第七話 強襲
徒労感に打ちのめされながら、シュウくんを起こしてロープウェイを降りる。
シュウくんは揺すっても叩いてもなかなか起きてくれなくて、最後は肩に登ってペチペチと頰を叩いた。
見晴らしの良い高台に立ち、ぐるりと辺りを見回してから、目を閉じて、クロマルの気配を探ってみる。
ところが、自転車に乗っていた時は、あんなに何度もクロマルが呼んでいるのを感じたのに今は一向につながっている気がしない。
まさか、クロマルに何かあったのだろうか。
慌てて当てもなく走り出す私を、シュウくんが『危ないよ、カナリさん』と言いながら、ひょいと掴んで持ち上げた。
「あ……!」
「「クロマルはあっちだ!!」」
シュウくんと触れ合った途端に、カチリとスイッチが入るように、クロマルの気配を感じる。
どうやら、シュウくんと触れ合っていないと、クロマルとつながることが出来ないらしい。私たちは、真実二人揃ってやっと一人前なんだ。
空が僅かな茜色を残して、闇に沈んでゆく。
クロマルの気配を感じる方向には、獣道すらない。まばらに生える見上げるような木々、背の高い下草。
シュウくんは、少しもためらう事なく足を踏み入れた。
中学生を連れて(連れられて?)こんな時間に、危険な山に入るなんて……。
私は、つくづく社会人失格だ。
そんな私の気持ちが、伝わってしまったのか、シュウくんが『カナリさん非常事態だよ』と笑いながら言った。
私はすっかり社会からはみ出してしまっているくせに、常識や倫理感みたいなものは、今も全然捨てられない。
二人とも黙ったままで、クロマルが呼んでいる方向へと真っ直ぐに進んだ。下草の波をザブザブとかき分けて、真っ暗な沖へ向かっているみたいだ。
木々が作る影の暗さが、だんだんと濃くなってゆく。
風が勢いを増して、私とシュウくんの髪の毛を大きくかき回した。クロマルの呼ぶ声がなかったら、きっと私はこんな場所を、一歩だって進む事は出来ないだろう。
しばらく行くと、風に乗って小さく歌声が聞こえて来た。
登りはじめた大きな月を背負うようにして、音もなく、見慣れたシルエットが夜空に浮かび上がる。
闇色のしなやかな身体、宝石のような美しい緑色の眼。
私の愛しい、夜の獣。
「クロマル……」
ロープウェイの発着所から、出発を知らせるオルゴールの音が流れて来る。
『遠き山に 日は落ちて
星は空を 散りばめぬ』
クロマルが、低く唸り声を上げる。目の色が、深い碧玉色から明るいエメラルドグリーンと変わっていく。
『今日の業を 為し終えて
心かろく やすらへば』
上顎の牙が、大きく長く伸びる。全身の毛が揺らめいて、仄暗いオレンジ色の光を帯びて立ち上がる。
『風はすずし この夕べ
いざや楽しき まどいせん』
オルゴールの最後の音が、風に流されて消えるのと同時に――。
大きく咆哮を上げたクロマルが――。
私とシュウくんに向かって、襲いかかって来た。