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CODE:HEXA  作者: 青出 風太
128/140

CODE:HEXA File5‐16 剪定し薄青

11月23日(金)  18:44


―ヘキサ―


 空は暗く、うっすらと雲が広がっている。夕暮れの懐かしさや寂寥感を通り越した暗い空。街はやり残した仕事を背に、しかし若干の解放感に浸るような表情を浮かべたサラリーマンで溢れていた。


 その波に乗るように2人の少女は住宅街と商店街の境目にある古着屋ふわりを目指す。


「秋花さん」


「ん?なに?」


「あれからどうですか?その……進展というか」


「ん〜あんまし?鈴木さんの方も目立った動きはないしさ」


「……そう、ですか」


 六花は視線を落とす。ただ、それは落ち込んでいるのではなく、そう納得しただけのこと。そこに感情はなかった。


 被っているキャップのせいでリコリスからは六花の表情がうまく読み取れない。リコリスは言ってから六花の方をちらりと見て不安を覚えたが、六花は顔に出やすいタイプだ。リコリスが何かを見落とすことはない。


(私は、事件を調べて何がしたいんだろう。何が……出来るんだろう)


 2人の歩く先に目的の古着屋が見えてきた。


(そういえば)


 六花は建物を見て以前きた時のことを思い出す。


(三芳さん)


 三芳涼子。六花は組織から命じられた仕事をこなすため3か月間だけ素性を偽って高校に通っていた。そこで色々と面倒を見てくれた隣の席に座る女子生徒、それが三芳涼子だ。


 彼女の想い人でもあった若い数学教師が六花達の探るターゲットであると判明したため、六花のチームは組織の命令で彼を誘拐した。


 その一連の事件が刑事の相沢たちが追っていた高校教師失踪事件である。




 六花は仕事が終わったあと、何の問題も起こさず時間が来るまで学生として静かに過ごし、転校という名目で彼女のいる学校を去った。それが数ヶ月前の出来事。


 そして、つい数日前、使えなくなってしまった仕事着を新調するために訪れたこの古着屋ふわりで偶然、出会してしまったのだ。


 転校し、この街から去ったはずの「氷室小夜」が「三芳涼子」と。


 咄嗟のことに驚き固まる六花を見て助け舟を出したのがリコリスだった。



 彼女のおかげで気まずい再会を避けることに辛くも成功したわけだが――


(また……会っちゃったらどうしよう……)


 六花はまだ、本当のことを彼女には話せない。許されることも、罰を受けることもできない。彼女は六花にとって紛れもなく友達だった。


 数少ない日向の記憶。そして、その中でも一層輝く普通の日常。友達との会話。部活。ショッピング。どれも今までの六花には得難いものだった。


 そんな記憶に差す陰が一つ。


 それは自分が彼女に嘘をついているということ。身分を隠し、本名を語らず、学生になったわけを話さなかった。そして……彼女が知りたかったであろう想い人の失踪事件に関与しておきながら、見て見ぬ振りをした。


 どうすれば良いのか、悩む六花。答えは出ない。



 存在しない答えを闇の中、模索していた。




 そんな六花の様子に気づいたリコリスはフッと笑って財布を取り出した。


「お嬢ちゃん。これでココアでも買ってきな」


「――は?」


「私が先行って見てきてあげるからさ。誰かさんがちゃんと“いない”かどうか」


 やけに得意げで気取った話し方。だが、六花にも、これが自分を思ってのことだということは分かる。リコリスに視線を向けると、これ以上ないくらいのドヤ顔をしていた。


 感想を待っていると言わんばかりの表情だが、六花は敢えて何も言わなかった。


 しばらくするとリコリスは諦めたのか、肩を落とし小さめの財布を寄越してきた。それを両手で受け取ると六花はぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございます。……秋花さんは何が良いですか?」


「ん??六花ちゃんで」


 さらりとジジ臭いことを言うリコリスを六花は軽くいなす。


「そういうのは要らないです。何もなしで良いですか?」


「わーん。冗談だってば、六花ちゃんと同じやつでいいから」


 下手な泣き真似で縋り付いてくるリコリスを鬱陶しそうに振り解く。六花の口からため息が漏れる。本当にどっちが妹分なのやらと思わずにはいられなかった。


「じゃあ、少し遅れて行きますので中で待っててください」


「え、ココアでしょ?何個か探さないと無いんじゃない?」


 多くの自販機にコーヒーやカフェオレは必ずと言っていいほどラインナップされている。が、ココアが入っているものは探すと意外とないものだ。


 リコリスは意識して見たことはあまりなかったが、アジトの近くでも2,3箇所しかココアを売っている自販機を知らなかった。


「大丈夫です。前この辺りに来た時にさっと見てあるので覚えてます」


「ほへーもしかして、近くのは覚えてる感じ?」


「まぁ……」


 リコリスは口を開けたまま、遠ざかっていく六花の背中を見送った。






―リコリス―


 古着屋は今日も普段通り、寂れた雰囲気が漂っていた。それでも、嫌な印象はなくお洒落に感じるのだから、マルベリが気を遣って演出にとどめられる程度に整えているのだと理解できる。


 中央のレジカウンターでうつらうつらと船を漕いでいるマルベリを見つけると、リコリスは服を見るふりをしながらそろりそろりとカウンターへ向かっていった。


 この街に帰って来てからたまっていた“仕事”をこなしていたのだろう。


 疲れているのも、営業中に寝てしまうのも無理はない。


(店に来るの近くの学生くらいって言ってたしなぁ)


 そんなマルベリを驚かせてやろうと思ってのことだった。


「マ――」


 声をかけようとしたその時。外から革靴のカツカツとした足音が2人分、聞こえてきた。歩幅や音の重みから男性であることを察したリコリス。


(何か……嫌な予感が……いや、でも多分こっちに来てるよね?)


 そこに根拠はなかった。まだその男たちがこの店に入るとは限らない程度には距離があった。しかし、そんなことは“勘”の前には些細なこと。リコリスは慌ててマルベリを起こした。


「ん?あらごめんなさい。寝てしまっていたなんて……」


 体をもぞもぞと起こすマルベリ。リコリスはその辺にあった服をひったくり、投げつけるようにカウンターに置いた。


「で!これって!丈を直してもらうこととかって出来るのかな?桑内さん!」


「ど、どうしたの?ってリコリスじゃない。もう!来てるなら初めからそう――」


 その時、マルベリの視界に、リコリスの背中越しに入店する2人の男が写った。


 リコリスの目にもマルベリの目が変わったのがわかった。


 驚き、安堵、そして警戒。マルベリはリコリスの意図を察し、芝居に乗ることにした。


「うーん。やってみるけど、どこまで出来るか分からないわよ?ウチの商品はどれも一点ものだし……」


「良いよ良いよ。ちょっとやってみて欲しいんだ。ちゃんと代金は払うから、さ?」


 そんなごっこ遊びをしているところに2人の男はやってきた。


「こちらの店主は?」


「はい、私ですが……?」


 マルベリはカウンターの椅子に座ったまま、顔をリコリスの奥の男たちに向けた。


「お忙しいところ、すみません。私たちはこういうものです。少しご協力ください」


 2人は懐から警察手帳を取り出した。


 ガタイのいい刑事と、それに比べたら小柄で比弱そうな刑事のペアだ。


(誰?私は会ったことない人たちだ。えっと……相沢さんと、小田さん?)


 リコリスは客のフリをしながら、さっと2人の様子を観察する。


(体の大きい方は隙が少なそぅ。六花ちゃんならなんとかいけるかな?この人結構強いぞ。むぅ)


 服の下に隠してあるワルサーに手を伸ばしたくなる衝動を必死にこらえていた。どうせ、戦闘になればマルベリとリコリスの側に勝ち目はない。


「私たちはある事件について捜査していまして、その過程でこの辺りに設置されている室外機を調べています」


「はぁ……この近くで事件があったのですか?」


 マルベリは口調こそ変わらないが、驚きを隠せないと言った様子だ。しかし、リコリスの目にはどこか芯から心を動かされているのではないように見える。


 それは彼女も組織の工作員であるが故の事なのだろうが、一般人も急に事件がどうこう言われても気持ちは追いつかないだろう。それが刑事に見分けられているかどうか。


(刑事の2人にバレてなきゃいいけど……)


 話さなければ何が原因でというのは分からないだろうが、マルベリは交渉や変装、演技に特化した教育は受けていないはずだ。違和感を持たれないかどうかは運。


 リコリスは内心祈るような気持ちだった。


「室外機はどちらに?」


「それなら……裏口を出たところにありますけど」


 マルベリの視線が泳ぐ。一瞬なにか心配しているような表情を覗かせた。リコリスはハッとする。


(そっちには行かせたくないってこと?……ったく)


リコリスは彼女の心情を察し動いた。


「ねぇ、刑事さん!」


「?何かな?」


 2人のうち、大柄な方がリコリスに反応した。


(うわ、でっか。近くだと圧迫感あるなぁ)


 彼とリコリスは比べるまでもなくガタイに差がある。六花と並べば親子くらい違ってくるだろう。それこそ、差があるなどと言う言葉では片付けられないほどに。


(これ同じ人間じゃないでしょ……)


 彼の身長は180半ばくらい。ずば抜けた身長とは言えないが、ガタイの良さと彼の纏う雰囲気に気圧されてしまう。


「今捜査してるのってどんな事件なの?私この辺りに住んでるからちょっと気になっちゃってさ」


「あぁ、そうだな。ふむ」


 刑事は考えるような仕草を見せ、リコリスから視線を外した。その隙にリコリスはマルベリにアイコンタクトを送る。


(ほら、少しなら稼いであげるから)


 それを見てマルベリは“何か”をしたのだろう。あまりにも小さな動作でかつカウンターに座ったままだったため体のほとんどがリコリスから見えず、何が起きたのかリコリスには分からなかった。


 しかし、その後少しして静かに音が聞こえた。微かな音。機械が動く音だ。


(登ってくる?)


 ここにエレベーターが存在することを知るリコリスにはその音だと理解できるが、初めてきた2人はどうだろうか。


 近くで話し声が聞こえれば掻き消されてしまうような小さな駆動音が、リコリスの耳に入った。


(どうにか、これを隠し切らなきゃ)


 リコリスはなぜ、エレベーターをマルベリが動かしたのかは分からない。どうすればマルベリの助けになるのかも分からない。でもやるしかないと思った。決心した。その時だ。


「秋花さん?買ってきましたよ~」


 六花が店に入ってきた。


「あっ」

「え?」


 六花がリコリスの前で固まる。六花の目の前には一緒に店に来たリコリスと少し落ち着きのない様子のマルベリ、そしてその原因としか思えない刑事が2人いた。


 六花には2人の刑事に見覚えがある。それは彼らも同じだったのだろう。


「え?どうして君がここに?」


 初めに声に出したのは比較的小柄な刑事、小田の方だった。


「……」


 六花は諦めたように視線を落とす。


 何を考えているのか、リコリスに正確なところは判断つかないが、“どうこの2人を処理するか”そんなところだろう。


 六花は積極的に戦闘や殺しを手段に据える“好戦的な性格”ではないが、「やらなければやられる」そういった状況下では、何が何でも生きて帰れるよう思考を迷いから切り替えられるよう訓練されている。


 戦闘や殺しを手段に入れるのは逃走に失敗した時であり、今だ。


 通常ならば戦闘を避け逃走を図るところだが、ここにはリコリスとマルベリがいる。六花が逃げてもこの問題は解決しない。


 そんな時六花の思考はどうなるか、リコリスは考えたくなかったし、考えさせたくもなかった。


 六花は微かに唇をかみながら腰のベルト横につけられたポーチに少しずつ手を伸ばす。


(ちょっ!?ちょっと待ってよ!?まだ何とか……ええぃ)


「ちょっと~遅いじゃん六花ちゃ〜ん」


 精一杯の声を出した。怪しまれないような声色で上擦らないように、ゆっくりと。


「六花?」


 小田は驚いた顔でリコリスに向き直った。


 六花はリコリスの言葉にハッと我に帰ったようで、手を下ろした。


「頼んだやつ買ってくれた?」


「え、えぇ。秋花さん」


 六花はポケットから缶のココアを取り出した。


「そう、これこれ!やっぱこれだよねぇ」


「ちょっとすみません。えっと君は氷室さんだよね?」


 恐る恐る小田は六花の顔を覗き込んだ。


「……」


 六花は無言で首を横に振る。庇うようにリコリスは前に出ると刑事に向かって言い放った。


「うちの妹に何か?」


「いや、えっ?氷室さん……ですよね?僕に見覚えないですか?」


「……ない」


「そ、そんな。ほら都立新技――」


「――やめとけ」


 止めに入ったのは相沢だった。


「すまんな。えと、六花、ちゃん?だっけ?俺らは刑事で、ある事件を追っている。君が担当していた事件に関係のある人物に似てたんでつい、な。悪かった。許してくれ」


「――えぇ」


 相沢の謝罪で場がまとまりかけた時――――














「ガチャリ」


 店の奥で扉が開く音がした。

読んでくださっている方、ありがとうございます。


感想、いただけると嬉しいです。

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