CODE:HEXA File5‐28 剪定し薄青
―ラファール―
恵冬が一歩踏み出す。だが、それよりも早く行動を起こしたのはここまでじっとこの戦闘を眺めていたヒースだった。
ダボついたパーカーの中からカプセルトイの景品程の大きさの玉を取り出し投げた。
(あれは……っ)
恵冬は以前、施設で薄青髪の暗殺者と戦った時にあれと似たものを見たことがある。
「煙幕……ね」
立ち止まりナイフを握りこみ臨戦体制を整える。
床に落ちたカプセルは勢いよく白い煙を噴き出し、あっという間に視界を覆ってしまった。
「ムダよ。アンタらと違ってこっちは“見てる”んじゃないんだから。ほら」
恵冬は煙の中から飛び出してきたうねる刃をナイフで殺す。そして、遅れて突き出された拳を顔の目の前で受け止めた。
「いやぁ助かったよ。超人的な視力で“見てる”んだったら掠りもしなかったと思うと助かる助かる」
「くッ、コイツ」
恵冬は苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。ここまで肉薄されてはナイフを使うよりも体術で立ち回ったほうが有利だ。すかさず、カウンターを放つもサイネリアもそれに合わせてくる。
今の今まで獲物による攻撃に振り切っていたサイネリアが身一つで突っ込んできたのだ。このまま、素手同士でじゃれ合いを続けるとは思えない。
「でも、見てるんじゃないってのはどうやら本当っぽいなぁ」
「まさか突っ込んでくるなんてね。で、何?あの子も来るわけ?」
ナイフを顔の高さで振り抜くと、サイネリアは後ろに下がってそれを躱し、煙の中へ。
後を追いかけるも眼前に殺気を感じ飛び退る。
「ったく、どうやって拾ったのよそれ」
身を屈めしなる刃を回避する。
突っ込んできたときには素手だった。足元も見えないような煙の中、一撃目の剣を投げていたのなら、どうやってそれを拾ったのか。恵冬には見当もつかない。が、間違いなく言えることはここが彼女らのテリトリーであり、自分が完全にアウェイであるということ。
恵冬は殺気を感じ取れているうちに行動を開始すべきだと考えた。
ここに来たのは初めてで、色々と散らかってはいたが、部屋の内装はある程度覚えている。サイネリアが柱や、材木をある程度切り刻んでいたとしてもそこまで大きな変化はまだないはずだ。
記憶を頼りに真っ直ぐ煙の外へと走り出した。
煙が晴れかかっている。薄明かりが見えた。あれは月の――
「……待ってた」
恵冬は殺気を感じ、跳んだ。しかし、それはミスだった。
ヒースの手に先が別れたあの獲物、ウルミが握られている。恵冬が跳んだのを冷静に見てからヒースは武器を振り回す。
(ヤバっこれ……!)
ナイフで何本かを叩き落とすが、2本。どうしても避けられないものがある。
(チッ……こんなところで)
左手の裾から小型の銃を振り出し、1本撃ち落とす。そして、右下から迫り来る刃は――――
「――――ッ!!」
短い悲鳴と共に血が飛び散る。
1本。モロに喰らってしまった。しかし、幸いなことに傷は深くない。戦闘は可能だ。
恵冬は転がりながら着地し、体勢を整える。
「おいおい、大丈夫か?」
背後。恵冬が殺気感じ取った時には、すでにそこまで接近を許していた。
ナイフを振り向き様に振り抜く。
「危ねっ!」
ナイフは火花を散らして止まる。ピンと張った刃を前にナイフはギリギリと音を立てた。
「厄介ね。ソレ。何本あるのかしら?」
「質問の意味があるのか分からんが……ふむ。2本だと言えば……信じるのかい?」
サイネリアの余裕綽々な笑みは恵冬の心を掻き乱した。
「やっぱ答えなくていいわ。終わった後で確認すれば済む話だもの」
「そうかい。じゃあやって、みな!」
サイネリアの蹴りを受けて恵冬は吹き飛んだ。鍔迫り合いをしていた状態から、どうすればあれほど力のある蹴りを繰り出すことができるのか訳が分からないほどの威力。
恵冬は腹部を抑えながら立ち上がる。
「凄い蹴りだこと。でも、おかげで少しずつ見えてきたわ。殺人鬼」
「うるせぇなぁ。掃除屋だって言ってるだろ?」
サイネリアはコートから見覚えのあるカプセルを取り出し、地面に転がした。
「…‥芸がないのね」
呆れる恵冬を前にサイネリアも仕方ないと首を振る。
「仕方ないさ。お前が対応しきれないのが悪い」
再びカプセルから吹き出した煙によって2人の姿は掻き消された。
剣戟を交わす。ウルミとナイフ。リーチの差は歴然。視界の悪さに人数差。
恵冬にとってはとてつもなく不利な条件だ。
それに、この煙。視界が悪くなるだけではない。徐々に徐々に恵冬を蝕んでいた。
煙自体に毒性や有害物質が混ざっていることはないだろう。サイネリアがこの中で戦う想定なのだ。サイネリアを妄信するヒースが、この戦法に違和感や抵抗を持っているようには見えない。仮に毒性があればサイネリア諸共ということになるが、それは考えにくい。
では、なにが恵冬に影響を及ぼしているかと言えば、それは彼女の過去に関係している。
恵冬は……煙が苦手だ。黒く視界を閉ざし、重く立ちのぼる。道を隠し孤独を生む、そんな煙が苦手だ。
この煙は黒くない。そんなこと、見れば一目瞭然だ。しかし、頭では自分の周りを囲むこれらが“煙”であると認識してしまっている。
時には目で見たものよりも凝り固まった固定観念の方が強く出ることもある。
これは煙だ。あの、煙だ。
恵冬の胸が早鐘を打つ。呼吸が浅く、思考が回らなくなる。
(こんな程度で……ははッまだよ)
煙の向こう側から微かに光る殺気を感じ取った。飛び込んできた横凪を跳んで躱す。着地と同時、とてつもない殺気を感じた。悪意に満ちた下卑た気配。ナイフを逆手に構えなおし、次に飛び込んでくる攻撃に合わせる。
次の瞬間、煙の中から剣の刃先が飛び出した。ウルミじゃない。隠し持っていた諸刃のナイフだった。
(コイツ、やっぱ目を……!)
顔面に向かって突き出されたそれは明らかに恵冬の左目を狙って放たれた攻撃だ。恵冬は頭を引いて躱し、そのまま回し蹴り、斬り落とした。
「やっとわかったわ。確信に変わった」
サイネリアの持っていたナイフが音を立てて床を滑る。
「痛ってえな。んだよ、何が分かったってんだ今更よぉ」
「いやね。まぁそのつもりで相手してはいたけどさ。まさか何の捻りもないとは思わないでしょ?つまらないし」
恵冬は得意げにナイフをクルリクルリと回しながら距離を測る。
「つまらない、ねぇ。まあいい。何が分かったのか。教えてくれよ」
恵冬は深呼吸をしてから、自分の推理を口にする。
「アンタが一課の追ってる“愉快犯”だってことよ」
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