第五話 クロマル待ってろよ
シュウくん視点。
市街地を過ぎて、ようやく信号が少なくなってきた。
トップスピードで走れる距離が長くなったので、少しずつクロマルとの距離が近づいているのを感じる。
すっかり汗をかいてしまった。制服のジャケットを脱ぎたいけれど、シャツはすでにじっとりと湿っている。
カナリさんを、そんなシャツの胸ポケットに入れるのは気が引ける。それに臭かったら、ちょっと恥ずかしい。
観音山まであと半分。エクーの妹は宇宙船に乗って来たのだろうか? だったら急がなくちゃ! 飛び立ってしまったら、僕らにはなすすべがない。
カナリさんが時折り、心配そうに僕の顔を見上げて来る。
大丈夫、僕はまだまだ走れる。
カナリさん、バスケの試合の第四ピリオド(ラスト十分間)は、こんなモンじゃないんだよ。体力の最後の一滴までを、ギリギリと絞るみたいな勝負だ。
試合終了の笛が鳴り終わるその瞬間まで、どんなに遠くても、ゴールに向かってボールを投げる。諦めの悪さで言ったら、バスケットマンはどんなスポーツ選手にも負けはしない。
だからカナリさん。大丈夫だからさ、そんな心配そうな顔をしないでよ。そもそも、僕はカナリさんのために身体を鍛えはじめたんだ。
あの頃の僕ときたら、カナリさんは異世界人で、追手や敵がいると思っていた。
今考えると、馬鹿みたいに幼稚で、身悶えしたくなるほど恥ずかしい。軽く宇宙を越えてやって来る人が相手なのに、僕の武器は駄菓子屋で買ったスーパーボールだった。
しかもエクーは、追手でも敵でもなくて、格好良くて頼りになる人だった。悔しいけれど、ちょっぴり憧れていたりする。
超能力も異能も持ってない中学生が、毎日腕立て伏せをして、何が出来ると思っていたんだろう。でも僕は僕なりに、真剣だった。ほんの少しでも強くなりたかったんだ。
そして今、僕は自転車を走らせている。走らせることが出来ている。カナリさんをクロマルの元へ、連れて行ってあげることが出来る。
無駄じゃあなかったことが誇らしい。
毎日のトレーニングや部活で鍛えた足は、休むことなくペダルを踏む。
もっと強く、もっと速く。
だんだんと余分な力が抜けて、必要な筋肉だけに集中出来るようになる。
もっと強く、もっと速く!
周囲の音が遠ざかる。空っぽになった頭の中に、時々クロマルの声が届く。僕とカナリさんを呼んでいる。
待ってろよ、クロマル。今、僕が助けに行ってやるから。
きっとカナリさんの元に戻れるようにしてやる。
だからクロマル、変な歌なんかに負けるな! 僕とカナリさんを忘れたりしたら、承知しないぞ!
負けるな……負けるなよ、クロマル!