表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
秘密のクロマル  作者: はなまる
第一章 小さくなる日々
9/96

第八話 尾行

シュウくん視点です。




 お姉さんが、全然部屋から出て来なくなった。


 大学にも、バイトにも出かけている様子がない。


 僕は最初、入院してしまったのかなと思った。前にこっそりお姉さんの後を尾行した時、大きな病院に入って行くのを見たからだ。

 それなら会えなくても仕方ないかなと思ったり、僕がお見舞いに行ったら変かなと考えたりしていた。


 でもお姉さんは、どうやら部屋にいる。


 僕の家の洗濯機が置いてある場所は、壁が薄くて隣の部屋の物音が一番よく聞こえる。時々子猫の声が聞こえるし、宅急便の配達の人が来た時は、扉の開く音が聞こえる。


 そんな場所で聞き耳を立てている僕は、なんだか犯罪者っぽい。そして、ちょっと変態っぽい。

 でもお姉さんの秘密が、何かわかるかも知れない。そう思うと我慢できなくて、つい洗濯機のそばをウロウロしてしまう。


 僕の行動は探偵っぽいという事にしておこう。


 春休みのある日。


 僕が部活に行こうと自転車置き場に向かっていると、お姉さんが部屋に鍵をかけているのが見えた。

 一ヶ月ぶりくらいに見るお姉さんは、びっくりするくらい小さくなっていた。並んだらたぶん僕の肩くらいの身長だ。


 僕は部活に行くのをやめて、またお姉さんの後をついて行くことにした。今日の部活は先週の試合の反省会だ。僕は反省していないので、出なくても支障はない。たぶん。


 お姉さんはメガネをかけて、大きな帽子を被っている。変装しているみたいだ。これは、秘密の気配がするぞ!


 商店街から桜並木を抜けて、駅に向かう道。お姉さんは、元気に手を振って歩いて行く。行き先がわかれば、そんなに近づく必要はない。


 ネットで見つけた「腕き探偵が教える尾行のテクニック!」という記事に書いてあった。対象者に気づかれるリスクは、極力排除しなければならないのだ。


 お姉さんは僕の思った通り、駅に入って行った。僕の探偵としての資質は、けっこうイケてるかも知れないな!


 僕も切符を買って電車に乗る。通勤時間前の車内は春の日差しが差し込んで、なんだか穏やかでのんびりとした雰囲気だった。


 立っている人も多いけど、座席も空いている。そんな車内でお姉さんを探す。


 いたいた!


 お姉さんは大きなリュックを膝に乗せて、座席の一番端っこに座っていた。大学生みたいな男の人の背中に隠れて、こっそりとお姉さんの様子を覗き見る。

 僕はふとお姉さんの膝が、カタカタと揺れている事に気づいた。リュックの上でギュッと握りしめた手も、小刻みに震えている。


 具合が悪いのかなと思った。でも、そうじゃない。


 前を通り過ぎる人がいると、ギュッと目をつぶって顔を伏せる。近くにいる人が席を立つと、ビクッと身じろぎする。静かになると、そーっと顔を上げる。


 お婆ちゃん家の子ウサギにそっくりだ。人見知りが激しくて、僕がそばに行くだけで怖がって隠れてしまう。小さくて臆病な子ウサギに、お姉さんの様子はよく似ていた。


 怖いんだ。お姉さんは、周りの人が怖いんだ。


 僕と会った時に、大きなあくびをしていたお姉さん。あくび中に僕と目が合っても、全然気にしないで、その後いつも通りにへにょっと笑った。

 そんな傍若無人にマイペースなお姉さんが、首をすくめている様子に、僕は驚いてしまった。そんな繊細な人だとは、思ってもいなかった。


 お姉さんが、唇を噛みしめて顔を上げる。まるで大切な宝物を落としてしまった底なし沼へ、足を踏み入れようとしている小さな子供みたいだ。


 勇気を奮い立たせている……。僕にはお姉さんが、そんな風に見えた。


 もしも僕がヒーローだったら。


「あとの事は任せておけ!」とかなんとか言って、格好よく助けてあげられるのに。


 僕にできるのはお姉さんに気づかないふりをして、ひとつ隣の座席に座る事だけだった。


 こういうのをきっとヘタレって言うんだ。僕は僕の将来が心配になる。僕はちゃんと、好きな女の人を守れる男になれるだろうか?


 情けなくて、向かい側の窓を見つめながら、ギリギリ言うくらい歯を噛みしめた。少し、奥歯の虫歯が痛かった。


 駅に着くとお姉さんは、頰をパンと叩いて走って行ってしまった。僕は相撲の取り組み前みたいだなと思った。お姉さんの横顔は大一番の取り組み前の、戦う人の顔だった。


「相撲取りみたいでカッコイイ」


 そんな事を言われて、喜ぶ女の人はたぶんいない。



 この駅に、一体なにがあるんだろう? 危険なことがあるんだろうか?


 僕は、お姉さんあとをついて行くことにした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ