第八話 強襲 ②
▽カナリ
シュウくんが呆然と立ち尽くしている。
あんな恐ろしい姿のクロマルを、きっと初めて見たのだろう。私は知っている。クロマルはガルーラだ。人を襲う、恐ろしい宇宙の獣の顔を持っている。
「うわっ!!」
無防備なシュウくんの肩を、クロマルの爪が掠めた。
クロマル! シュウくんだよ? シュウくんだよ!
クロマルの眼に、一瞬だけ戸惑いの色が滲み、すぐに消える。野生の獣そのままのしなやかさできびすを返し、空へと舞い上がる。
「シュウくん! 大丈夫?!」
「うん、袖が破けただけ。でも……驚いた」
良かった。怪我はしていない。でも、次はクロマルの爪が、シュウくんを引き裂いてしまうかも知れない。
そんなことはさせられない。
クロマルはシュウくんが大好きだから。正気に戻った時、自分がシュウくんに怪我をさせたと知ったら、きっとひどく傷つく。
止めなくちゃ! そんなをことさせてはダメだ。
「シュウくん、ジープの荷台にドローンが積んであるの。私がそれに乗って飛ぶ」
もっと近くなら、クロマルに私の声が届くかも知れない。
「えっ?! 危ないよ! それに僕、ドローンの操縦なんてやったことない!」
「エクーが改造してくれた。操縦しながら飛べる」
まだ試験飛行さえ済んでないけれど、やるしかない。大丈夫、私は本番に強いはず!
「シュウくんはラティスを止めて」
風に乗って歌が聞こえる。クロマルを狂わせる歌が、低く、単調なメロディを繰り返す。
宵闇の空に浮かぶクロマルが、苛立つように頭を振った。口の端に泡が浮いている。
やめて、もう歌わないで! クロマルが壊れてしまう!
上唇を捲り上げ、牙を剥き出しにして、クロマルが低く唸り声をあげる。
「シュウくん、来る!!」
黒いボールのようになったクロマルが、シュウくんに体当たりした。とっさに腕をクロスさせて受け止めたシュウくんが、弾き飛ばされて倒れる。
私もシュウくんのポケットから飛び出してしまい、地面をゴロゴロと転がった。
「カナリさん!!」
シュウくんが、唇の端の血を拭いながら立ち上がった。私もシュウくんの元へ走り寄る。
「シュウくん怪我は?!」
「大丈夫!! カナリさんは?」
リュックが破れて、中の物が散らばってしまっている。ドローンは無事?!
クロマルがまた、空へ駆け上がる。
「私は大丈夫! シュウくん、行って!! ラティスを探して、歌をやめさせて!」
シュウくんが頷いて、私をクロマルの視線から守るように胸に抱き、リュックの中から改造ドローンを取り出す。
「壊れてないかな? スイッチは……コレ?」
カチリとスイッチが入り、青い小さなランプが灯る。良かった。壊れてない!
「カナリさん、無茶しないで。僕が必ずエクーの妹を探す」
シュウくんがお祈りする人みたいに、私を手の平で包んで、自分の額にそっと当てた。
▽シュウ
「シュウくんも気をつけて!」
カナリさんがドローンに乗り込んで、浮かび上がりながら言った。
明るい満月の灯りが、濃い影を浮かび上がらせている。急に風が強く吹き、木々を揺らしてザワザワと不穏な音を立てる。
ぼくは暗闇を怖がるほど、子供じゃないつもりだけれど――半袖のTシャツから伸びた腕に、ポツポツと鳥肌が立った。
山奥の暗い森の中、得体の知れない歌を歌う、赤い髪をした宇宙人の少女……。
僕は、明らかにビビっている。カナリさんと一緒の時は、恰好つけて平気なふりをしていただけだ。
だからと言って、引き下がる訳にはいかない。クロマルが歌と戦っている。カナリさんも危険を承知で飛ぶ。
大好きな女の人と、大切な相棒を助けられなかったら、僕はきっと一生を後悔して過ごさなければならない。
そんなのは真っ平ごめんだ。
短パンのポケットの中で、自転車のカギがチャリチャリと音を立てた。クロマルとお揃いのキーホルダー。クロマルの肉球をかたどった、カナリさんお手製の小さな飾り。
ぎゅっと握って、手のひらの中に勇気の明かりを灯す。僕らはチームだ。離れても、それぞれの役割りを果たして、勝利を目指す。
僕の役割りはラティスを探して、歌をやめさせることだ!
続きは22時投稿。