか食券機に向かっていった。リコリスも六花を目で追うのをやめて再び相槌を打つ作業に戻る。


 それから十分位したときリコリスの後ろを風が吹き抜けた。


(ここ窓空いてたっけ?)


 一瞬そんなことを考えたがすぐさま風ではないと思い直した。スカートのポケットに何かが入れられた感覚があった。


「すみません。私少しお手洗いに行ってきます」


「大丈夫よ。いってらっしゃい椛さん」


 リコリスは先輩たちに見送られて席を立った。食堂を出る前に室内を見回したが六花の姿は既になかった。諦めてトイレへ向かう。


 トイレに入ってから個室を確認する。幸いなことに誰もトイレを利用していないようだ。端の個室に入って鍵を閉め、ポケットの中を弄ると紙切れが入っていた。


(これかな)


 開いてみると

「熊谷邸にいる専属の警備員の人数と名前、顔を知っておきたいので調べてほしいです。よろしくお願いします」

と書かれていた。


「六花ちゃんも人使い荒いなぁ」

 リコリスは自嘲気味にぼやいた。


 和人の学校が終わって邸宅に帰ってきたら課題を見る役目を言い渡されていた。しかしそれも予定通りに進めば18時ごろには終わるはずだ。その後でなら時間を作れるだろうと考えた。


 仕事の内容を頭に入れナプキンは念のため黒ポールペンで塗りつぶしてからトイレットペーパーに包んで流した。


「さて……戻るとしますか〜」

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