第四話 爆走、マウンテンバイク ②
▽シュウ
カナリさんが、僕のポケットから顔を出して、情報共有のために状況を説明してくれた。
エクーの妹が訪ねて来て、クロマルを連れて行ってしまったこと。本来ならば、その妹がユエの子供のマスターになるはずだったこと。彼女が禁忌の歌を歌ってしまったこと。
僕は自転車のペダルを踏むのに、体力を全振りしているから、時々小さく頷く以外は出来なくて、黙ってカナリさんの話を聞いた。
全く、そんな赤ちゃんみたいな理由で、よその星の人に迷惑をかけるなんて……。そんな子が危険な災害獣のマスターに、なれるんだろうか?
それにしても、クロマルが心配だ。禁忌の歌とやらを聞いて、僕やカナリさんを忘れてしまったのだろうか?
そう考えた瞬間。
僕とカナリさんの回路がつながった。それは不思議な一体感だった。
ガルーラは存在力の受け渡しをするために、マスターとの間に『回路』と呼ばれる、存在力が流れる道を作る。
僕とクロマル。カナリさんとクロマル。二つの回路が交差して、つながった。
そして同時に、滞っていた流れが動き出す。クロマルが、僕とカナリさんを呼んでいる。身体が動かなくて、不安な気持ちで泣きべそをかいている。
クロマルが、僕とカナリさんを呼んでいる!!
カナリさん、クロマルは忘れていないよ。クロマルとの絆は切れてなんかいない!
カナリさんがポケットから乗り出して『シュウくん!』と僕を呼んだ。きっとカナリさんもこの一体感を感じている。僕は大きく頷いた。
カナリさんの情けなく垂れていた眉が、ギュッと引き締まる。
僕は、カナリさんのへにょっと笑った顔が好きだけど、この戦う人みたいな凛々しい眉も大好きだ。格好良くて見惚れてしまう。
僕も釣られて気合が入る。試合で得点が拮抗している時に、チームの仲間が悪質なファウルを喰らった時みたいな気持ちだ。
そんな時、僕は思うんだ。
『あくまでフェアに叩きのめしてる!』ってさ。
カナリさんやクロマルが許したとしても、僕はエクーの妹を許さない。カナリさんとクロマルを泣かせたことを、後悔させてやるからな。
ぎゃふんと言わせてやる!
まあ、宇宙人はぎゃふんって……言わないかも知れないけどさ!
▽カナリ
私とシュウくんとの回路がつながった。
こんなのは聞いていない。シュウくんの気持ちが、途切れ途切れに流れ込んで来る。
『大丈夫、僕はまだまだ走れる』『クロマル、待ってろよ! 今助けに行くから』『変な歌なんかに負けるな!』
熱量のある想いが、揺るがない強さを持って流れ込んで来る。
正直、また私の厄介ごとに、巻き込んでしまったと思っていた。私とクロマルの問題だと思っていた。
でも違う。
この子は、自分の意思でクロマルと共にあることを望み、そして、クロマル自身が選んだマスターなのだ。
クロマルは私の足りない分を、間に合わせでもらうために、この子を選んだ訳じゃない。
シュウくんとクロマルにだって、私の知らない絆がある。私の知らないところで、一緒に過ごした時間があるんだ。
シュウくんと私は、同じ想いで、クロマルに向かっている。
今なら、ラティスに言い返す事が出来る。
ひとりでは足りなかったけれど、クロマルには二人のマスターがいる。私とシュウくんで、クロマルを立派に宇宙に出られるガルーラに育ててみせる。
例え禁忌の歌のせいで、クロマルが私とシュウくんを忘れてしまったとしても……。
もう一度、クロマルのマスターになってみせる。私とシュウくんを、マスターだと認めさせてみせる。
諦めるもんか!
なんの予備知識もなしで、契約した地球人マスターを舐めんなよ!
ようやくふつふつと闘志が湧いて来た。そしてクロマルの気持ちが流れ込んで来る。
不安で泣きそうな声で、私とシュウくんを呼んでいる!
「シュウくん!」
ポケットから身を乗り出すと、シュウくんが大きく頷いた。私と、シュウくんと、クロマルの回路が全部つながったんだ!
行こう。一緒にクロマルを迎えに行こう! 私たちは二人で一人。
この宇宙に二人きりの、クロマルのマスターだ!