第六話 二年ぶりの帰国
もう帰りたいなぁ。
盛大な歓迎式典が終わっても、インタビューだの歓迎会だの、デモンストレーションとしての飛翔だの。一体いつになったら自由にしてもらえるのだろう。
二年ぶりに、やっと帰って来た地球なのに、まだ家族に連絡も出来ずにいる。
エクーは使節団のガルーラ乗りの代表だから仕方ないけれど、私はもう、帰っても大丈夫なんじゃないかな? 第一、私が地球人だとバレたら、色々面倒なことになる。
今回の使節団は、ガルーラの存在を地球人に知らしめるために来た。交流や貿易なんかは、名目上のことだ。
地球人はガルーラのことを知ったら、どう判断を下すだろう。地球に寄生する、恐ろしい害獣とするのか。空や宇宙を駆ける手段をくれる、有益な生き物とするのか。
暗殺や諜報活動にマスターやガルーラを利用し、戦いの道具としてしまうのか。
共に生きる、パートナーとなることを選ぶのか。
使節団は地球の判断により、地球中のガルーラと地球産マスターの全てを、速やかに保護して立ち去る準備がある。
カルマイナとエクーの一族では、その全てを受け入れる用意が整っているのだ。エクーが十年かけてその準備を進めた。私もそれを全力で手伝った。
私は地球人のズルさや弱さを、嫌というほど知っている。歴史はそれをあからさまに物語っているし、私の中にも確実にあるものだから。
ガルーラやマスターが政治や戦争に利用されたり、食いものにされてしまうことだけは防がなくてはいけない。使節団は、地球産ガルーラとマスターの後ろ盾となるために地球を訪れたのだ。
カルマイナでは『地球人に知らせる必要はないのではないか?』という意見が主流だった。地球人に悟られることなく、ガルーラやマスターを保護するなど、カルマイナの技術を持ってすれば造作もない。
都合の良いことに、地球人はまだ他の惑星文明との接触に慣れていないのだ。
その意見に、真っ向から反対したのがエクーだった。
地球人の手から、他者を癒す想いで渡される存在力。それを穏やかに受け取って暮らす、狩りをしない地球のガルーラ達。
エクーは地球人を信じたいみたいだ。できれば、私もちょっと信じたい。何度も話し合いが行われた。私や、他の地球産マスターも、話し合いに参加した。
そうして――。
全てを知らせ判断を待つ。長い目で見て援助もしてダメそうなら強行手段。ある意味、行き当たりばったりとも言える方針が固まった。
地球や日本政府の出方は気になるけれど、私には逃げ出す場所があるから、割と気楽でいられる。
この先どう動くかのか。それは家族やエクーと相談しながら決めようと思っている。
ちなみに、星と星との戦争や侵略行為は、宇宙法で禁止されている。
私は今日で、カルマイナの使節団と一旦別行動になる。一応私は地球産ガルーラ乗りの代表なので、実践訓練と勉強をさせてもらっていたのだ。私はカルマイナの組織には属していない。
つまり……今すぐこの場から逃げ出しても、なんら問題はないわけだ。
私の黒い髪の毛や、カルマイナの人たちにはない眉毛が、マスコミの目に止まる前に、この場からオサラバしてしまいたい。
チラリとエクーを見ると頷いて、軽く手をヒラヒラと振ってくれた。
『しょうがねぇな。行け行け!』と言った表情だ。エクーとも長い付き合いになったものだ。私の大切な師匠であり、頼りになる兄貴分だ。
クロマルと一緒に、そろりと会場を抜け出し、空に駆け上がる。宇宙の旅は驚きと発見に満ちていたけれど、私はやっぱり、地球の青い空を飛ぶのが好きだ。
「ふふ、気持ちいいね! クロマル」
逃げられるものからは、逃げた方がいい。最近の私は割とさっぱりしている。どうしても逃げ切れない時もある。逃げたくない場合もある。
さあ。十年越しの大仕事を片付けに行こう。どうしても、逃げてはいけない案件だ。
ラムネのビー玉は、瓶を割らなければ手に入らない。私は、瓶を叩き割りに行く。一度割ってしまったら、元通りには決して戻れないことは承知の上だ。
この衣装のまま行ってしまおう。目立ったって構うものか。風帯が長く裾引くさまは、文句なしに美しい。
この空からなら、この衣装を着ている今なら。きっと勇気が出る。旅の途中で、大きな目玉の宇宙怪獣に襲われた時を思い出す。
あれに比べたら、怖いものなんてない!
迷いが出る前にメールを打つ。エクーの一族の、ガルーラ乗りのための通信装置だ。魔改造済みなので登録した数人ならば、スマホに文書を送ることができる。
『シュウ、ただいま! 屋上に出て来てくれる?』
深呼吸しながら送信の操作をする。もうグダグタと、考えるのはやめた。
マンションの上空でクロマルにホバリングしてもらい、覚悟を決めながら待つ。二年ぶりに見る懐かしい街並み。私が小さくなる日々を過ごした街。
シュウが重そうな屋上のドアを、ガコンと音を立てて開き、眩しそうに空を見上げる。
騎乗帯のハーネスを外すと、クロマルが『カナちゃん、ガンバレ!』と言いながら、嬉しそうにピョンと跳ねた。
いっくぞー! そーれー!!