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CODE:HEXA  作者: 青出 風太
122/123

CODE:HEXA File5‐10 剪定し薄青

11月8日(木) 12:47


―  ―


 人々が行き交う雑踏の中、刑事の相沢は自販機の隣で缶コーヒーを啜る。仕事に向かうところか、すでに一仕事終えて午後に向けて腹ごしらえをしに行くところか、相沢にはその区別はつかないが、人々は自分の目指すところへ真っ直ぐに歩いていく。


 皆、時間がないとでも言いたげな目をしている。


 空を見上げてみるが、彼の目に映るのは昏く厚い雲の波。


 こんな都会の空では星を見ることはできない。それはたとえ街が眠りにつく深夜であっても変わらない。しかし、この厚い雲の向こうには確かに星が存在している。


(……“愉快犯”。お前もこの街のどこかにいるのか?)



 愉快犯の起こした今回の事件。発生から1週間が経過し、凶器について一通りの検証を終え、事件現場も鑑識班によって隅々まで調べられた。


 死体を激しく損傷することもあれば、今回のように現場を文字通り引っ搔き回したみたいに滅茶苦茶にすることもあるシリアルキラー。それでいて現場には犯人に繋がる一切の痕跡を残さないのが愉快犯の恐ろしいところであり、最も厄介なところだ。


 それが捜査本部での共通の認識だった。


 凶器や被害者に目立った共通点のない愉快犯の事件に“いつも通り”という言葉が使われるのには若干の抵抗があった相沢だが、壁につけられた凄惨な傷、道楽と言わんばかりに斬りつけられた遺体、そして被害者の目に刺された青いサイネリア。


 ここまでは所謂“いつも通り”だった。




 しかし、見つかったのだ。




 何年も何十年も発見されなかった犯人の痕跡。


 鑑識班の懸命な調べによって“消し去られていた下足痕”の一部が西川宅の廊下の端、絨毯の下から発見された。下足痕は一部分のみで時間はかかったが検証の結果、26cmと特定された。


 靴は一般に広く流通しているものであったが、犯人を特定することができる現状唯一の手がかり。何十年にもわたり不可解な未解決事件を起こし続ける憎き愉快犯を追い詰めることができるかもしれない唯一の糸。


 これが犯人のわざと残した罠である可能性は捨てきれない。相沢もここまでの十数年間一切の証拠を警察に与えてこなかった愉快犯の仕業とは思えなかった。


 それでも本部の刑事たちはようやっと掴んだ尻尾の毛先に食らいつき、無限とも思える購入先を虱潰しに調べ始めた。


 下足痕には消そうとした形跡が残っていた。犯人は注意深く痕跡を消したのだろうが、西川邸の上質な絨毯は血を弾いていた。敢えて消そうとしたことが裏目に出て痕を残す結果になったと鑑識は言っていた。


 この下足痕から犯人が刃物を振るったおおよその位置が割り出され、凶器は日本刀のような長い刀身を持ち鋭利な切れ味を持つ刃物であるとも断定された。




 のだが、この1週間、そこから進展はなかった。


 日本刀のような刃物を製造するには高い技術力と設備が必要となる。設備さえ用意できれば真剣を手に入れられなくとも購入後に研磨すれば立派な凶器となる。


 都内には美術刀や、居合刀が購入可能な施設は複数存在しており、購入者は万単位で国内に点在。仮に購入者の中に犯人がいるとしても、このルートから特定するにも時間がかかるだろうとのことだった。


 更にいえば、その中に今回の犯人がいるとは限らない。


 高い技術力と設備が必要になるだけで、個人で1から制作できないことはない。県外や海を超えて違法なルートで外国から持ち込まれたとすればその特定はまず不可能だ。


 壁の抉れ、遺体の傷口などから単一ではなく複数の凶器が用いられたと考えられるため、凶器からの特定は通常よりも困難だと言わざるを得なかった。




 相沢は再び空を見上げる。建物は低く、開けた空は無限に広がっていた。




「先輩!」


 しばらくして小田が戻ってきた。


「カメラの確認ができるそうです。こちらへ」


「助かる」


 2人は凶器や下足痕から犯人を特定するチームには組み込まれなかった。凶器や靴といった比較的可能性の高い証拠の検証には元々の捜査チームがあてがわれ、相沢や小田、その他臨時で召集された刑事たちの半分ほどは独自に捜査をするようにと明確な方針が示されなかった。


 良く言えば、現状の証拠以外にこの事件の突破口を探すことを諦めていないということで、仮に今見つかっている線が行き詰まっても立て直しを図れるようになるだろう。


 しかし、中には捜査の本線から外れることを良しとしない刑事もいた。相沢の相棒、小田もその1人だった。


 手がかりがあり、その捜査に人が必要なら回り道をしている場合ではない。まずは総力を挙げてその線を調べていくべきだと考えているようだった。


 召集された刑事たちは要は補充要因であり、もともとこの事件を追っていた本命の刑事たちではない。手柄をあげるのは本命の刑事たちがやるべき、いやそうさせてやりたいと考えるのも、この事件の悲惨さや背景を考えると無理はない。


 なにせ相沢が警察に入ってから今に至るまでとほとんど同じくらいの期間を本命の刑事たちは愉快犯1人に使ってきたのだから。


 相沢にも人並に情があり、そして刑事として長年仕事をこなして来たからこそ、彼らの“自分たちが事件を解決したい”という気持ちも分かるのだが、こうも回り道を指示されると小田のようにまだ若く勢いのある刑事には厄介払いをされているようにしか思えないのも頷ける。


 仲間内で手柄を争っている場合ではないと小田は言いたいようだったが、チームに組み込まれるとは自由に捜査する機会を逃すということ。この事件にはもっと広い視野が必要だと考えた相沢は、小田を連れ出し現場付近の捜査から始める事にした。


 今日は犯人が現場にどのようにしてやってきて、どう逃走したのかを明らかにすべく、スマホで地図を確認しながら周辺を歩き回っていた。


 そして分かったことが1つ。現場から500m圏内には複数の防犯カメラが設置されており、どう逃走しようともその全てを回避することは不可能だということだ。


(ここからカメラに映らず逃げるには、それこそ忍者みたいに屋根の上を走るしかない)


 相沢はさまざまな可能性を考えた。イレギュラーや事故、犯人が調べるには難解な要素の数々。


(屋根に設置された太陽光パネルや、アンテナを避けられたとしても住人に天井を走る音が聞こえてしまうはずだ。住人の生活リズムを把握すれば……?いや違う。それに他の家のどの部屋のどの窓から見ても死角になり続けるルート……それも現実的には考え難いか)


 結果、犯人は地上を逃走ルートに選んだと相沢は仮定した。


 そして、事件の起きた時間を深夜であると仮定すると駅に向かったとは考えにくい。どこへ逃走したか定かではないが、この街から離れるならば大通りに向かうはずだ。あれだけの惨状を作り出しておいて返り血の一つもなしというのは考えにくい。


 そんな犯人が外を歩いていれば通報は必至。レインコートのようなものを着ていたにしても現場を出たら脱ぎ、街に溶け込もうとするだろう。レインコートの類は現場周辺からは見つかっていない。持ち去ったと考えるのが自然だ。


 犯人は返り血まみれだったか、それを浴びた何かを持っていた。持っているとすれば結構な大荷物になったはずだ。そんな犯人を隠すには――


(……車か)


 相沢の頭にまず真っ先に浮かんだのはどこかに停めておいた車で逃走する案だった。車なら基本的に人の移動スピードに負けることはない。長距離を容易に移動でき、大荷物を隠して運べて、凶器等の運搬にも便利だ。日本刀のようなものを裸で数本持ち歩くことはまず不可能だが車に積載してしまえば何のことはない。協力者がいればそれはさらに容易だ。


 愉快犯は主にこの東京近辺に出没しているが、他県で花の刺された死体が発見されなかったわけではない。この犯人の活動域はほとんど日本全土と言って差し支えない。車を移動手段に持っていることは何ら不思議ではなかった。


 この街を出たにせよ、潜伏しているにせよ現場からの逃走に車が使用された可能性は高いと相沢は睨んだ。



 そうした経緯を経て相沢は小田とともに現場周辺のコインパーキングやコンビニなど、深夜でも利用できて且つ車を停めておける場所に繋がる道を映すカメラを1からあたることにしたのだ。

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