第十二話 それいけクロマル
▽カナリ
強い風と落下の負荷に耐えられずに、残っていた左のプロペラが、ひとつ、ふたつと順番に折れて吹き飛んで行く。
あまりの状況に、思わず意識が遠のきかけたけれど、視線の端にドローンの後を追って、慌てて急降下をはじめたクロマルが見えた。
ああ、良かった。正気に戻ったんだ。頑張った甲斐があった。
私は座席のシートベルトを外して、思い切ってクロマルに向かって跳んだ。
大丈夫、きっとクロマルが受け止めてくれる。両手と両足を広げると、夜景を抱きしめているみたい。風圧で服がバタバタと大きな音を立てて、頬のお肉がブルブルと震えた。
スカイダイビングなんて、一生縁がないと思っていたけれど、やってみたらなかなか爽快じゃない?
夜空に、ぽっかりと浮かんでいるみたい。パラシュートは背負っていないんだけどね!
クロマルが慌てた様子で加速して、私の下に回り込み、ボスンと背中で受け止めてくれた。
ああ、やっとここに戻って来られた。クロマルの背中。マスターとして、私の生きる場所。
クロマル、痛いところはない? 大丈夫?
「カナちゃんが落ちて来た背中が痛いよ! 少し重くなったんじゃない?」
なんだと? この性悪ガルーラめ!
背中に乗った途端に、強く強くクロマルと繋がる。からかうよう言葉が、今は甘い水が染み渡るように心地良い。でも少しシャクに触ったので、両手でヒゲを掴んで引っ張ってやった。
クロマルの首にしがみつく。ギューっと抱きしめて顔を擦りつける。
「カナちゃんを乗せて飛ぶの好き。カナちゃんの歌が大好き。歌ってくれたの、嬉しかった」
聞こえたんだ。私の歌は……ちゃんとクロマルに届いたんだ。
「真っ暗で寒くて、自分がいないみたいですごく怖かった。でもカナちゃんの歌が聞こえたら、おなかがポカポカあったかくなった」
私の歌、すごい! 最強! 無力なんかじゃない。たぶん効果はクロマル限定だろうけど、それで充分! おつりが来るくらいだ。
もう一度、ムギュウウウと、力の限りクロマルの首を抱きしめる。
「苦しいよカナちゃん!」
クロマルが笑いながらゴロゴロと喉を鳴らした。
ヨシ! 歌うぞ! “それ行けクロマル! 任せてぴょん”だ!
「カナちゃん……。任せてニャンだよ……」
そう、ソレ! いっくぞー、いちばーん!
カナちゃん、ダイスキ。
クロマルの囁くような言葉が胸を擽る。思わず涙で喉が詰まったけれど、これだけは、どうしても最後まで歌いたかったから――。
私は鼻水をすすりながら、涙にむせて咳込みつつも、きっちり三番まで歌い切った。
お帰りクロマル。私もクロマルが――ダイスキ。
▽シュウ
「カナリさん! クロマル! 返事をしてよ!」
僕が、半分泣き声のような叫びを上げたその時。
空から、小さく歌声が聞こえて来た。弾けるように空を見上げる。
そこには、踊るように空を駆けている、クロマルがいた。
歌っているのは、カナリさんだ。クロマルはカナリさんの歌に合わせて、楽しそうに跳ねながら降りて来る。
光の波紋がいくつも空を彩り『ポーン、ポポーン』と、鉄琴を奏でるような音が響く。
僕はヘナヘナと身体中の力が抜けて、その場に仰向けで倒れ込んだ。大きな月と星空を背に、オレンジ色の光をまとって踊る、真っ黒な獣。
まるで幻想的な影絵みたいだ。
「シュウ、心配かけてごめんね」
クロマルが僕のおなかに、ふわりと着地して、照れ臭そうに言う。擦りむいた頰をざらざらの舌で、舐めてくれる。
「シュウくん、なんで裸なの?!」
カナリさんがびっくりした顔をして言った。手に持った、焼け焦げたTシャツを見て顔色を悪くしている。
僕が火傷や怪我をしていないか、心配してくれてるみたい。ぺたぺたと小さな手で、肩やお腹を探り出した。
僕はくすぐったくて、照れ臭くて、笑いたくなったのだけれど力が入らなくて、大の字に寝転がって、もう一度夜空を見上げた。
月が、きれいですね。カナリさん! クロマル!