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CODE:HEXA  作者: 青出 風太
114/123

CODE:HEXA File5‐2 剪定し薄青

11月3日 10:25


―  ―


 相沢はバディの小田と共に捜査会議に出席していた。


 元々相沢と小田は8月に発生した『高校教師失踪事件』を追っていた。度重なる聞き込みによってファミリーレストランでスーツを着た2人の男と話していたことや、その直後に行方をくらませたことまでは突きとめたのだが、それ以降の足取りがつかめなくなってしまったのだ。


 他にも事件に関係のありそうな痕跡を見つけていたものの進展が無く、迷宮入り一歩手前と言って差支えのない状態だった。


 そんな時に起きた今回の事件に相沢は刑事としての腕を買われ緊急召集されていた。そして召集されたのは相沢だけではなかった。


 この事件は警視庁が十何年にも渡って追い続けている未解決事件だ。


 今、ここに集められているのは小田たちのような例外を除いて、そのほとんどが数々の難事件を解決してきた腕利きの刑事たちである。



「被害者は西川宣明、76歳。夏の衆院選にも出馬しており、議席を獲得していました――」


 1人の刑事が、手に資料を持ち、事件と被害者の概要を話していく。相沢も彼とは過去の捜査の中で何度か顔を合わせていたが、特段の知り合いというわけではない。


 しかし、几帳面で細かな作業が得意そうに思える。こういう一見地味で遠回りに思える仕事が、後々最後の一手に効いてくるものだ。


 捜査会議の進行を任されているところを見るに、その能力は上層部からも信頼されているのだろう。


「次に現場の状況ですが――」


 彼は話しながらホワイトボードに数枚の写真を貼っていく。それを見た刑事の中には小さく悲鳴を上げるものもいた。


 その写真は廊下の様子を写したものだった。人が壁を背にもたれかかったまま息絶えていたり、目を見開いた状態で床に転がっていたる。廊下は死体の山というより壁にかかった血とその閉塞感から谷と表現した方が適切にすら思える有様だった。


 小田を含めて現場に行ったことのある刑事ならばその写真だけで現場のことを鮮明に思い出すのに十分だった。


 力なく倒れた死体の数々。一体何を見たらそんなに目を見開いて恐怖の感情を素直に表現できるのか分からないほどの凄惨な表情をしていた。


 ちぎれていないのが不思議なほどの傷を負っている者や苦悶の表情でうずくまる者。泡を吹いて倒れる者。本当によくここまで人の恐怖心を引き出し、バラエティのあふれた殺し方が出来るものだと不謹慎ながら関心すらしてしまう。


 だが、それがこの事件の犯人があの未解決事件の犯人であることの証左でもあった。




 次に貼られた写真は死体ではなく、室内の壁がメインに写されていた。


 建物の廊下は上品な壁紙が丁寧に貼られていたはずだが、日本刀で斬りつけられたような傷が無数に付けられ見るも無惨な有様だった。


 血の飛び散り方と壁の傷。2つを合わせて考えると警備を壁ごと斬りつけたのだろうと考えられる傷がいくつもあった。


 奇妙なのは一つとして同じ傷跡のものがないという点。


「――犯人は予め複数の凶器を用意していたものと考えられます。鑑識からの報告では日本刀のような鋭利な刃物が数種類用いられたと考えられます」


「……全身武器庫みたいな奴だな。あるいは」


 相沢は彼の言葉にボソリと言葉を漏らした。


 鑑識の言葉に間違いがあるとは思えない。鑑識の人間の優秀さは相沢もよく知っている。が、そういくつもの凶器を持ち運ぶというのは容易ではない。


とすれば他に考えられる可能性は――


 ――形状を自由に変えられる凶器が存在しているということ。


 相沢の考えをよそに会議は進んでいく。


「また、既にここにいる者は耳にしているでしょうが――」


 彼が次に張り出した写真は被害者、西川宣明のものだ。


 西川の死に様は異様と形容するほかなかった。西川は椅子にかけたまま、眼から花を生やし血の涙を流していた。抵抗した形跡は見られない。


 彼は語気を強めて言葉を発した。


「今回の容疑者はあの“愉快犯”とみてほぼ間違いないでしょう」


 言葉を続けながら彼は過去の“愉快犯”が行ったと見られている殺しの写真を1枚1枚貼り出していく。どの写真の被害者も眼からは血の涙を流し、天に向かうように真っ直ぐに花を咲かせていた。


 死因は様々。気道をふさがれたことによる窒息、多量の失血によるショック、溺死に、煙死……。


 自殺や事故ではない。明らかに殺されたと分かる死に方をしている以外の共通点は死後、眼にサイネリアが植えられているくらいなもので、凶器に一貫性はない。


 また、“愉快犯”は死体の状態にも頓着がない。死体の損傷の度合い、性別、年齢。どれも一貫性がない。


 小田は捜査会議で先輩刑事が話す事件の概要を聞いて1つ疑問を抱いていた。彼は刑事になってまだ2年目の新米だ。この場にいる歴戦の刑事たちの足元にも及ばない、まだまだヒヨコのような刑事。


 快楽殺人者どころか殺人犯を確保したこともない。それでも、快楽殺人者がどんなものなのか理解しているつもりだ。


 だからこそ、この会議で“愉快犯”がただの快楽殺人者のように扱われていることに疑問を持っていた。


(拘りが薄いようでいて、花だけは欠かさない。そういうものなのか?)


 小田は刑事として“愉快犯”に引っかかるものを感じていた。確かに“愉快犯”の行動は不可解だ。


 頭を悩ませる小田を置いて会議は進む。



「これだけの事件をたった1人で起こしたというのか。噂には聞いていたが、凄まじいものだ」


 小田の前に座っていた刑事が言葉を漏らした。


「……1人?1人ってどういうことですか?先輩」


「あぁ。小田は初めてだったな」


 相沢は前を見ながら、小田に説明する。


 “愉快犯”は当初、屈強な男たちの数人による犯行だと考えられていた。というのも初めの被害者が工場の天井付近で逆さまに吊るされていたせいだ。


 体重は100キロに迫る巨漢で身長も180を超える、鍛え上げられた肉体を有する裏の世界の人間だったのだ。


 男から薬の類は検出されなかった。つまり、犯人は真正面からその男を倒し、その後逆さに吊るしたということになる。


 当然、複数人による犯行だと考えられ、捜査が開始された。しかし、数年のうちに同じように眼にサイネリアが刺された死体がいくつも上がるようになると、途端に単独犯であるという見方が強くなったのだ。


 犯罪というのは1つのほころびからすべてが明らかになることもある。複数人で事件を起こせば犯人グループはその1人から何かしらの情報が漏れただけで瓦解する危険性を抱えることになる。


 数件の事件から犯人に繋がる証拠は何ひとつ出てこなかった。本当に“愉快犯”によるものであるのなら、そして複数犯であるのなら、ここまで証拠を隠し通せるはずはない。


 そこから捜査本部では単独犯の見方が強くなったのだ。


 相沢は淡々と事情を説明した。彼も捜査本部にいた人間ではない。正しい流れこそ知らないが大方の流れは漏れ聞こえてくる情報で推理することが出来る。


 小田はその話を聞いて、長年“愉快犯”を追っている刑事たちが複数犯だという考えを念頭から排除していることも理解することが出来た。


 しかし、やはりどこか引っかかるところがある。


(本当に1人で?これだけの事件を?いや、でも入念な証拠の消し方と殺しの状況には矛盾がある……やはり最低2人……)


 考え込む小田を見て相沢はどこか嬉しそうにしていた。

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