第七話 四月 135センチ
ここから、主人公と隣の中学生の視点が交錯していきます。わかりにくくてさーせん。
春一番が吹き、桜の開花予想が出された日。私は現実に立ち向かう覚悟を決めた。
小さくなってゆくなら。
小さく小さくなって、それで消えてしまうなら。
それまで生きていよう。クロマルと一緒に、出来るだけ楽しく暮らそう。
今の私の身長は135センチ。全国平均でいうと小学校三、四年生くらいだ。今ならまだひとりで電車やバスに乗ってもそう不自然ではない。
私にはこれ以上小さくなる前に、行かなければならない場所がある。
ぶかぶかになってしまったキャスケット帽を被り、伊達メガネをかける。不思議なことに私の近視はすっかり直っていた。
化粧はしない。でも爪は桜色のマニキュアを塗った。
私はすっかりクロマルに依存していたので、クロマルも連れて行くことにした。クロマルの入ったリュックを背負い、玄関のドアの前で何度も深呼吸を繰り返す。
さあ、顔を上げろ。気合いを入れろ。ここが正念場だ。
四月某日。
その日は朝から風が強かった。
突風と呼んでも差し支えないほどの強い風が、道ゆく人の春物のコートを巻き上げる。
私は慌てて帽子を抑えてから、閉じ込められて「うにゃうにゃ」と文句を言うクロマル入りのリュックを、おなか側に背負い直して抱きしめた。
商店街から、長く、長く続く桜並木を抜け、駅に向かう。
駅まで遠いなぁ。
単純にリーチの短くなった私は、歩幅も狭くなっている。駅が遠く感じるのはそのためだ。
大きく手を振り、歩幅も大きくとって歩く。元気な小学生のように歩く。歩きながら傷ついている自分に気づく。子供に見える服装を選んだのは私なのに。
本当は大人なのだと、気づいて欲しいのだろうか? 折り返したガーディガンの袖から少しだけはみ出した桜色の爪を、そっと握って隠した。
電車に乗ると、その圧迫感に息を飲んだ。久しぶりに近くで見る全ての人が驚くほど大きい。まるで、身長二メートル以上の巨人に囲まれているみたいだ。
クロマルが入ったリュックが、座席に座った膝の上でカタカタと揺れた。
脂汗が滲むような時間に歯を食いしばっていたら、私からひとり分置いた席に、男の子がひょいと座った。
どこかで見たことがある子だなあと思ったら、うちの隣に住んでいるバスケ少年だった。
確か一度コンビニで、肉まんを奢ってあげたことがある。
私は急いで帽子を目深に被り直した。
大丈夫、気づかれてはいない。男の子はジャンパーのポケットに手を突っ込んで、真剣な表情でまっすぐ前を向いている。
まさか知り合いに会うとは思わなかったので、慌ててしまった。でも、見知った顔を見たことで少し気が楽になった。
ゆっくりと顔を上げて、電車の中を見渡してみる。
大丈夫、怖くない。誰も私の事など気にしていない。
巨人でも、鬼でもない。目的地へ向かうために電車に乗っている、普通の人たちだ。
リュックの中に手を入れて、クロマルの頭を撫でる。ゴロゴロと喉を鳴らして、私の手に頭を一生懸命に擦りつけてくる。小さな温かい、命のかたまり。
小さな肉球でカーデガンの袖をムニムニと揉み、私の指を甘噛みする。
ふふふ、全然痛くないよ。
小さく速い心臓の音を聞き、柔らかいお腹をふにふにと触っていたら、立ち上がる勇気が湧いて来た。さあ目的地に向かおう。そのために私は部屋から出た。
下を向いて頰を両手でペチペチと小さく張って、私は電車から勢いよく走り出た。