CODE:HEXA File5‐18 剪定し薄青
―ヘキサ―
ヒュッと風を切る音が耳につく。聞き慣れた音。しかし、どこか違和感がある。
マルベリが用意した新しい服と、テトラが用意した新しい装備。それらを試すために用意された地下室の巨大アスレチック。
六花は“新しく”袖口に取り付けられたワイヤーとベルトのワイヤーを交互に操りアスレチックを縦横無尽に駆け抜ける。
(凄い。身体が軽い。前のより厚手でコートになったのに重さを感じない。これならもっと早く……でも)
六花の手には違和感があった。以前使っていたワイヤーとは何かが違う。装備の不具合も疑ったが、用意されたばかりでそれは考えにくい。
彼女たちは組織の中でも指折りの工作員であり、職人だ。少しの誤差すら見逃さないだろう。
ふと、視線を下げるとアスレチックの足元で上を見上げてポカンと口を開けるマルベリと視線が合った。
マルベリは視線に気づき、微笑みを浮かべ小さく手を振る。六花はそれに答えるように身体を捌き急降下、マルベリの隣へ降り立った。
「凄いですね。この服。軽くて動きやすいです」
黒いコートはベンチコートのような材質で所々に青いラインが入っている。マルベリは映画や旅行が趣味で、見聞きしたものに影響を受けやすい。
特に映画にいたってはかなりの雑食で大ヒット作品だろうがB級ホラーだろうがなんだって観る。宇宙を股にかけた大戦SFだろうが、突如としてやってきた転校生との一夏の青春ラブコメだろうがなんだって。
だから、彼女の作る衣服は一級品だが、そのデザインにはムラがある。
(きっと、あたり……ですかね?)
六花はこのデザインに満足していた。ラインがあり線が細く見えるところも……悪くない。
「そうでしょう?でも、安心して。オーダー通り、袖は防刃。胴は防弾仕様に仕上がってるから」
六花は新しい服を製作する話が出た時いくつかの要望をマルベリとテトラに伝えていた。その一つが、装備の防刃、防弾化である。
以前の装備はどちらかと言えば市販されているものに近く、服本体には防刃防弾の機能はない。その下に六花は射出式のナイフやら、防刃仕様のインナーやらを着込むことで万が一の時の戦闘を対策していた。
しかし、当初六花が考えていたよりも戦闘になる機会は多く、服の損耗が激しかった。そうなると、買い替えたり、コンテナに入れていた装備を回収したりと何かと手間が生まれる。
その手間をなくせるように服の方にもその機能を追加するように頼んだ。
そして、防弾。今の日本では銃火器は広く普及していない。海外での仕事も一応考え用意はしていたが、基本、六花はそちらの対応がメインではない。
だから、六花が戦う相手に“銃を持つ敵”は想定されておらず、その機能が必要とはされていなかった。それが前回の仕事で、あの金髪に負けて、変わった。
防刃と防弾。その2つは異なる技術で仕立て上げられるものでどちらも付けようとするとあまり効果は期待できないとマルベリは言った。そこで、六花は刃を受ける肩から袖口にかけてを防刃。身体は避けきれない弾を受けるため防弾に。と機能をどちらかにきっぱりと割り切る事を決めた。
「サイズはどう?結構念入りに調整したのだけど」
マルベリの言うように、今の六花にはコートもセーターも若干丈が長い。しかし、仕事の邪魔にはならない程度だ。念入りにと言う彼女の言葉に嘘偽りはない。熟練の職人によるオーダーメイドを思わせる作りをしている。着やすく、それでいて崩れない。絶妙な調整。
「これから、まだまだ背が伸びると思うしね」
「マルベリさん……」
「まぁ、そうなったらまた新しいものを作ればいいのだけど、作ったものはなるべく長く使って欲しいし」
「あはは……ありがとう、ございます」
嬉しいような恥ずかしいような。何とも言えないが居心地は決して悪くない気分だった。
六花は新しく用意されたこの服に満足していた。だが、六花はしきりに手を振り、ワイヤーを操るところをイメージするとなにか引っかかるものがあった。
「なにか気になることでもあった?」
「それが……ワイヤーに違和感があって」
「……凄いわね。やっぱりちょっとの差異にも気づくか。命を預ける道具だものね……。気づくのも無理ないわ」
「えっ?」
マルベリは申し訳なさそうに話し始める。
「たまたま前回の戦闘ログを見せてもらう機会があってね」
「……はい」
「報告書にもワイヤーが切断されていたと記されていたわ」
「……えぇ。そうでしょうね?」
六花には何が何だかさっぱりだった。そのままを報告したつもりだったが、何か不味かったのだろうか。しかし、その心配は杞憂に終わる。
「逃げるのにも戦うのにも使ういわば生命線!それが使えなくなってしまうのは問題だと思ったの。それで」
マルベリはタブレットを操作し、何かの写真を表示した。
それはワイヤーの断面図だった。
「防刃加工に使った特殊繊維を編み込んでみたの」
イメージ図を見るに以前のものは水道のホースのような一本の細長い管に先端のカラビナフックを開閉するための電気信号を送るコードが入っているだけでそこまで複雑な構造はしていなかった。が、今回のものはそのコードを6本の特殊繊維の紐で捻り覆うような構造をしていた。
つまり、ワイヤーの構造が変わったことで径と表面構造も変化していたのだ。
その差は誤差と言って差し支えない。しかし、それは六花にとって文字通り生命線。手に馴染むまで扱い抜いた道具の変化に気づくのは当然と言えた。
「やっぱり余計なお世話だったかしら……?防刃仕様だから六花ちゃんからしても若干切りづらくはなっているかもしれないけれど」
マルベリは申し訳なさそうな表情のまま六花を覗き込む。
「いえ、ありがとうございます。これで、また飛べます」
「なら、良かったわ」
マルベリは女神の如く微笑んでいた。
「あっそう!アレ。私もやってみたいわ!ワイヤーをビュって飛ばして飛ぶやつ!風を切って飛ぶなんて気持ちよさそうじゃない」
「やめておいた方がいいと思いますよ……?」
「こう見えて体幹は強いのよ?船酔いなんかもしたことないし」
ワクワクと夢を見ているマルベリに六花は冷静にツッコミを入れる。
「いえ、下手すると指が飛びますよ?」
「ひぃッ!?」
―リコリス―
リコリスは店を出てスマホの示す場所へと走りだしたが、刑事の言葉を思い出し、その場で足を止めた。
「たしか室外機とかって」
リコリスは視線を落とすと路地の端にふわり屋へと繋がる室外機を見つけた。
「これが何だっての?」
注意深く室外機を見てみても特に変わったところはない。と言ってもリコリスは室外機など意識したことはなかった。
「普段室外機なんて見てないからなぁ」
スマホで室外機を撮影すると、m.a.p.l.e.を呼び出した。
「これと同じやつ探して。急ぎで」
〈ハイヨッ!〉
電子音。ただの音を組み合わせただけの声とは言えないもの。それでも長く時間を共にすると愛着が湧いてきて、もうただのプログラムとは思えなくなっていた彼女。いや、性別はないのだから彼女というのはおかしいかもしれないが、リコリスにとっては六花に次ぐ妹的存在だった。
ものの3秒でスマホ画面は切り替わった。
〈ヘイッ!オマチ!〉
どこで拾ったデータだか知らないが適当な言葉を話して“遊ぶ”彼女は不思議と嫌いにはなれない。
「ありがと。えっと、これと見比べて違うところは」
スマホをかざして見比べる。土が飛んで外装が汚れていたり、ファンガードが歪んで一部欠けていたり、配管などを束ねているパイプが割れ何かが染み出ていたり、そんなどこにでもある普通に室外機にしか見えなかった。
「ちょっと汚い?でもこんなもんじゃない?」
リコリスの目に映るそれに目立つ異変はなかった。
「っとと。もう刑事さん移動してる。私たちも行くよ」
〈アイアイサー!〉
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