第二話 小さなガルーラ
ある日カナリさんが、小さな……本当に小さなガルーラを連れて帰って来た。
五センチか、六センチくらい。僕の手の平で、すっぽりと包んでしまえるくらいの大きさだ。手を差し出したら、少しためらったあと、おずおずと手の平に乗ってくれた。
薄い色の茶トラで、お腹と手脚の先が白い。顔を近づけると、びっくりさせてしまったみたいで、鼻の頭をテシテシと猫パンチされた。
「どうしたの? この子!? カナリさん、どうしよう、可愛いよ!!」
「うん、子育て中に存在力が足りなくなっちゃったお母さんなんだよ。幼ガルーラもまだ小さいの」
『存在力が足りない』
カナリさんが、ずっと悩んでいたことだ。ラティスの事件で、だいぶ吹っ切れたみたいだけれど、不用意に『可愛い!』なんて騒ぐべきじゃなかった。
「子供はエクーが診察してるの。先に、この子を集会所に連れて行きたい」
最近のエクーの調査で、猫集会の謎が解き明かされた。
集まっているのは、ほとんどが猫じゃない。地球産のガルーラだったんだ。
集会所は、地球人の手から溢れた存在力が流れて集まって来る場所らしい。そこでガルーラたちは、存在力を吸収している。
成長や、子育てに必要な分を、身体に蓄えているんだって!
「この子は山奥にいたから、充分な存在力を蓄えられなかったんじゃないかなぁ」
カナリさんが、僕の手の上によじ登って、ガルーラを抱き上げながら言った。腰を下ろして、膝の上に乗せる。
なんて可愛らしい光景なんだろう。ネットでよく見る『尊い』って、こういう時に使う言葉かな!
「シュウくん、集会所まで連れて行ってくれるかな? 頼んでもいい?」
僕がカナリさんの頼みを断るはずがない。それに、僕もこの子のために何かしたい。
「うん、行こう」
小さなガルーラを抱いたカナリさんを、胸のポケットに入れる。最近はすっかりこのスタイルがお出かけの定番だ。
僕の持っている服は、胸ポケットの付いたものばかりになった。
「カナリさん、その子、名前は?」
「うん……ちょっと悩んでるの。うちの子になってもらいたいけど、子猫のこともあるし。名前をつけると、離れがたくなっちゃうでしょう?」
わかる気がする。でも、出来れば……僕がお世話したい!
「飛べるの?」
「今は無理みたい。でも元気になったら、浮かぶくらいは出来るといいね!」
地球のガルーラは、宇宙に住むガルーラとは、別の能力を持っている。存在力を効率良く吸収することに特化していて、マスターを持たなくても成体になれる――つまり子供を作れるのだ。
その代わりに地球産の野良ガルーラは、ほとんど飛ぶことが出来ない。地球産ガルーラの生態は、まだまだわからない事の方が多い。
エクーとカルマイナの調査チームが、絶賛調査中だ。
「どこの集会所に行く?」
「うーん、今の時間ならやっぱり神社かな? 人がいない方が良いから」
胸ポケットのカナリさんと、小声で話しながら歩く。ポケットからぴょこりと顔を出したカナリさんと話すのが、僕はとても好きだ。
普段は高低差があるから、どうしても表情が見えにくいんだ。今日のカナリさんは、とても穏やかな顔をしている。
神社に着いて、ひとけがないのを確認する。
「大丈夫みたい。出てきても、いいよ」
カナリさんがポケットから顔を出して、キョロキョロと辺りを見回す。僕が手の平を差し出したら、ガルーラを抱いたまま手の平にぴょんと飛び移った。
目の前の不思議で可愛らしい光景に、胸が苦しくなる。この子が僕の周りを、楽しそうに飛んでくれたりしたら、僕の存在力は噴水のように吹き出してしまうかも知れない。
こんなことを考えると、クロマルに怒られるかな? あいつ、けっこう独占欲が強いからな!
その後、その小さな小さなガルーラは、しばらくうちで預かることになった。
ミルクティーみたいな色合いなので『チャイ(インド風ミルクティー)』と名付けた。
そしてチャイは、いつの間にかちゃっかりと母さんと契約を交わしていた。目下うちの母親は、着々と小さくなっている。
「十センチくらいなら、許容範囲よ! 誰も気づかないって!」
そうかなぁ。僕なら気づくと思うけど。
「ふふふ。そんなシュウだから、カナちゃんにも気づいたのね。良い子だなぁ、うちの息子は!」
カラカラと豪快に笑う。動じないなぁ。
チャイが初めて、ふわふわと浮かんだその日――。
僕と母さんは、あまりの可愛さに、鼻血が出そうになった。