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CODE:HEXA  作者: 青出 風太
131/140

CODE:HEXA File5‐19 剪定し薄青

11月23日(金) 19:56


―リコリス―


 リコリスのスマホ。画面の示すその先に、その男はいた。




「ここもか……一体何箇所……」


 相沢は室外機の前に座り込み、繋がれた配管を調べていた。


 "愉快犯の残した下足痕には微量の土と特殊な冷媒が付着していた。"


 それがエアコンなどに使用されるものであることを突き止め、その冷媒が滲み出た場所を探すため捜査を始めた。


 しかし、大きくブロックに分け何組かで分担したとしても都内で4、5組ほど必要な計算だった。更に、ブロックも大雑把な区切りで、その内に該当する室外機が一体いくつあるのか見当もつかない状態だ。


 雲をつかむような話。そう言われても無理はない。


 冷媒が漏れ出す室外機。どこかに亀裂やら、破損箇所があるものを中心に探しているが、使われている冷媒が比較的昔に流通していたものなら、それを使う室外機も型式の古いものだ。見つけたもののほとんどは「ふわり屋」にあったものも含めて何かしら問題を抱えていた。


「ここは……パイプに補修の跡、か。おそらく最近のもの……。補修の跡から冷媒が垂れだしていた可能性は捨てきれないな。だが、土まで調べるとなると鑑識や科捜研が必要……か」


 相沢は諦めて立ち上がる。


 ここのところ身体を酷使する機会がめっきり減って来た。街が平和なのは大変結構なことだが、鈍って仕方がない。いや、鈍ったというよりも年齢からくるものかもしれない。


 相沢は周囲の警察仲間からも憧れられるような見事な肉体を維持してきたが、それでもガタは来る。目を背けてはいられないこともあるということだろう。


 疲れが抜けきっていないような、重りを背負っているような感覚が抜けない。


 相沢は相沢なりにこの街のため、ひいては人のため戦ってきた。それが多くのものを守ることに……なってくれていればいい。


 いくらパトロールをしても、犯罪者を捕まえても、新しい罪は生まれて人は傷つき、心を痛める。


 警察組織は人々を守る盾であり、傘だ。しかし、それは時としてちっぽけで頼りないものに感じられた。





「〈こっちは終わりました。コンビニで待ってます〉か」


 部下であり相棒の小田とは偶然のハプニングが招いた結果とは言え別行動になってしまった。


 相沢は小田をまだ未熟だとは思いつつも、いい刑事になるだろうとその資質を買っている。


 せっかく別れたのだから、各々で調査した方が効率的だ。合流したとしても大の大人が2人掛で見るのが錆びれた室外機というのも、ある種の人間からすれば格好の批判材料になる。


 各々で調査をし、ある程度のところで合流し、引き上げる予定だった。つまり、ここにいるのは刑事の相沢ただ1人。




 ――だからこそ、“1人じゃない”違和感を強烈に感じていた。相沢は振り向くことなく言い放つ。


「さっきの嬢ちゃんだろ?ついてきてるなら出てこいよ。別に無暗矢鱈に捕まえたりしない」


「……よく分かったね?」


 壁の向こうからひょっこりと顔を出したのはリコリスだった。


 先ほどの古着屋で会ったことを思い出す。


 いつから尾けられていたのか定かではないが、店を出た時は間違いなく“1人”だったはずだ。


 相沢はそのスキルを凄いものだと感心していた。きっと彼女はマスコミになったら面倒な質に違いない。




「あーっと?近くに住んでるんだったか?妹さんは良いのか?」


「六花ちゃんは先にウチに帰ってるって。大丈夫。ああ見えてウチの子はしっかりしてるんだ」


「……へぇ、そうかい。で、君は?」


「私はちょーっとさっきの話が気になったからさ。この善良な1市民である私に刑事さんは何か教えてはくれないもんかなぁって」


 おどけた様子でリコリスは頭の上で手を組んだ。


「悪いが、そう教えられることはないな。ただ、そうだな……」


 相沢は考えるような仕草でリコリスに歩み寄る。


「夜は気をつけた方がいい。俺らが追ってるのは相当“愉快な奴”らしい。警察を挑発しているとしか思えん。誰だろうと標的になるだろうな」


「うへぇ。それって私みたいなひ弱な女の子を狙ってるってこと?」


 リコリスはヘラヘラと笑って見せた。相沢から見てもこの状況を大して大きく受け止めているようには見えない。


 つまり、自分の住む街の事件に関心を持ち、恐ろしさから何かしらの情報を求めて来ているのではないということ。


 ただただ、この娘は面白半分に仕事をかき回そうとしているだけにすぎない。


「狙われる可能性がないとは言えない」


 そして、すれ違い様。相沢は視線をリコリスに落とす。


「服の内側。それは気をつけた方がいい。そういうのを持ってる奴から狙われているのかも……しれないしな」



「――――は?」


 リコリスの背に冷たい緊張が走る。服の内側。そう表現される場所にあり、リコリスが持っているモノ。


(バ、バレっ!?)


 それはリコリス愛用の銃、ワルサーPPKの事に相違なかった。短い銃身に手のひらサイズのそれは隠しやすく持ち運びやすい。街に出るときリコリスは自衛用に持ち歩いているがそれをこの短時間でピタリと言い当てられたのは組織の仲間以外には初めてだ。


 どこでバレたのか。なぜバレたのか。いや、そんなことはどうでもいい。


 刑事と一対一。それも六花に自分よりも強いと言わしめた相手と一対一。戦っても勝ち目はない。彼我の距離は正確ではないが5mもないだろう。この程度の距離ならば、振り向き、ワルサーを抜く前に詰められて――――ゲームセット。


「へ、へぇ?服の内側?何のことかな刑事さん?あっもしかしていやらしい話〜?」


 リコリスは自分の背中側に歩いてゆく刑事に振り向くことが出来ない。圧と表現するにはちょっと違う。抵抗しようにも、全くそういう気持ちになれないのだ。


 まずいとは思いつつ体がいうことを聞かない。圧倒的な強者を前に諦めや、笑いが生まれるのに近い感情。


 リコリスは辛うじて動く口を使い戯けて見せるので精一杯だった。


 続く刑事の言葉を待つ時間、それは無限にも感じられた。






「……」


「――何って」






「財布だろ。最近じゃこの辺にもスリが出るらしい。気をつけるんだな」










―リコリス―


「あいつ……絶対気づいてた」


〈ドウイウコトー?〉


 夕暮れをとうに過ぎ、日の落ち切った街を歩く。


「見逃されたんだよ。私たち」


 リコリスは恐怖が過ぎ去り、一周回って芽生えた苛立ちを露わにしながら駅を目指していた。周りの目も気にせず大股で、ドシドシと。


「あの刑事は服の内側にあるのが財布なんかじゃないって気づいてた。そういう言い方だった。それを……惚けやがって~!」


 刑事はすれ違った時か、それともリコリスが手を頭の後ろで組んだ時か、どちらにせよリコリスの動きや服の上から感じとれる重量感から、何かを物理的に隠していること。そして、それが拳銃である事に気付きながらあえてスルーした。


 少なくともリコリスにはそうとしか受け取れなかった。


「何が財布だよっ!あーもう!」


 リコリスは生きている事に安堵しつつもそれがお情けかただの気まぐれによるものだということに納得がいかなかった。


〈マァマァ!助カッテ良カッタジャナイ!〉


「ってか助けてよ〜聞いてたんでしょ?」


 リコリスはm.a.p.l.e.に愚痴る。相手はAIだ。リコリスも相手がAIであることは把握している。自分が作ったのだ忘れるわけがない。それでも助けてよと言うからにはやはり信頼があった。


〈リコリスナラ、何カアッテモ大丈夫ッテ思ッテタカラ〜。一応六花サンノ電話ニ繋グ用意ハシテタケド……〉


「してたんかい!うーん信用されてるのかはどっこいかなぁ」


 フヨフヨと画面を漂うフードの女の子。彼女は悪びれる様子もなく変な踊りをくねくねと踊り始める。


〈シテルヨ〜?リコリスガ何モ出来ナイデ負ケル事ハマズナイ!クライニハ?〉


 リコリスはAIからの無茶振りに顔を歪ませつつもまぁ良しと気持ちを切り替えた。


 そうしていると既に駅は目前に迫っていた。


「あっ秋花さん!」


「あれ六花ちゃん。別に外で待ってなくてもカフェとかにいてくれれば迎えに行ったのに。あっそれ新しい服?後で見せてね」


 リコリスは先ほどまでのイライラも忘れて上機嫌に話を進める。それを六花は容赦なく切った。


「そんなことより、仕事。ですよ。師匠達が近くで待ってます」

読んでくださってありがとうございます。


感想など頂けますと嬉しいです。

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