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CODE:HEXA  作者: 青出 風太
129/140

CODE:HEXA File5‐17 剪定し薄青

―リコリス―


「誰だッ!」


 真っ先に駆け出したのは小田だった。マルベリが静止するよりも早く店の奥に駆け込んでいく。


「おい!待て!ったく」


 相沢はそれを追いかけるように店の奥を覗き込んだ。


 2人の刑事の視線の先には開かれた扉が一つ。ギィとまだ揺れる扉は“誰か”がつい先ほどまでそこにいたことを示している。


 小田はゆっくりとジャケットの内側の拳銃に手をかけながら扉へ向かう。扉の先は細い路地裏のようで人の気配はなかった。


「すまん!えと、店長さん?あの先は!?」


 相沢の声にマルベリは恐る恐る答えた。


「裏口ですが……店を出て左手側に繋がっています」


 相沢と小田は短いアイコンタクトを交わす。


「どうも!」


 小田は六花とリコリスの脇をすり抜けて、店の入口から出て行った。


「で、どういう事です?店長さん」


 質問したいのはリコリスも同じだった。彼女の待っていたエレベーター。それに“誰か”が乗っていたのはおそらく間違いない。


(うちの工作員だよね、それ以外の人が使うことないし。でも、そしたら誰が……)


 この建物の下にはマルベリの工房が広がっている。そこに隠れていれば何の問題もないはずだ。あえて見つかる危険を犯してまで脱出させなければならないような理由はリコリスには思いつかない。


 大人しくリコリスはマルベリの答えを待った。


「どうと言われても……多分ミケちゃんだと思うし……」


「ミケちゃん?」


 マルベリは相沢の前を横切り、店の奥に入っていく。六花とリコリスも後を追いかけ店の奥を覗き込む。


 店の奥はバックルームになっており、店に出していない衣類が入っていると思われる段ボールの山や、マルベリが普段使っているであろうシンクに冷蔵庫、折り畳まれたパイプ椅子などが綺麗に並べられていた。


 ぱっと見の印象はマルベリの生活空間と言った様子で埃の被った所謂物置では決してなかった。


 六花とリコリスは冷蔵庫で死角になっている部屋の隅にエレベーターのドアを見つけた。2人はそこにエレベーターがあることを知っているため、すぐにその存在に気づくことができたが、店内から覗き込むだけでは丸っ切り死角になっており一目で見つけるのは至難の業だ。


 おまけに冷蔵庫が壁と接しているように見えるため、ここに数回来た程度では空間があることすらわからないだろう。


 マルベリは自分が先をいくことで無意識の内に相沢の視線をエレベーターのある方とは真逆の、開かれた扉に誘導する。そして、扉付近を指差した。


「あれは」


 相沢は電気もつけられていないバックルームの隅に小ぶりな皿が一枚置かれていることに気づいた。皿には用意されてあまり時間のたっていないキャットフードが散らかっていた。


「ミケ、やっぱり来てたのね」


 マルベリはホッとしたようでもあり、残念そうでもあった。


「この辺りの野良猫に餌を?」


「すみません。雨の中倒れていたところを助けたらちょくちょく来るようになっちゃって。たまに友達を連れてくるのだけれど、今日は1人だったみたい」


 マルベリはそう言って皿についた毛を拾い上げ、隣にあるごみ箱に捨てた。相沢は何事か考えるような仕草を見せ、口を開いた。その時、相沢のスマホがなった。


〈すみません!影も形も……応援を要請しますか!?〉


「…………いや、いい。猫だそうだ」


〈猫!?〉


 相沢は頭に手を当ててため息をつく。彼も事件を追う一介の刑事。この店に特別不信感を持っていたわけではないが、捜査中に起きたトラブルに“何か”を感じるのは無理もない。結果として“何もない”ことが一番ではあるのだが…………


 その後は小田に指示を色々と出すと電話を切った。


「すみません。お騒がせして、路地裏にある室外機だけ確認したらすぐ帰りますので」


「いえ、こちらこそ、何か誤解をさせてしまったみたいで申し訳ありません。……ご案内しましょうか?」


「いや、結構です。お客様とお話し中のところをお邪魔してすみませんでした」


 そう言って相沢は店の奥から路地裏へ出て行った。




―ヘキサ―


「なんか……その、すみません。助かりました」


 六花は素直にリコリスに謝罪と感謝の言葉を口にした。


(また、助けられた……)


 六花はまだ幼い。戦闘に関して言えばその道のプロにだって負けない強さを身に着けたが、経験値は十分ではない。対応できない窮地に陥ると冷静さを欠いてしまうのがまだまだ未熟なところだ。


「良いって。気にすんな!チームでしょっ」


 リコリスは六花の頭をポンと撫でた。そして流れるようにマルベリの隣に移動し、路地裏へと続く扉を指さす。


「ちょっと行ってくるわ。マルベリ?あと頼んでも良い?装備の受け取りだけだと思うし、六花ちゃん1人でも問題ないよね」


「それは構いませんが、どちらへ?」


「うーん。ちょっと気になるんだよねぇさっきの刑事。何か聞けるかなって。一応仕込みはあるし」


 リコリスは得意げな表情でスマホ画面を突き出した。六花もよく目にする地図画面に反応を示すアイコンが1つ。


(いつの間に……って相手は一応刑事なんですが、大丈夫なんですかこれ)


 六花は呆れるしかなかった。


 リコリスは考え込むような仕草でマルベリに視線を向ける。その視線の意図に気づいたマルベリは口を開く。


「この辺りでは何も起きてないよ。何駅か離れたところでは何やら噂になっているみたいだけど?ここに来る子たちが話してただけだから信憑性はそこまでだけど」


「そっか〜。まぁ聞けばわかることでしょ」


 その言葉に六花は反応する。


「聞くって大丈夫なんですか!?あの人多分私より強いですよ?」


 尾行して話を盗み聞くとかm.a.p.l.e.を使って何か六花には想像もつかない手段で情報を手に入れるのだろうと考えていたからだ。接触するつもりだとは思っていなかった。六花は声を上げるも、リコリスは屁でもないと言った様子だ。


「私には“コレ”があるし、逃げるだけなら何とかできるっしょ」


 手を拳銃に見立てて撃つジェスチャーをしてみせた。


 言い出したらリコリスは聞かない。それにリコリスにも何か考えがあってのことなのだろう。


 なにかと私生活では頼りない彼女だが、今回のように助けられることもある。彼女も組織の教育を受けた工作員だ。六花は深く追求する事をやめた。


「駅で合流しましょう。マンションまでは一緒に帰ってあげます」


「おっけ!」


 リコリスは元気よくサムズアップすると店の奥から出て行った刑事を追いかけて走って行った。


 シンと静まり返った店の中には六花とマルベリだけが残された。ハッとしてマルベリは口の前で手を合わせ、六花に向き直る。


「そうそう、新しいお洋服。出来てるわよ!」






 エレベーターに乗って2人は地下の工房にやって来た。


 高い天井。何段にも重なるハンガーの棚。そして部屋の半分に用意された装備を試すためのスペース。映画やドラマで見るような射撃演習場のようなそれは試す装備に合わせて自在に顔を変える。


 今は2階建ての建物ほどの鉄骨アスレチックが組まれていた。


「これは……」


「何日か前から黒服に来てもらっていたの。必要でしょ?」


「ありがとうございます」


 マルベリはアスレチックを見上げる六花を満足そうに眺めるとハンガーの棚に向かっていった。


「それじゃ、装備の確認ね」


 マルベリの用意した衣服は


・黒いコート

・青のニットセーター

・デニム素材のショートパンツ

・濃紺のブーツ


 そして、各種インナーや小物が数種類。今テーブルに並べられているこれらが何セットか用意されているようだ。


「どう?このパンツなんて結構いいと思わない?側面にジッパーがついてるのもポイントよね~」


 うっとりとした様子で製作した服について語り始めるマルベリ。彼女のこだわりについていけるほど六花はオシャレに詳しくはないが、見た感じ六花の趣味には合っている。


(動きやすそうだし、コートも大きめに作ってくれてる)


 マルベリのちょっとした気遣いを感じた。


「着てみても?」


「もちろんよ。そのために一緒に降りてきてるんだから。あっあとテトラからも装備が送られてきているからそこの試着室で着てみなさい」


「助かります」

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