第四話 クロマル最終形態
春が来て、夏が来て、季節が巡った。
僕は高校生になり、そして大学生になった。
僕の身長はぐんぐん伸びて、いつかクロマルが言った通り、百八十センチを超えた。
高校でもバスケ部に入り、インターハイに出場した。
そろそろ成長期も終わりだなぁと思っていた頃、エクーの星の政府が地球への公式訪問にGOサインを出した。
クロマルが宇宙へ飛び立つ時が、とうとうやって来たのだ。僕はそのための存在力を渡すことにした。
骨端が閉じているのを確認してもらってから、久しぶりにクロマルと並んで眠りについた。
「シュウ、シュウ!」
おう! クロマル! おまえと一緒に眠るのは、ずいぶん久しぶりだなぁ。どうだい? 調子は?
「カナちゃんと飛ぶのはすごく楽しい。他のガルーラに会うのも楽しいよ!」
なんだよ、全然変わってないじゃないか! クロマル、もう大人になったんだろう?
「シュウこそ、大きくなったのは身長だけに見えるけど?」
久しぶりに深く繋がれたのが嬉しくて、はしゃいでお互い軽口を叩き合う。
「シュウは今でも、カナちゃんのことが好き?」
うん? 当たり前だろ! 大好きだ!
高校の卒業式の朝、直接告白してあっさりフラれた。ハタチの誕生日に、もう一度チャレンジして玉砕した。成人式を終えたその足で、花束を持ってプロポーズした。……ダメだった。
カナリさんにとって六歳の年の差は、僕が思うよりも厚い壁みたいだ。
でも僕は諦めてはいない。確かな手応えだって感じている。だからコツコツとその壁を、少しずつ、少しずつ削っている。
そのうち一気にぶち壊して、絶対に逃がしてなんかやらない。すでに周りは固めてある。我ながら、僕はけっこう腹黒い。
うちの母親も、カナリさんのご両親も、月基地のエクーの星のガルーラ乗りも、地球産マスターも、みんな僕の味方だ。
あとは僕がお姉さんを支えられる、大きな男になるだけだ。……いや、小さくなるのも大切だな。
「シュウにいいこと教えてあげる」
クロマルがいたずらっ子のように言った。
「最近のカナちゃんは、シュウに“カナリさん”って呼ばれるたびに傷ついている」
えっ? 昔みたいに“お姉さん”って呼んだ方がいいのか?
「バカだなぁ、違うよ! カナとかカナリって、呼んで欲しいみたい。でも言ったらダメだと思っているんだよねぇ」
マジで!?
フフフ……。ハハッ! やったぞクロマル! もう勝ったも同然よな?
「シュウに仕上げの存在力をもらうと、ぼくはシラタマとケッコンできるんだ。ぼくとシラタマの子供が生まれたら、シュウがマスターになってくれる?」
良いのか? でも僕を選んでくれるかなぁ。
「大丈夫。シュウの存在力はとびきりだから。カナちゃんと同じくらい良い匂いがする」
やっぱりガルーラの、マスター選ぶ基準って『旨そう』とかそういうことなのか?
「存在力は魂の味、心根の味。好みもあるけど、おいしい存在力を持つ人は、ガルーラの力を悪用しないんだ。それが選ぶ基準だよ」
ああ、確かにそんな感じだな。ガルーラのマスターは、みんながみんな、あったかい。
「カナちゃんの存在力は、栄養たっぷり。元気がもりもり湧いてくる。シュウの存在力は甘い。疲れた時に染み渡る感じ」
へえ、どっちが好きなんだ?
「アハハ! 選べないよ。どっちも大好き。どっちも大切。カナちゃんに逢えて本当に良かった。シュウがいてくれて、天に感謝する」
僕はグルメ的な意味で聞いたのに、思いのほか照れくさい答えが返って来た。
クロマルはやっぱり少し、大人になったみたいだ。
僕も負けてはいられないな!
そして。いよいよ運命の時が来た。クロマルと息を合わせて、意識をシンクロさせる。
僕の力がクロマルに流れてゆく。
変換され、行き渡り、あるべき場所に満ちてゆく。足りなかったものが形作られ、最後のピースがカチリとおさまる。
僕らは五感を共有している。
クロマルの魂が歓喜に震えた。
抑えきれない咆哮が、喉を焼いて迸る。バチバチと火花を散らし、全身の毛が一斉に立ち上がった。
クロマルが今、ようやく宇宙を駆ける力を手に入れた。
それは、立ち尽くすほど恐ろしく、鳥肌が立つほどに美しかった。
行けよ、クロマル。
どのガルーラよりも力強く、
どこまでも自由に宇宙を駆けてゆけ。
そして僕の大切な人を、
必ず連れて帰ってくれ。
こうして、僕の存在力15センチ分をキッチリ受け取ったクロマルは、無事に成体となった。そして、カナリさんを乗せてエクーの星へと旅立って行った。
あ……! カナリさんじゃなくて――。
『カナ』
……うわぁ! くすぐったい!! 無理! 急にはむりいぃぃっ!