第十話 異星人の少女
シュウくん視点。
あちこち走り回って、ようやく見つけたエクーの妹は、かえって僕が驚くくらい無防備に立っていた。
空を見上げて一心不乱に歌っている。涙をポロポロと流しながら……それでも旋律は乱れない。
透明なガラスのピアノを弾いているみたいな、とてもキレイな声だ。カルマイナ人の歌は、不思議な力を持っていると聞いた。わかる気がする。
ガルーラじゃなくても、僕の心もザワザワする。
こんなすごい歌が歌えるのに……そのすごい歌でやるのは、ガルーラを狂わせて、人を襲わせることなの? そんなのバカだよ。才能のムダ使いだ。
「ねぇ、もうやめなよ。そんなことをしたって、クロマルは君のものにはならないよ」
僕は言葉が通じないことをすっかり忘れて、普通に話しかけてしまった。
「だ……れ?」
あ、ラティスの言ってることがわかる。ラティスの被っている、マイク付きヘッドホンのせいかな? 翻訳うちわより使いやすそう。
「僕はクロマルの二人目のマスターだよ。大人になったら、クロマルが宇宙に出るための存在力をあげる契約をした」
ラティスがびっくりしたように、目を見開いた。
「二人目のマスター? そんなの聞いたこともないわ! でもあなた……。それじゃあガルーラ乗りに、なれないんじゃない?」
「大きさの話? クロマルはカナリさんのガルーラだけど、僕もクロマルが大好きだから、いいんだよ」
「ガルーラ乗りになりたくないの?」
「なれたらいいなって思っているけど、まだ先の話だから、わからないかな」
「私は小さい頃からずっと、マスターになるために修行してきたの。誰よりも立派なマスターになれる自信がある!」
「クロマルは、カナリさんが大好きなだけだよ。立派なマスターとかは、きっと関係ない」
「そんなの! 私はユエが大好きで……ユエの子供のために……マスターになりたくて……ずっとずっと……」
「君が大好きだったのは、ユエでしょう?」
いくらユエにそっくりでも、クロマルにとって、ラティスは初めて会った知らない人。カナリさんはずっと一緒にいた、大好きなマスターなんだ。そんなの当たり前だよ。
当たり前だけど、目の前に突きつけられたら、ショックだよね。八年も前からの約束かぁ。重いなぁ。
「もっと楽しい歌や、ワクワクする歌があるんでしょう? そういうの歌ってよ。きっと地球人はみんなびっくりして、聞き惚れる」
「他の人がいくら褒めてくれたって、そんなの意味がない!」
駄々っ子みたいに叫んだと思ったら、ラティスはカクンと膝をついて、座り込んでしまった。
僕はラティスのことを、許すもんかって思っていた。カナリさんとクロマルを泣かせた、悪人だと決めつけていた。
ぎゃふんって言ったら(宇宙人は言わないかも知れないけど)、ザマアミロって言ってやろうと思っていたんだ。でも……。
小さな子供みたいに、座り込んで泣いている姿を見たら、ラティスの気持ちもわかってしまった。
大好きなユエが死んだって突然聞かされて、ずっと夢見て頑張って来たことが、もう叶わなくなってしまった。
きっと悲しみに、心が塗り潰されてしまったんだ。僕だってカナリさんとクロマルが、いっぺんに目の前から消えてしまったら、心が真っ黒に染まってしまうかも知れない。
「今は考えられないかも知れないけど、君の歌が一番好きって言ってくれるガルーラが、きっといると思うよ」
僕が額に巻いていた、タオルを差し出してみた。汗臭いから嫌がるかな?
「そのガルーラに、楽しい歌や元気になる歌、たくさん歌ってあげなよ。君の歌、本当すごいからさ」
ラティスは意外にも、素直にタオルを受け取って、ゴシゴシと乱暴に顔を擦った。
そして、ごめんなさいと、小さな声で言った。
僕は人間の心って、宇宙人も地球人も、難しいなぁと思いながら、ふうと息を吐きながら空を見上げた。
真っ暗な空をぐるりと見まわして、カナリさんとクロマルを探す。
あれ? ドローン……どこ行った?
最後に空を見上げた時、チカチカと光るドローンは、クロマルを引き連れて、どんどん上昇していた。
僕はなんだか嫌な予感がして、ポケットの中のキーホルダーを握り締めた。
クロマル、カナリさん。無事……だよね?